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雑記帳

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2024/10/28

ピンインの変則表記

中国語(普通話)をラテン文字のアルファベットで表記する方法は、中国大陸では拼音(ピンイン)で表記するように国家の規則で定められているため、変則的な表記がされることは滅多に有りません。しかし稀に変則的な表記がされる場合も有ります。

陝西南路の道路標識
これは上海にある地下鉄駅の陝西南路(陕西南路)の駅名表示です。陝西のピンイン表記は、本来は Shanxi ですが、ここでは Shaanxi と a が二つ重なっています。これは何故かと言うと、中国の省には陝西省と山西省が有り、音で聞くと陝西は Shǎnxī 、山西は Shānxī と声調が異なるので区別できますが、これを声調を含まないピンインで表記するとどちらも Shanxi になってしまい区別が付かないからです。中国語にはこのようにピンインで書くと区別が付かなくなる単語は他にも沢山有るのですが、しかしこの場合は国の行政区分の名前なので区別をはっきりさせる必要があるため、そこで陝西省のほうを Shaanxi と表記することで区別するのです。例えば陝西省人民政府のウェブサイトのアドレスは www.shaanxi.gov.cn、山西省人民政府は www.shanxi.gov.cn です。ちなみにこの a を二つ重ねる書き方は、昔の中華民国時代に使われていた国語ローマ字の表記ルールによるもので、声調の第3声を示すのに母音を重ねます。ところでこの写真の場合は道や駅の名前なので、敢えて他との区別は必要無いようにも思いますが、陝西は Shaanxi と書く、みたいなのが決まり事になっているようです。
旅順路の道路標識
これは上海にある旅順路(旅顺路)の道路標識です。旅のピンイン表記は、本来は Lü ですが、ここでは Lv と表記されています。 u にウムラウトの付いた文字の ü を v で代用するのは、これはコンピューターのキーボード入力から来ています。英語キーボードには ü のキーは無いため、中国語のピンイン入力で ü を入力するためには v のキーを押します。これはあくまでキーボード入力のための規則であり、表記のための規則ではないので、このように道路標識で使われているのを最初見たときはちょっとびっくりしました。この代用表記は地名においては一般的になっているようで、他の道路標識でも見かけます。

この ü を v で代用するのは、道路標識だけでなく、SNSなどでも使われていて、例えば私の微信(WeChat)の連絡先に呂さんという姓の人が二人いて、呂のピンイン表記は Lü ですが、この二人とも表示名をLVとしています。多分 Louis Vuitton みたいで格好いいと思っているのかもしれませんが。

ちなみに人名における ü の表記法については、コンピューター処理などで必要な場合は yu と表記するという規則が有ります。例えば呂さんの Lü は Lyu と表記します。この規則は2011年に公布されていて、2012年から発行されている中国の電子パスポートでは全てこの規則で表記されています。


2024/10/25

説明読み

漢字の読み方で、本来の正しい読み方とは異なる読み方を敢えてする場合があります。例えば「私立」と「市立」を口頭で区別するために「わたくしリツ」「いちリツ」と読むような場合です。こういうのを説明読みと言います。

広州と杭州
どちらも日本語の音読みでは「コウシュウ」なので、日本人同士の会話の中では、杭州を「くいシュウ」と言って区別します。広州のほうが杭州よりも日本人にはやや有名なので、広州はそのまま「コウシュウ」と言って大丈夫な場合が多いですが、明確にする必要がある場合は「カントン省のコウシュウ」とか「ひろコウシュウ」とか言ったりもします。
虹橋空港
上海の空港は浦東空港と虹橋空港の二つが有るので空港の名前を言う必要が有ります。虹橋は日本語の音読みは「コウキョウ」ですが、「コウキョウクウコウ」と耳で聞いても「公共空港って何?」とか思って虹橋のことだとはなかなか思い付かないので、この読み方をされることはほぼ有りません。上海に住んでいる日本人同士の会話では、中国語の発音を使って「ホンチャオ」と言います。日系航空会社の機内日本語アナウンスでも「ホンチャオ」と言っています。しかし上海へ出張で来る日本人など、中国に馴染みの無い人にはわからないので、そういう人に対しては「にじはし」と言います。相手によって言い方を変えるのです。
台湾の地名
上記の「にじはし」のように中国語の地名を訓読みすると言えば、台湾の地名で、松山(まつやま)、桃園(ももぞの)、板橋(いたはし)、高雄(たかお)など、まるで日本語のように訓読みされる場合があります。それを変だと言う人もいますが、しかしこれらの地名は元々日本統治時代に日本語として読まれることを前提に付けられたものだし、日本統治時代を思い出すから良くないなどと言う人も台湾には少ないので、別にダメでもないと思います。例えば松山は音読みで「ショウザン」とか中国語で「ソンシャン」とか読んだりするよりずっと分かりやすいです。
田子坊
上海の観光地のひとつに田子坊というショッピングスポットが有りますが、日本人でこれを「たこボウ」と読む人がいます。ネットで調べると「デンシボウ」と書いてあることが多く、確かに音読みするとそうなんですが、しかし耳で「デンシボウ」とか聞いても田子坊は思い付きません。「たこボウ」のほうが可愛いし文字をイメージしやすいと思います。
引数
コンピューターのプログラミング用語としてよく使われる「引数」ですが、私はプログラミングを人から教わったのではなく書籍で覚えたので、この「引数」は「インスウ」と読むのだとずっと思っていました。かなり後になって、実は皆がこれを「ひきスウ」と読んでいることを知って結構驚きました。一説では数学用語の「因数」と区別するための説明読みだとも言われていますが、プログラミングを専門とする人は、この「ひきスウ」が本来の正しい読み方だと言います。ある大学でプログラミングを教えている先生は、「学生の多くが読み方を間違えて『インスウ』と言うので、その都度直してあげるのが面倒だよ」とか言っていたそうです。しかしもし正しい読み方が「ひきスウ」ならば、書き方も「引き数」のように送り仮名の「き」を付けるべきでしょう。こうすれば誰もが「ひきスウ」と読める筈です。同じプログラミング用語の「戻り値」だって「もどりチ」という変則的な読み方ですが、送り仮名の「り」があるからそのように読めるのだから。
代替
最近ネットで何度か話題に上っているのを見ましたが、「代替」を「ダイがえ」と読む人がいるけれど、それは変だという意見が多かったりします。私も日本での仕事上で聞くことが有りますが、多分そのように読むのは「大体」と紛らわしいためと思いますが、しかし何故それが変だと感じられるのか考えてみました。例えば「代替案」と言うならば、そのまま「ダイタイアン」と読んでも紛らわしいことは有りません。もし例えば口頭で「その代替として」と言うならば「大体」と紛らわしいかもしれませんが、しかしそれならば「その代わりとして」とか言い換えれば良いじゃないですか。そもそも「代替」というのは口頭語ではなく文章語なので、口頭で言うから変なのです。そういう口頭で「代替」という言葉が使われる場面というのは、会社の会議などで誰かが文書の資料をダラダラと読み上げている、というような場面です。それは確かにかったるくていい感じはしませんよね。

2024/10/17

因果関係

AとBの二つの現象において、Aが増えている場合にBも増えているという相関関係がみられる場合に、AがBの原因である、という因果関係を解釈したりします。しかしこの解釈は間違っている可能性が有るので注意が必要です。AがBの原因ではなく、逆にBがAの原因(因果関係が逆)かもしれないし、AとBは直接関係は無く、Cという別の要因がAとBの両方を引き起こしている(交絡因子、もしくは疑似相関)かもしれないし、あるいはAとBは全く関係が無い(偶然の一致)かもしれません。

風と森
出典は忘れましたが昔読んだ本にこういう話が書かれていました。昔ヨーロッパのとある小さな村の人々は、森が風を起こすと信じていたそうです。森の木が揺れている時には、決まって強い風が吹いているので、その相関関係から、そのような因果関係を解釈したのです。現在の我々ならそんな馬鹿なと思うかもしれませんが、昔の人はそういう間違った解釈をすることも有ったようです。
地球温暖化と二酸化炭素
以前「不都合な真実」という映画を観た時に、映画の中で1900年以降の地球の平均気温の推移と大気中の二酸化炭素濃度の推移のデータがグラフで示され、この二つが同じ傾向で上昇していることから、二酸化炭素の増加が原因で地球温暖化が引き起こされている証拠だと説明されました。私はこのグラフを見て咄嗟に「それって因果関係が逆じゃないの?気温が上昇していることが原因で、大気中の二酸化炭素の濃度が増えているんじゃないか」と思いました。何故かと言うと、二酸化炭素の水に対する溶解度は温度が高くなるほど減少するので、ヘンリーの法則によって海水中に溶けている二酸化炭素は大気中に出て行くためです。これは高校の化学でも習います。一方私も大学では化学を専攻したので、二酸化炭素などの分子に温室効果があることは知っていますが、それにしても大気中に極微量(0.03%)しか含まれない二酸化炭素がわずか増えただけ(0.03%が0.04%に増えたとか)で、この気温の上昇を説明するのは幾らなんでも無理だろうと思いました。二酸化炭素よりも温室効果の高い水などは大気中に1%以上含まれるのだし。シミュレーションで証明するにしても寄与パラメーターを相当大きく取らなければなりません。そうではなく、逆に気温が上昇していることが原因で、大気中の二酸化炭素の濃度が増えていると考えるほうが理にかなっています。二酸化炭素の水への溶解度の温度変化は大きいし、シミュレーションも無理が有りません。実際にそのような考え方で研究された論文も多く出されていますし、そのように考えている自然科学者は多いでしょう。しかし、現在の国際社会においては地球温暖化対策として二酸化炭素の排出を減らそうという大きい動きが有り、そんな二酸化炭素の排出を抑えれば地球温暖化が止まるなんて保証も無いのに、それに対して異議を唱える人が少ないのは、それは、化石燃料の消費を抑えたり、森林の破壊を抑えたりすること、それ自体は良い事なのだから、まあ理由はともあれ敢えてそれに反対する必要はないだろう、と多くの人は思っているからだと思います。私もそうです。「不都合な真実」という映画を作ったのが、科学者ではなく政治家だということからもわかるように、この地球温暖化対策の議論は、科学ではなく政治の話なのです。
牛乳と骨粗鬆症
牛乳が体に悪いと主張されているのを見ることが有りますが、そこでよく引き合いに出される例として、牛乳摂取量の多い人は、少ない人と比べて骨折しやすいという研究が有ります。これは2014年にBritish Medical Journalに掲載された、スウェーデン・ウプサラ大学のMichaëlssonらによる研究で、39~74歳のスウェーデン人女性61,433人を対象にした約20年にわたる観察記録を解析したところ、牛乳を1日3杯以上飲む人は、1日1杯未満の人と比べ、大腿骨頸部骨折のリスクが1.60倍高く、骨折全般のリスクは1.16倍高いというものです。このような研究手法(コホート研究)の場合に注意が必要なのは、調査対象が北欧の中高年女性であること、牛乳摂取量の記録が自己申告によるものであることです。日射量の少ない北欧に住む中高年女性は、骨粗鬆症のリスクが高いことを自覚している人が多いので、この因果関係は逆である可能性が指摘されています。つまり、牛乳を多く飲んだから骨折しやすくなったのではなく、骨粗鬆症のリスクが高いことを自覚している人が意識的に牛乳を多く飲んでいた、ということです。この論文の中でも著者らは、交絡因⼦や逆因果関係の可能性があることを考慮し結果の解釈には注意が必要であると記しています。この研究から言えることは、牛乳を多く飲みさえすれば骨折リスクを下げられるという単純なものではない、ということだけでしょう。
コーヒーと健康
コーヒーが健康に良いという話はよく聞きます。コーヒーに対する疫学研究は結構行われていて、コーヒーを多く飲む人は大腸がんや糖尿病などの発症リスクが低下するなどの結果はほぼ確かだとされています。それらの研究の中で、その効果はコーヒーに含まれる何らかの成分の作用によるものであるという考察がされていたりしますが、しかし本当にそのような直接的な因果関係であるのか私はちょっと疑問を持っています。これらの研究のほとんどは上記の牛乳の研究と同様のコホート研究で、コーヒーを1日に5杯以上飲む人の群と、1杯未満の人の群を比較すると、発症リスクが低いというような話です。私もコーヒーが好きなので、休日に自宅にいるときなどは1日に5杯くらいのコーヒーを飲むことも有りますが、しかし普段会社で仕事をしている日などは、5杯もコーヒーを飲む時間などなかなか取れないものです。だから習慣的に1日5杯のコーヒーを飲める人というのは、休憩時間が多く取れるリラックスした生活を送れる恵まれた人です。だから多分、そういうストレスの無い生活を送れる人だから、病気の発症リスクが少ないのではないかとも想像できます。あるいは、もし喫煙者の人だったなら仕事の合間には煙草を吸うと思うので、仕事の合間に必ずコーヒーを飲む人というのは、喫煙者ではない可能性が高いと思います。そうすると、コーヒーを多く飲む人の群と少ない人の群というのは、喫煙者の少ない群と多い群となっているかもしれません。そういった別の交絡因子が寄与している可能性が結構あるような気がします。
口角炎とカンジダ
口の両端の部分に炎症が起きてとても痛い口角炎ですが、何故この部位だけに特異的に炎症が起きるのか不思議です。幾つかの研究で、口角炎の部分にカンジダによる感染が多く確認されたという報告がされていて、それを根拠として口角炎の原因はカンジダによる感染であると説明している医師が結構います。しかし、カンジダというのは乾燥した皮膚の上には感染しにくく、粘膜のように湿潤した部位には感染しやすいのだから、因果関係で言うなら、カンジダに感染したから口角炎になったのではなく、口角炎になったからカンジダに感染したと考えるほうが適切でしょう。口角炎を治療するには、ワセリンなど閉塞効果のある油性の製剤を塗布していればすぐに治ります。口角というのは、口唇や口腔内など皮膚が角化しない組織に隣接している部位なので、何らかの原因で角化異常が起こっているのではないかと推測できますが、その根本原因まで解明するのは難しいかもしれません。

2024/9/29

iPhone 6はもう使えない

私は現在2つのスマホを使っていて、1つは2015年に購入したiPhone 6でこれは日本用、もう1つは2017年に購入したiPhone 8でこれは中国用です。どちらも随分と長持ちしていますが、iPhone 6なんてもう10年目です。何故そんな古い物を使っているのかと言うと、日本用のスマホなんて年に数日しか使わないのだから、とりあえず使えればいいだろうと思っているからです。で確かにそのiPhone 6も今年の2月に日本へ行った時はなんとか使えていたんですが、先日9月に日本へ行った時に使ってみたら、使えるとは言い難い状態になっていました。というのは、今年に入ってから使えないアプリが急に増えてきたからです。アプリを開こうとすると、アップデートして下さいというメッセージが出てアプリが開けず、アップデートしようとすると、iOS 15以上が必要です、などのメッセージが出て終わってしまうのです。iPhone 6にインストールできるiOSはバージョン12までで(現在の最新バージョンは18)、幾つかのアプリはiOSのバージョンが15や16以上でなければアップデートやインストールが出来ないのです。例えば私がよく使うアプリの中では、Microsoft Outlook、PayPay、某クレジットカードの本人認証アプリ、LinkedIn、などが使えなくなっています。なので日本のスマホは新しくするしかないのですが、しかし毎日使う中国のスマホさえ新しくしていないのに、とかちょっと悩んでます。

ちなみに何故日本用と中国用の2台のスマホが必要かと言うと、私の場合2つのApple IDを使っていて、1つは地域を日本、もう1つは地域を中国に設定していますが、中国で使うアプリの幾つかは日本のApple IDではスマホにインストールできず、日本で使うアプリの幾つかは中国のApple IDではインストールできないので、2つのiPhoneでそれぞれ別のApple IDを使う必要があるからです。(裏技として、1台のiPhoneでデュアルSIMとし、2つのApple IDをサインイン、サインアウトを繰り返して使うという方法も無くはない。)


2024/5/15

下向き矢印はどの方向を指すか

駅構内などで方向を示す案内板では矢印で方向が示されていますが、それら矢印のうち下向き矢印(⇩)は、大抵の場合は下方向(階段やエスカレーターで下の階に降りる)を意味しています。(日本でも中国でもどこでも。)しかしこの下向き矢印が下方向以外の意味で使われていることがあります。

この写真は、上海の蘇州河沿いの遊歩道に設置されている案内板です。この表示は、後ろに100m戻ったところにトイレが有るという意味です。この下方向にトイレが有るわけではありません。この案内板の裏側を見ると上向き矢印が表示されているので、上向き矢印が前方向を意味するなら、下向き矢印は後ろ方向を意味する、というのは理屈としては理解できるのですが、しかし私はこれを見て何故かとても違和感を覚えたのです。

上海の蘇州河の案内表示板

ところで先日私は仕事で欧州へ行く機会が有り、そこで次のような下向き矢印の使い方を見ました。

下の写真は、バルセロナの空港の到着兼出発ゲートエリアです。案内板には下向き矢印が示されていますが、これらは前方を意味しています。下へ降りるのではありません。

バルセロナの空港の到着兼出発ゲートエリア

下の写真は、パリの地下鉄 Porte de Versailles 駅のホームです。案内板には下向き矢印が示されていますが、これは前方を意味しています。下へ降りるのではありません。それどころか前方はすぐに階段を上るのですが、にもかかわらず下向き矢印で示されているのです。

パリの地下鉄駅のホーム

このように下向き矢印が前方を意味している使い方は、このバルセロナとパリ以外では、私の覚えている限りでは見たことがありません。しかしこれらを見たときに、私はすぐにこれが前方を意味していることが分かり、そして何の違和感も覚えませんでした。

だから、上海の蘇州河の案内板は理屈としては正しい筈なのに違和感が有り、バルセロナとパリは通常とは真逆なのに違和感が無いのは、一体何故なのか考えてみました。

私が考え付いたのがこれです。下向き矢印の図形を、もし地面に水平に置いたならば、この矢印は明らかに後方を指しています。(通路の床にこうやって表示するのは地下鉄駅構内などでよく見られます。)そして、下向き矢印の図形を、もし天井に貼ったならば、この矢印は明らかに前方を指しています。つまり、矢印の図形をどの位置に掲示するのかによって、矢印が指す方向は変わるということです。上海の蘇州河の案内板も、バルセロナの空港も、パリの地下鉄も、いずれも案内板は高さが3メートルくらいの見上げるような位置に掲示されています。そうすると感覚的にはまるで天井に貼られた矢印図形を見上げるような感じになるので、その下向き矢印が前方を指していると感じるのではないかと思います。

ところでパリとバルセロナ以外では、前方を示すのは上向き矢印が普通です。ならばこれは何故おかしくないのか、というのは、おそらく人々は「上向き矢印=前方」という意味を言葉と同じように約束事として認識しているのだと思います。決して図形として空間的に認識しているわけではないのです。

ちなみに、一般案内用図記号(ピクトグラム)に関しては、ISO 7001という国際標準化機構の規格が有ります。このISO 7001:2023では、方向矢印について次のような使い方を推奨しています。

ISO 7001での矢印の使い方

下向き矢印については「ここから下に進む」の意味に使われるとし、それ以外の使い方は推奨していません。やはり紛らわしいですからね。


2024/5/1

低頭族

中国では歩きスマホする人のことを「低頭族(低头族)」と言います。頭を下に傾けていることから付いた呼び方なので、歩きスマホに限らず、ずっとスマホばかり見ている人達を指します。日本でも歩きスマホをする人はいますが、中国では多いどころか集団でそうなっているのでまさに族です。通勤時間帯に地下鉄駅構内を歩いている人を見ると半分くらいの人がスマホの画面から目を離さず歩いています。結構怖いです。これら低頭族の左手は既にスマホと一体化していて、オフィス街の飲食店で食事をする会社員を見るとその多くが、左手にスマホ、右手に箸を持ち、スマホの画面から目を離さずに食事をしています。オフィスビルの男子トイレでは、左手にスマホ、右手にオチンチンを持ち、スマホの画面から目を離さずにオシッコしています。もう病気としか言いようがありません。 歩きスマホをしていて事故に遭う人も多いため、注意を促すポスターも街なかによく貼られています。この写真は寧波市内のバス停に掲示されていたポスターですが、これはあまり効果的なデザインとも思えません。

低頭族のポスター

しかし何故中国ではこんなに低頭族が多いのでしょうか。中毒性の高いアプリやコンテンツが多いからなのか、もともと周囲を全く気にしない習慣だからなのか、それとも陰鬱なこの現実世界から逃避したいからなのか。低頭族に注意を呼び掛けるポスターには「スマホの外の世界はもっと素晴らしいよ」なんて訴えているものも有りますから。


2024/4/30

ワイングラスの持ち方

ワイングラスの持ち方には、国によって違いが有ることを最近知りました。フランス人はボウルを持ち、日本人は脚を持ち、中国人は台座を持つのです。日本ではワイングラスでワインを飲むときには、細い脚の部分を持つ人が多いように思いますが、中国では日本と同じように脚を持つ人も多いですが、何故かワイングラスの台座の部分を持って飲む人が結構います。日本でそんな人は見たことが無いのですが、しかしどこかで見たことがあると思ったら、いわゆるソムリエの人がワインの評価をする時に台座の部分を持つことがあるようです。多分これはワインの色を見たり、香りを嗅ぐためにグラスをクルクル回したりするのに良いためと思います。多分中国の人はこのソムリエの様子を見て、これが良い持ち方だと思ったのかもしれません。あるいは、中国では大勢で何か酒を飲む際には、必ず乾杯をするのですが、それも最初の一度だけでなく何度も何度も乾杯をします。そして乾杯でグラスを合わせる際には、目上の人のグラスのボディ部分に目下の人のグラスの淵を当てるというマナーもあるため、もしかするとグラスの台座部分を持つのは乾杯しやすいためなのかもしれません。ところで先日私は仕事でフランスへ出張に行く機会があったのですが、パリの大衆レストランで晩ご飯を食べている時に、隣にフランス人の30代前後の女性10人くらいの多分仕事関係らしいグループが食事をしていたので、彼女らがワインをどうやって飲んでいるのか横目でちらっと見ていたところ、10人中10人がグラスのボウル部分を持ってワインを飲んでいました。反対側にいたフランス人のオジサン4人も、やはり皆グラスのボウル部分を持っていました。そうなんですね。ちなみにボウル部分を持つと言っても、ボウルの下側を手のひらに乗せるように持つのではなく、ボウルを横から5本指で掴んで持っています。まあコップなどは普通そうやって持ちますから、確かにこれが一番持ちやすいです。


2024/3/29

WeChatの連絡先

中国ではビジネス上で初対面の人と挨拶する際には、名刺を交換する代わりにWeChat(微信)の連絡先をお互いに交換します。スマホでどちらかの連絡先のQRコードをスキャンすれば良いので簡単です。中国はかつて日本と同じかそれ以上の名刺大国で、ビジネス上で名刺交換は欠かせませんでしたが、2015年から2018年頃にかけてビジネスでWeChatを使うのが一般的になるにつれ、この習慣は一気に変化し、最近では名刺を出す中国人はほとんどいません。私は中国の民間企業に勤めているので名刺を作っていませんが、私も仕事上で中国現地の日系企業で働く日本人と会うことも有り、日本人の彼らは必ず名刺を差し出します。「すみません、私は名刺を作っていないので」と言うと、彼らも慣れているので「中国ではこれが普通なんですよね」とか言いながらWeChatで連絡先の交換をしてくれますが、「でもスマホで名刺交換する日本人には初めて会いましたよ」とか言われたりします。

ところで、WeChatでQRコードをスキャンして追加された連絡先は、表示名(プロフィールに設定している名前)しか表示されていませんが、中国では多くの人がこの表示名を本名とはかけ離れたニックネームのようなものにしているので、そのままにしておくと、これ誰だっけ?という連絡先がどんどん増えていきます。だから連絡先を追加したらすぐにそれを編集して、説明欄にその人の名前と会社名などをいちいち自分で入力しなければなりません。これが超面倒くさいです。だから私の場合、初対面の人と連絡先交換した時は、まず自分の名前と会社名をメッセージとして送ってあげます。それなら相手の人はコピペするだけでいいので少しは楽にしてあげられます。

ならばいっそWeChatのプロフィールに本名や会社名を記載しておけばいいんじゃないのとか思うかもしれませんが、そういう人は非常に少ないです。何故かというと、WeChatというのは仕事相手や家族や知人との連絡だけでなく、赤の他人との連絡にもよく使われるからです。例えばお店で買い物をした時、会社で費用精算するための発票(領収書)の発行をお願いしたら、後で送るからWeChatの連絡先を教えろと言われ、店員と連絡先を交換する、というようなこともよく有ります。こういうふうに、仕事とプライベートとパブリックが全部ごっちゃになっているのは中国ならではです。

中国の社会は変化が速いので、このような名刺からWeChatへの変化が3年くらいで起こります。よく日本はデジタル化が遅れている、中国は進んでいるみたいな話を聞きますが、そういう時に例として、この名刺の例も挙げられたりします。しかし私個人としては、これが「進んでいる」とは全然思っていません。スマホさえあればQRコードでサッとできるのは、手軽であることは確かですが、しかし決して便利ではありません。手軽と便利は違います。中国社会がデジタル化の方向へ速く変化していることは確かです。しかしそれは必ずしも良い方向に変化しているとは限りません。


2024/3/12

長い駅名

地下鉄の駅名表示版

この写真は私が上海で毎日乗り降りしている地下鉄駅の駅名表示です。中国語では「一大会址・黄陂南路」という8文字の駅名ですが、下に書かれた英語表記では "Site of the First CPC National Congress・South Huangpi Road" と超長い駅名です。この駅は1995年に地下鉄1号線が開通した際には「黄陂南路」という4文字の駅名でしたが、2021年に中国共産党成立百周年を記念して「一大会址」が頭に付けられこの駅名になりました。「一大会址」とは「中国共産党第一次全国代表大会会址」の略ですが、これを英語に訳すと、省略できる部分は "Communist Party of China"(中国共産党)を "CPC" と略せるだけでそれ以外は略していないのでこんな長い英語表記になっています。


2024/3/8

論理と感情は噛み合わない

私が何かにつけて考えることに「論理と感情は噛み合わない」というものが有ります。ここで言う感情とは簡単に言うと好き嫌いのことです。人と何か考えたり議論したりする時には、この論理と感情の二つは切り分けないといけません。もともと論理的な話はとても面白いものです。しかし人は好き嫌いの感情に強く支配されています。もしこの論理と感情が相反してぶつかった場合には、論理的な話はとても不快なものになり、一方で感情的な話は理解不能になってしまいます。

妻の買物
私の妻はよくネットの買物アプリにハマって、どうしたら少しでも安く買えるのかと何時間も没頭していたりします。そんな時に「1時間かけて20元安く買えたからって割に合わないよ。最低賃金にも全然満たないし。時は金なりって言うじゃないか。」とか言うと妻は不満そうな顔をします。しかし実はここで妻にこんな事を言ってはいけないのです。何故かと言うと、妻は少しでも安く買えたことが嬉しくて、それが楽しいのですから。妻は決して経済的に有利なやり方を論理的に考えているわけではありません。楽しいという感情は、論理ではないのです。
バカの壁
2003年に出版された養老孟司の著書「バカの壁」は当時大きな話題となりましたが、私もこの本を読んで目から鱗が落ちるようでした。この本のキャッチフレーズは「『話せば分かる』なんて大ウソ!」ですが、私はそれに気が付いて随分気持ちが楽になりました。それまで私はよく他人に対して「話せば分かってもらえるはず」「どうして幾ら話しても分かってもらえないんだろう」と悩む事も有りましたが、そもそもそれが間違いだったのです。人というのは興味の無い話は脳に届かないのですから。論理的に正しければ説得できるというものではなく、好き嫌いの感情はそれよりずっと強いのです。ちなみにこの「バカの壁」に書かれている事例の中で私が特に印象が深かったのは、医学部の講義で用いた妊娠出産に関するビデオ教材に対する女子学生と男子学生の反応の違いです。ここで興味深いのは、女子学生が「知らなかった事が沢山有った」と言うのに対して、男子学生が「これらは全部既に知っている」と言ったことです。「俺は何でも知っている」と言う人ほど実は何も見えていないということが、ここから分かります。
ひろゆき
最近ネット上でよく話題にあがる"ひろゆき"こと西村博之さんですが、この人は多くの人の支持を集める一方で、この人が大嫌いだという人も多くいます。何故ここまで極端に分かれるのかと言うと、それはこの人の話が非常に論理的だからなのだと思います。実は私も2年くらい前にはひろゆき氏のYouTubeが面白いので毎日見ていました。この人の話というのは、「こういう事実が有り、こういうデータが有ります。それに基づいてこういうふうに考えていくと、このような判断ができます。」という思考の過程を話すのです。こういう考え方もできるよ、というその論理的な展開の部分が面白いのです。導かれた結論が適切であるのかどうか、元となっているデータが正しいかどうかはあまり重要ではありません。ひろゆき氏は世間ではよく「論破王」などと言われていますが、しかし実のところひろゆき氏自身は論破という言葉を使ったことはないし、論破などしないほうが良いと、東洋経済オンラインの記事中でも語っています。では何故「論破王」などという名が付いたのかと言うと、それは多分ひろゆき氏のことを大嫌いな人がそう言っているからでしょう。ひろゆき氏は論理的な思考の話をしているので、それとは噛み合わない好き嫌いの感情の話をしている人は、それに反論できないからです。
ちきりん
著名ブロガーである"ちきりん"さんのブログやコラムを私は10年くらい前にはよく読んでいました。社会の問題や物の考え方を扱った内容が多く、特にこの方の話は論理的でとても面白いのですが、しかし実はあまり役に立ちません。例えて言うなら「パンが無いのなら、ケーキを食べればいいじゃないの?私って頭いいーっ。そんじゃーね。」みたいな話が多くて、それは確かにその通りなんだけど、問題はそこじゃねーよ、と思ってしまうのです。この方は知識が豊富で頭も良く、おそらく社会的地位も高い方だと思いますが、この方自身と同じような社会的に恵まれた立場の読者を想定して書かれているので、そうでない多くの人には役に立ちません。多くの人にとっては花より団子なのです。
内田樹
私が内田樹を知ったのは、20年くらい前にネット上で内田氏が中国社会に関するコラムを書かれているのを読んでからです。私は当時中国に住んでいたので、中国に関する日本語記事をよく読んでいましたが、昔も今も日本人が書いた中国に関する書籍やネット記事というのは、悪意や偏見を含んだ悪口記事が多く、それはそのほうが売れるからだと思いますが、その一方で個人のブログなどでは「中国大好き」的な記事も有り両極端なのですが、しかし内田氏が書かれている記事は、あまりに真っ当な内容だったので、逆に驚きました。内田氏は決して中国の専門家などではなく、元々はフランス文学が専門ですが、それでも中国の歴史や社会に関して世に知られているあらゆる情報を集めて組み立てていくと、こういう考察ができます、というその記事は、どんな中国専門家の書かれたものよりも、中国の実際の姿を言い当てているように思えました。中国に対する好き嫌いの感情を入れない内田氏だからこそ、中国のことをより良く説明できるのだろうと思います。ちなみに内田樹氏の書かれた文章はよく大学入試の読解問題の題材にされるそうですが、それは氏の書かれる文章というのは、一見難しく感じるのだけど、しかしとても論理的な文章であるため、よく読めば明確に理解が出来るからだと思います。
言葉の定義
以前この雑記帳の記事で書いた『「頑張る」とはどういう意味か』の例では、ネット上で「頑張らない生き方」に対する賛否の意見でコメント欄が盛り上がっていましたが、この「頑張る」という言葉には人それぞれによって大きく異なる解釈や定義が有るので、ここでは『それぞれ自分が持っている「頑張る」という言葉』を主張し合っているのであって、決して『「頑張る」とは何か』を定義した上でその是非を議論してる訳ではありません。実際に人というのはこういう感情に基づく主張が好きだったりします。私が昔、人と話をしていて、自分と相手とで言葉の意味が違うなと思った場合に、論理的な議論をしようとして、言葉の定義の違いを指摘すると相手が怒り出したりしたのは、当時の私が論理と感情を切り分けることを知らなかったからです。
性分化疾患
2024年のパリオリンピックのボクシング競技で、XY染色体を持ちながら性分化疾患により女性の性的特徴を持つ選手が、女性として出場し金メダルを獲得しました。これに対して多くの批判的意見が出されましたが、それに対してこの選手の母親が「うちの娘は女性として生まれ、ずっと女性として生きてきた」と反論したことが報道されました。しかしこの反論は完全に感情の話です。XY染色体を持つ受精卵は胎児の時に正常に分化したならば男性の性的特徴で生まれる筈ですが、性分化疾患により女性の性的特徴を持って生まれたならば、女性の性を選択し、女性として生きていくことになります。社会の中で女性または男性として生きていくということは、これは本人や周囲の感情に適応した判断です。女性浴場の中に1人だけオチンチンを着けた人がいたら困ってしまうのも、性別に適した装いや振舞いがいいと思うのも、もし自身の性に違和感が有るならば性的マイノリティを自認することも、いずれも感情への適応です。 しかしこれがスポーツの場においては話は別となって来ます。XY染色体を持つためにテストステロンの値が高ければ、骨格や筋肉が男性並みに発達してしまいます。そもそも何故スポーツは男女別に競技が行われ、格闘技などはクラス別に競技が行われるのかというと、こういう肉体的な差異に対して公平性を持たせるという論理的な基準が有るからです。
この人が社会的に女性であるという主張は感情に基づくものであり、染色体やテストステロン値に基づいて判断すべきという主張は論理に基づくものです。そして国際オリンピック委員会(IOC)は感情に基づいて判断し、国際ボクシング協会(IBA)は論理に基づいてこれを批判しました。この相反する二つの主張はなかなか噛み合わないでしょう。(2024/8/22追記)

2024/1/19

黯然銷魂飯

黯然銷魂飯」というのはチャウ・シンチー(周星馳)の1996年の映画「食神」の中に登場する叉焼飯のことで、映画の中で料理人試合に勝つために編み出された料理ですが、その後香港のレストランの定番人気メニューとなっています。上海の私の勤務先近くにある香港式レストランにもこのメニューが有るのでお昼によく食べています。

黯然銷魂飯

2024/1/12

中国語は表現が大げさ

中国語の表現の中には、同じ漢字を用いる日本人から見て、表現が大げさだと感じることがよく有ります。例えばこういうもの。

拒絶
中国の火鍋屋の看板に大きく「拒绝冷冻」などと書かれていることがよくあります。これは「冷凍品は使っていません」という意味です。また中国政府が力を入れている食品の無駄を無くす運動「光盘行动」におけるスローガンとして「拒绝浪费」という言葉がよく使われています。これは「食べ物を無駄にしません」という意味です。こういう「~はしません」という程度のニュアンスのために「拒絶」という日本人から見るとかなり強い表現がよく使われます。
突破
会社の中でよく使われる言葉で、業務の目標や成果を表現する際に使われます。日本人の感覚からすると、何か大きな障壁を乗り越えるとか、大きなイノベーションやブレークスルーが有るというように感じられますが、中国での使われ方は、単に業績目標を達成したとか、他社より勝っているとか、そんな場合に使われています。
奮闘(奋斗
これも会社の中でよく使われる言葉で、例えば「开始奋斗」(直訳するなら「奮闘を始めましょう」)などと言われると日本人には大げさに感じるのですが、これは「頑張りましょう」くらいの意味で普通によく使われます。
昇級(升级
店舗の改装や商品のリニューアルを行う際に、升级(アップグレード)とか言います。別に何かグレードが上がっている訳でもないちょっとしたマイナーチェンジでもそう言います。多分パソコンのOSやホテルの部屋クラスのアップグレードなどでよく使われる言葉なので、真似しているのだと思います。
爆品
「爆品」とはヒット商品の意味です。爆発的ヒットとまで言えないただの売れ筋商品に対しても使われます。

中国語の表現が大げさになる(あるいは感じる)のは、ひとつには日本語が仮名と漢字の両方を使う言葉であるために日本語の中では漢字は意味が重く感じるという言語上の理由と、日本人が謙遜した表現を好むのに対して中国人は尊大な表現を好むという国民性の違いも有ると思いますが、しかし上記の例はいずれも私はここ数年の間によく見るようになったという印象があります。もしかするとここ数年中国社会に高まって来ている閉塞感の裏返しとして、何か凄い事を言わなくちゃ、というプレッシャーのためのようにも感じます。


2023/11/29

OEMの意味

OEMという言葉はメーカーなどでのビジネスにおいてよく使われますが、しかしこの言葉の意味はかなり曖昧で、実は使われる場所や時代によってかなり異なっています。私自身としては次のような経験が有ります。

1990年代に私はメーカーで商品の研究開発に携わっていて、生産を外部に委託する場合もあるためOEMという言葉を使うことは多く、この言葉が"original equipment manufacturing"の略であることは知っていましたが、しかしこの"original equipment"とは一体何を指すのかずっと疑問でした。"equipment"はもしかして生産設備の事を指すのかもと考えてみたり(本当は違いましたが)、しかし"original"は何を意味するのか全然わかりません。

また一方でその頃、パソコンを買ったときに、プレインストールされているWindowsにOEMと書かれていて、Windowsを単独で買うパッケージ版に対して、パソコンとセットで買う場合をOEMと言うということは判りましたが、これは全然意味が違うけど何故OEMと言うのだろうと疑問に思っていました。

2010年代に私は中国で日本企業の駐在員として勤務するようになりましたが、そこで気が付いたのは、日本で使われているOEMの意味と、中国で使われているOEMの意味が異なっていたことです。表にすると下のような感じです。

委託者が設計し受託者は生産のみを行う場合受託者が設計と生産の両方を行う場合
日本での使われ方外部委託生産OEM
中国での使われ方OEMODM
米国での使われ方CMCM

このように日本と中国とでは言葉の意味が異なっているため、日本国内だけで話をするのならば問題無いのですが、例えば日本の工場で生産していた製品を中国の企業に委託して生産するような場合、私は駐在員だったのでこういう仕事をよく請け負うことになるのですが、そうすると問題が出てくるのです。日本と中国の間でオンライン会議を行う際に、日本本社が作った資料と、中国の工場が作った資料とをそのまま出して会議をすると、言葉の意味が違うので話がちぐはくになってしまいます。そういうところで私は結構苦労をしました。

なおこの表で示している"日本での使われ方"とは、あくまで私が勤務していた日本企業の中での使われ方ですが、日本国内では大体この意味で話が通じていました。ただし2023年の現在にネットで検索してみると、この表の"中国での使われ方"の意味で説明している日本のサイトも多く、例えばJETROでもこの中国での使われ方で説明しています。おそらく中国に生産委託する日本の企業が多いので、中国での使われ方が広まっているのだと思います。

ちなみに上の表にも書いてあるように、米国など英語圏ではまた全然異なっています。私の勤めていた企業の米国駐在員はCM(contract manufacturing)と呼んでいました。英語圏ではOEMという言葉は全然意味が異なっていて、かつかなり曖昧で、例えば純正部品を生産するメーカーのことだったり、あるいは既存の部品に付加価値を追加した上で製品として販売するメーカーのことだったりするようです。上で挙げたWindowsの例もこの意味で使われています。

一体何故このOEMという言葉の意味が、使われる場所によってこんなに異なっているのか、Wikipediaで調べてみたらよく解りました。何が"original equipment"なのかも。歴史的な経緯があるのですね。暇な方は読んでみてください。


2023/11/21

"N"の左右反転文字

上海の街中で、看板などのロゴデザインとして"N"を左右反転させた文字が使われているのをよく見かけるような気がします。例えば下のようなもの。

カフェNINE O NINE の看板
この写真は上海の中山公園の中にあるカフェの入口看板で、"NINE O NINE"という名前のカフェですが、ロゴの右側2つのNが左右反転になっています。こうすると左右対称っぽいデザインになるので面白いと思ったのでしょう。
LINLEEの看板
この写真は、上海市内のショッピングセンターの中にある飲料の店の看板です。"LINLEE"という名前の店ですが、Nの文字が左右反転されています。ちなみにこの飲料ブランドは、元々は"鄰里"というブランド名でしたが、人気が出るにつれ海賊商品が横行し、しかし商標を保護していなかったため、やむなく本家のブランド名を"LINLEE·林里"と変えざるを得なかったという経緯が有るので、このロゴデザインは商標を意識した面も有るようです。
INS楽園の標識
この写真は、上海の復興公園に面している"复兴公园·INS乐园"という名前の複合娯楽施設への方向を示した看板ですが、Nの文字が左右反転されています。この施設の建物に掲げられた看板でも同じように左右反転のNを使ったロゴが用いられています。この"INS"とは"Into Nothing Serious"の略とのこと。
DAN NONG 單農の看板
この写真は"DAN NONG 單農"という中国のアパレルブランドが上海市内のショッピングセンターに出している店舗の看板です。3つのNの他に頭のDの文字も左右反転になっています。ちなみにAとOの文字には中国語の声調を示す符号も付いています。

Nを左右反転した文字といえば、ロシア語のキリル文字に"И"という文字が有りますが、上記のものはいずれもロシア語とは関係ないようです。中国の商標登録のサイトで調べてみると上記のいずれもこの左右反転のNを使ったロゴデザインを商標として登録しています。中国の人の感覚として、Nを左右反転したものが格好良いというような感覚が有るのでしょうか。


2023/11/3

エレベーターの開閉ボタン

エレベーターで思い出しましたが、エレベーターの開閉ボタンを間違えやすいという話はよく聞きます。私もエレベーターに乗っていて、扉が閉まりそうな時に誰かが急いで乗ろうとしているので、「開」ボタンを押そうとしたのが、間違って「閉」ボタンを押してしまった、という経験が何回も有ります。何故間違えやすいのかと言うと、このボタンのデザインは世界共通でどれもほぼ同じ、矢印を簡略化した図形なのですが、これが矢印には見えないのです。何に見えるのかと言うと、私には下図のような両開きのドアに見えるのです。見て瞬間的にその形をイメージしてしまうと「開」と「閉」が逆になるのです。この問題は世界中で多くの人が課題として長年検討しているようですが、多分解決できないでしょう。こういう図形は一度定着してしまうとなかなか変えられないものです。パソコンの「保存」アイコンもいまだにフロッピーディスク💾だし。

エレベーターの開閉ボタン

2023/10/31

上海の日本人とエレベーター

上海に住んでいると、街なかで日本人と遭遇する確率は結構高いです。2022年の統計では、上海市の人口は2475.89万人(上海市統計局の統計)、上海市に在留する日本人は36,614人(外務省の統計)で、日本人の割合は0.15%、700人に1人が日本人です。
(ちなみに私が以前住んでいた北京では、日本人に遭遇する確率はそれほど高くありません。北京市の人口は2184.3万人、北京市に在留する日本人は6,661人で、日本人の割合は0.03%、3000人に1人が日本人です。)

上海で私が住んでいるマンションにも日本人が何人か住んでいるので、敷地内やエレベーターなどでよく日本人に会います。日本人というのは見ればすぐにそれと分かります。例えばスーツ姿でリュックを背負っていたり、大きな黒いビジネスショルダーバッグを肩から下げていたりするのは日本人だけです。

またエレベーターにおける日本人特有の行動というものが有ります。例えば、

  1. エレベーターに乗るとすぐ行先ボタンの前に陣取る
  2. 1階に着いて皆が降りる時に開ボタンを押しながらお先にどうぞという仕草をする
  3. 途中の階で自分だけ降りる時に腕を伸ばして閉ボタンを押しながら出る

これらのマナー的な行為は日本人特有の行動で、中国人はまずやりません。

このエレベーターマナーというのは、日本でオフィスビルの大きなエレベーターに乗る会社員の間で広まったのだと思いますが、これらのマナーは、私が思うに、大きなエレベーターにおいてなら少しは意味が有るのかもしれませんが、一方マンションなどの小さいエレベーターで同じ事をしたならば、全く意味が無いどころか、むしろ邪魔になると思うのです。例えば上記の1は、先にエレベーターに乗った人がドア横の行先ボタンの前に立ち止まったら、小さいエレベータならその人の体が入口の3分の1くらいを塞いでしまって後から乗る人の邪魔になるから、奥に詰めてくれよって思うし、上記の2は、やはりドア横に立っている人の体が邪魔なのだから、お前が先に降りろよって思います。上記の3は、エレベーターの大小に関わりませんが、伸ばした腕がドアの間に有ればセンサーが働いて閉まらないのだから全く意味が無く、あくまで「私は皆さんに気配りする人ですよ」というポーズにしかなりません。

これらの行為が、他人への気配りどころかむしろ邪魔になっていることにはあまり思い至らないのでしょうか。ネットで調べてみると、マナー講師のような人がエレベーターマナーとかを解説している記事が結構見付かります。おそらくこれらのマナー行為は、その場の状況を見て判断し行動しているのではなく、あくまでこれを社会上の決められたルールとしてそれに従って行動しているに過ぎないのでしょう。あるいは、このエレベーターマナーを行う目的は、他人への気配りではなく、自分を良く見せることのほうに主眼があるのです。もっとも、これに限らず世の中のマナーとは皆そういうものなのでしょうけれど。だから上海でこういう人に遭遇しても、内心邪魔だなあとか思うけれど、まあ日本人だからと思って軽く会釈して通り過ぎています。

一方で中国人達は、エレベーターでこういうマナー的行為を行う人は全くいません。中国ではマナーどころか、エレベーターの中で大声でうるさく喋るのは普通だし、エレベーターのドアが開いたら、中の人が降りるより先に外で待っていた人が我先に乗り込んでくるのが普通です。

エレベーターなんてものは、静かにして、他の人の邪魔にならないように乗り降りしていればそれでいいのですよ。他人の目を気にし過ぎて意味の無いマナーにこだわる日本人と、他人の目を全く気にしないで意のままに振る舞う中国人と、どっちがマシなのか分かりませんが、多分中国人のほうが長生きしそうではあります。


2023/10/25

それってどっち?

日本での話ですが、日常生活の中で何か方向を言われた時に、それがどっちを指しているのかはっきりしないことが有ります。例えば、

前向き駐車ってどっち?

コンビニの駐車場などで、たまに「前向き駐車」と書かれていることがあります。これを見ると一瞬「前向きってどっち?」と思ってしまいます。多分わざわざ書いてあるということは、通常とは逆に、頭から突っ込んで停めろということだろう、というのはすぐ想像はつきます。しかしやはり私と同じように「前向きってどっち?」と思う人は多いらしく、ネットで検索するとこの話題が結構見付かるし、ある人の観察では「前向き駐車」と書かれている駐車場に停まっている車の半分以上が逆に解釈して、頭を道路側に向けて停めていたとのこと。この「前向き」という言い方は、前がどっちを向いていればいいのか判らないので良くないのです。コンビニ側や近隣住宅の側から見れば車は前を向いていることになりますが、車を停めたドライバーからしてみれば、車から降りて歩道側に出てみれば、車は後部を自分に向けているので「これって前向きなのか?」と思ってしまいます。「前向き駐車」ではなく「前進駐車」と書かれていることも有りますが、このほうが誤解が少なくて良いと思います。

黄色い線の内側ってどっち?

日本人でこれを変だと思う人は少ないと思いますが、駅のホームで「電車がまいります。黄色い線の内側までお下がりください」というアナウンスを聞いて、中国人が「なに?線の内側に入ったら危ないだろ!」と一瞬びっくりした、という話はよく聞きます。もちろん常識的に考えればすぐ意味は解りますが、しかし「内側」ってどっち?なのです。日本人の感覚から言うならば、ホームに立って待っている乗客の視点から見て、内側とはホームの側を指します。しかし上記のアナウンスでは「電車がまいります」と言っているのだから、電車が話の中心なのであって、そして電車は危ないので、電車から離れるために黄色い線が引いてあるから、その外側に出ていてくださいね、と言わなければなりません。これが中国人の感覚です。ホームで待つ乗客から見た内側と、電車を中心として話す内側は逆なのです。

ガソリンスタンドから左方向へってどっち?

以前軽井沢のあるホテルに泊まったときのことですが、カーナビでホテルの入口付近に着いたところ、駐車場がどこにあるのかわからず、入口付近には人もいないため、車の中からホテルに電話をして聞いてみたら、駐車場はホテルから少し離れた別の場所に有るとのことです。その電話に出たホテルの人は「近くにガソリンスタンドが見えると思いますが、そこから左方向へ500メートルほど行ってもらえば看板が有りますので」と説明しました。確かにガソリンスタンドは有るのですが、「左方向」ってどっちかわからないので、「それは、ガソリンスタンドの側から見て左方向ですか、それともガソリンスタンドに向かって左方向ですか?」と私は聞きましたが、そのホテルの人は「とおっしゃいますと…?」などと私の言っている事がよくわからないようです。ガソリンスタンドは道路を挟んでホテルの向かいに有るので、そのホテルの人の視点から見るなら、多分ガソリンスタンドに向かって左(下図①)だろうと解釈してそちらに向かったらそれで合っていました。しかしこのように、その場にいない人に対して、右と左で説明するのは適切ではありません。その人がどっちを向いているのかによって変わるのだから。特にこの例ではガソリンスタンドだからより誤解しやすいです。ガソリンスタンドとは車が出入りする場所なのであるから、ガソリンスタンドから左方向と言えば、ドライバーの視点では車がガソリンスタンドから出て左と考えてしまうので、逆方向(下図②)になるのです。

ホテルとガソリンスタンドの位置図

2023/10/19

中国のカーナビ

日本から中国へ出張でやって来た人を空港へ迎えに行った時のことですが、空港から仕事先へ向かうタクシーの中で、その出張者が不思議そうな顔をして私に聞きました。「このずっと何か喋っているのはナビですか?」

そうなのです。中国のカーナビというのは、ずっと途切れなく何か喋り続けているのです。中国のタクシー運転手は大抵カーナビを使っていて、そして音声案内を車内に流しているのですが、それが大きな音でずっと喋っているので結構うるさいです。一体何を喋っているのかというと例えば、
“向左行驶”(左方向です)
“右转”(右折です)
“向前行驶,请不要上坡”(直進です。高架道路入口を登らないでください)
“请注意右侧,以进入车辆”(右側に注意してください、合流があります)
“前方300米有违章拍照”(前方300メートルに違反取締カメラがあります)
“前部道路实线较长,请提前更改车道”(この先車線変更禁止区間が長いため、早めに車線変更してください)
みたいな事を延々と喋っています。また「右折です」みたいな案内は10メートルおきに3回くらい言ったりしてかなりくどいです。喋っている内容には余計なお節介みたいな事も多くて、とにかく何か喋っていなくちゃ、みたいな感じに途切れなく喋り続けているのです。何故中国のカーナビはこんなに喋り続けているのかというと、中国では話は多ければ多いほど良いという価値観が有るので、案内が多いほど良いサービスだと考えているのか、それとも中国のドライバーは何かがずっと聞こえていないと落ち着かないのでしょうか。

一方で、私は以前ドイツを旅行したときにレンタカーを借りたのですが、カーナビの案内の言語は英語にして、しかし英語であまり難しい事を言われても困るのですが、このドイツのカーナビの音声案内はほとんど喋らなくてずっと静かで、必要な時になるとポツリと一言 "turn right"(右折です)とか "at roundabout take the second exit"(ラウンドアバウトの2番目の出口から出ます)とか簡単な事を言うだけなので結構楽でした。

日本のカーナビも案内が過剰だと思いますが、それでも「しばらく道なりです」と言ったきり喋らなくなったりするので、中国よりはずっと静かです。


2023/7/25

支払い方法の選択肢

先日約2年ぶりに日本へ行ってきました。あのコロナの時期の水際対策は日本中国ともに今年5月から完全に無くなり、やっと以前と同様普通に日本へ行けるようになりました。と言っても私は中国の居留許可を取得しているのでいつでも自由に往来できますが、しかし以前のような日本人に対するビザ免除は停止したままで、しかもビザ取得は今は随分手間がかかるようなので、普通の日本人にとって中国はまだ気軽に行ける場所ではないのだろうと思います。

今回私が日本へ行ってひとつ思ったのは、日本ではお金を支払う際の選択肢が多くて良いという事です。今回の日本滞在中には、何かお金を支払う際には、場合によって、現金、クレジットカード、交通系プリペイドカード(Suicaなど)、QRコード決済(PayPayなど)、このいずれかを使いましたが、大体どこでもこれらのいずれも使うことができるし、しかもどれを使うのか自分で選べるので、いいなあとか思ってしまいました。普通の日本人はそんなふうには思わないかもしれませんが。

中国では現在、何か買う時のお金の支払い方法は、スマホによるQRコード決済の一択のみで、それ以外の選択肢はほぼ有りません。10年前の中国ならば、現金か銀行カードを使うのが普通でしたが、今ではそのいずれも多くの場所では受け付けてもらえません。中国の社会は変化が非常に速いのですが、その変化はあまりにも画一的です。現在私は外に出かける時には、アパートの鍵とスマホだけを持って出かけます。中国ではスマホさえ有ればどこへも行けるし何でも買えます。しかしこれは裏を返して言うならば、スマホが無ければどこにも行けないし何も買えません。出先でスマホのバッテリーが切れたらそこで一巻の終わりです。ちょっと遠くへ出かけるなら充電器は必携です。


2023/7/6

建築家 Hudec

建築家のLászló Hudecがかつて上海で住んでいた家が現在は記念館として公開されているため、先日行ってきました。

武康大楼
武康大楼(2023年4月撮影)
Hudecという人は日本ではあまり知られていませんが、上海には彼の設計した建築物が数多く有り、例えばそのひとつである武康大楼(旧称 Normandie Apartments)は1924年の建造で、以前はそれほど有名でもありませんでしたが、2010年代頃から建物の写真をSNSにアップする人が増えるにつれ人気が出て、今では上海のシンボルとまで言われる人気スポットになっています。武康大楼は旧フランス租界の武康路と淮海中路の角に位置し、約30°の狭い角地に建てられているため独特のデザインになっています。建物が建つ交差点にはいつも多くの人が写真を撮ったりしています。
Hudec記念館
Hudec記念館(2023年7月撮影)
このHudec記念館には彼の仕事や経歴が紹介されていますが、この経歴が結構面白いので紹介します。

László Hudec(中国名:邬达克1893-1958
ハンガリー籍スロバキア人。
1893年オーストリア・ハンガリー帝国時代のスロバキアで裕福な建築家の家に生まれた。ブダペスト大学で建築学を専攻し1914年卒業。建築事務所で働いていた1914年に第一次世界大戦が始まると、志願してオーストリア・ハンガリー軍に従軍するが、1916年にロシア軍の捕虜となりシベリアの収容所に抑留された。1917年のロシア10月革命の混乱期に、中国国境近くを移送中に列車から飛び降りて脱走し、国境を越えて中国に入り、日本の貨物船に乗り上海に着いた。上海では当初無一文だったが、1918年にアメリカ人の建築事務所R. A. Curryで助手を務めるようになり、そこでは病院や学校、銀行、教会、映画館、劇場など多くの建築の設計に携わった。1922年にドイツ人のGizella Mayerと上海で結婚。1925年には上海に自分の建築事務所を設立した。1925年から1938年までの間に上海市内に国際ホテルなど100を超す建築を設計し上海で最も有名な建築家となった。その後1947年に上海を離れスイスに移り住んだ。1950年にカリフォルニア州に移り住みカリフォルニア大学バークレー校で教鞭を取った。1958年に心筋梗塞により死去。

1920年代の上海には多くの欧米資本が集まり、街は大きく発展していました。ここに彼がやって来た経緯は、なんと捕虜の身で列車から飛び降りて脱走し、国境を越えて辿り着いたのが上海だったとは。


2023/6/13

ウェブページの言語を切替える

ひとつのhtmlファイルで複数の言語を動的に切替える仕組みを作ってみました。これが簡単なデモ版です。そのhtmlコード全体を以下に示します。

<!DOCTYPE html>
<html lang="ja"> <!-- ここのlang属性を切替えます -->
<head>
<meta charset="utf-8">
<title>言語切替えのデモ</title>

<style>
html:lang(ja) :not(:lang(ja)),
html:lang(en) :not(:lang(en)),
html:lang(zh) :not(:lang(zh)) { display:none; }
/* <html>要素のlang属性と、その子孫要素のlang属性が異なっているならば、その子孫要素は表示しない */
</style>

<script>
function changeLanguage(language){
document.getElementsByTagName('html')[0].lang = language; // <html>要素のlang属性を変更
}
</script>

</head>
<body>

<form name="languageSwitcher" onchange="changeLanguage(this.button.value)"> <!-- 言語が変更されたらファンクションを実行 -->
<label><input type="radio" name="button" value="ja" checked>日本語</label>
<label><input type="radio" name="button" value="en">English</label>
<label><input type="radio" name="button" value="zh">中文</label>
</form>

<p>
<span lang="ja">こんにちは</span>
<span lang="en">Hello</span>
<span lang="zh">你好</span>
</p>

</body>
</html>

仕組みはとても簡単で、cssの:lang疑似クラスセレクターを使って、<html>要素に設定されている言語(初期値ではja)とは異なる言語が設定されている子孫要素は表示しないようにしています。そしてボタンを押して言語を変更すると、JavaScriptを使って、<html>要素の言語設定の部分を書き換えます。

ここで用いている:lang疑似クラスでは、lang属性が何も指定されていない要素については、親要素のlang属性が継承されるので、例えば<html>要素に"ja"が指定されているならば、その子孫の要素は、"en"や"zh"が指定されていない限り、全て"ja"が指定されているものとして扱われます。

なおセレクターの結合子というのは慣れないとちょっと分かりづらいですが、html:lang(ja) :not(:lang(ja))のように二つのセレクターの間がスペースならば「左側のセレクターに相当する親要素の中に含まれている、右側のセレクターに相当する子孫要素の全て」がスタイル適用の対象になります。

言語を切替えるだけならばこの簡単な仕組みだけで良いですが、しかし初期設定が日本語になっているので、ページを再読み込みしたり、他のページに移動して戻って来たりすると、また元の日本語に戻ってしまいます。そこで、変更した言語設定を保存するために sessionStorage を使ってJavaScriptの部分を以下のように変更すれば良いです。これがそのデモ版です。

<script>
window.addEventListener('load', initializeLanguage);

function initializeLanguage() { // ページを読み込んだ時に実行します
let language = sessionStorage.getItem('current_language'); // 現在の言語設定を取得
if ( !language ) { // もし何も設定されていなかったなら(nullが返されたら)
language = 'ja'; // 日本語に設定
}
document.languageSwitcher.button.value = language; // フォームに言語設定の値を入れる(相当するボタンにチェックが入る)
changeLanguage(language); // 現在の言語設定でページの表示を変更
}

function changeLanguage(language){ // 言語を変更するファンクション
sessionStorage.setItem('current_language', language ); // 言語設定を保存
document.getElementsByTagName('html')[0].lang = language; // html要素のlang属性を変更
}
</script>

このサイトの幾つかのページでは、同じ内容で日本語と英語の両方のページを用意し、それぞれ別々にhtmlファイルを作成していますが、これをひとつのhtmlファイルで動的に切替えられれば便利です。現在このサイトではindex問い合わせの二つのページでこの仕組みを使っています。


2023/6/1

手続型とオブジェクト指向

このサイトのページを作成編集していて、ページの中に日付を入れるJavaScriptプログラムを書いていた時のことです。

例えばページの中に最終更新日の日付を自動的に入れようとするならば、まずJavaScriptを使ってページの最終更新日を取得します。

const d = new Date(document.lastModified);

ここで取得されたdとは、日付に関するオブジェクト(データや機能のひとまとまり)です。これを使って日付を文字として出力するのですが、私は"2023/5/31"の形式にしたいと思いましたがこのような出力フォーマットは用意されていないため、ちょっと長いですが自分で次のように書きました。

[html要素の中味] = d.getFullYear().toString()+ '/' + (d.getMonth()+1).toString() + '/' + d.getDate().toString();

(この [html要素の中味] の部分は document.getElementById("id名").innerHTML などです)

1か所書くだけならばこれでいいのですが、しかしサイトの他のページでも幾つも同じようなことを書くのならば、これをファンクション(関数)にしてしまえば便利だと思ったので、次のようなファンクションを書きました。

function toDateStr(d) {
return d.getFullYear().toString()+ '/' + (d.getMonth()+1).toString() + '/' + d.getDate().toString();
}

使うときはこのように書きます。
[html要素の中味] = toDateStr(d);

このファンクションは問題無く機能するのですが、しかしこれを見ていて、なんか変だな、順序が逆じゃねえの?という気がしました。それで下のように書き直してみました。

Date.prototype.toDateStr = function() {
return this.getFullYear().toString()+ '/' + (this.getMonth()+1).toString() + '/' + this.getDate().toString();
}

使うときはこのように書きます。
[html要素の中味] = d.toDateStr();

やっぱりこっちのほうがしっくりきます。

どちらもファンクションの中味がやっている事は全く同じですが、ただ命令の仕方が違います。

つまり命令する相手と順序が違うのです。

この違いは結構大きくて、他の例で言えば、英語と日本語の違い、スマホとWindowsパソコンの違い、のようなものです。

英語と日本語は順序が違っていて、英語は「動詞(V)+目的語(O)」、日本語は「目的語(O)+動詞(V)」です。順序が違うと、話すときの思考が違ってきます。例えば英語の"open the door"と日本語の「ドアを開ける」ならば、英語の場合は先ず"open"と言っておいて、そして次に何をopenするのか、"the door"なのか"the window"なのか"your mind"なのか…を続けます。日本語の場合は先ず「ドアを」と言っておいて、そして次にそれをどうするのか、「開ける」のか「叩く」のか「蹴る」のか…を続けます。もちろん英語でも日本語でも、話す時には動詞と目的語の二つは頭の中で同時に浮かび上がっているのだろうけど、しかしその両者の間の主従関係は異なっています。

それからスマホとWindowsパソコン、これは見た目も使い方も全然違います。
スマホは普通、画面上に並んでいるのは全てアプリです。ファイルは並んでいません。だからスマホを使う時は、いつも必ず先ず何のアプリを使うのかを選びます。アプリを起動してから、その次に作業対象となるものを操作します。
一方Windowsパソコンの場合には、大きく二つの異なる使い方があり、ひとつはスマホと同じようにスタートボタンから先ずアプリを選ぶ使い方も有りますが、もうひとつは先ず作業対象を選ぶ使い方です。Windowsパソコンではデスクトップやフォルダの中にファイルが並んでいるので、先ず作業対象とするファイルを選んで、その次に右クリックメニューの中から、どのアプリで開くのか、コピーするのか、削除するのか、などやりたい事を選びます。

つまり物事を選ぶ順序として、

「やりたい事」→「対象物」の順になっているのは
英語
スマホ
手続型プログラミング
「対象物」→「やりたい事」の順になっているのは
日本語
Windowsパソコン
オブジェクト指向プログラミング

このような違いです。

と言ってもこれは、どっちが良いとかの話ではないですね。先ず結婚したいと思ってから相手を探すのか、今付き合っている相手と結婚するのか別れるのか考える、の違いのようなものですから。


2023/5/21

メールを送信するPHPプログラム

ウェブページのフォームからメールを送信するPHPプログラムを作りました。と言うのは、このサイトを置いているレンタルサーバーでは、以前はフォームからメールを送信する機能が提供されていたのでそれを利用していましたが、今年2月下旬にサーバーの仕様が大幅に変更され、それ以降この機能が使えなくなったのですが、その一方でPHPのプログラムが簡単に使えるようになったため、自分でPHPのプログラムを作ることにしました。

メールを送信するプログラム自体はとても簡単なものですが、そこでちょっと引っ掛かったのが一行の文字数に関する制限です。

電子メールの仕様書であるRFC 2822では、一行の文字数について次のように定めています。

Each line of characters MUST be no more than 998 characters, and SHOULD be no more than 78 characters, excluding the CRLF.

一行の文字数は998文字を超えてはならず、78文字を超えるべきではないとされています。PHPでメールを送信するmail()関数で実際に試してみると、一行が78バイトを超えて数百バイト程度有っても送信できましたが、998バイトを超えるとやはり送信できませんでした。

メールフォームのテキストエリアに誰かが文を入力する場合、改行位置を意識せずに長い文を入力してしまう場合もあると思うので、メールとして送信する際に自動的に改行を入れたほうが良いと考えました。PHPのmail()関数のリファレンスを見ると、プログラム例として一行が70文字を超えている場合のためにwordwrap()を用いる例が示されています。英語の文字列ならばこれで良いのですが、しかしこのwordwrap()は日本語の文字列を処理することができません。

しかし日本語の場合は英語と違って文中のどこで改行しても良いのだから、単純に一定間隔で改行を挿入する簡単なプログラムを作ってみました。

自動改行のプログラムその1

// strlen()とmb_strlen()の返す値が異なるならば文字列中にマルチバイト文字が含まれていることになります
$multibyte = ( strlen($message) != mb_strlen($message, "UTF-8") );

if ( !$multibyte ) { // マルチバイトでない(英語)の場合は
$message = wordwrap($message, 70, "\r\n"); // 70文字でワードラップします
} else { // マルチバイト(日本語など)の場合は
$array = mb_str_split($message, 35, "UTF-8"); // 35文字ずつ配列に分割して
$message = implode("\r\n", $array); // 配列を改行コードで連結します
}

この簡単なプログラムでとりあえずの目的は果たせますが、しかし英語の文章の中に一つでも多バイト文字を混ぜてしまったりすると英語とは判定されなくなるし、日本語の場合は元の文章が既に35文字以下の長さに改行されていても更に細かく改行を入れてしまうため、あまり格好良くありません。

そこでもっとちゃんとした自動改行のプログラムを作ってみました。

自動改行のプログラムその2

$width = 35; // 一行の文字数の設定値
$break = [ "\r" , "\n" ];
$array = mb_str_split( $message, 1, "UTF-8" ); // 文字列を一文字ずつ配列に分割します
$line_length = 0; // これで行の長さをカウントします
for ( $offset = 0; $offset < count($array); $offset += 1 ) { // 一文字ずつ調べます
$line_length += 1; // 行の長さを一文字増やします
if ( $array[ $offset ] == "\r" or $array[ $offset ] == "\n" ) { // 改行コードが有ったならば
$line_length = 0; // 行の長さをリセットします
} elseif ( $line_length > $width ) { // 行の長さが設定した文字数を超えたならば
// 1つ前の文字を確認して、もしASCII文字でない(日本語など)か、もしくはスペースだったなら
if ( !mb_check_encoding ( $array[ $offset-1 ], "ASCII" ) or $array[ $offset-1 ] == " " ) {
array_splice ( $array, $offset, 0, $break ); // 改行コードを挿入して
$offset += count( $break ); // 挿入した分だけ進めて
$line_length = 1; // これを1文字目とします
} //(1つ前の文字がスペース以外のASCII文字だった場合は英単語の途中なので何もせず次に進みます)
}
}
$message = implode( "", $array ); // 配列を連結して文字列にします

このプログラムは、日本語の部分は一定間隔で改行し、英語の部分はワードラップをします。ただし通常のワードラップとは異なり、行の末尾の英単語の途中で設定した文字数を超えても、単語は次の行の先頭へは行かずにそのまま行の末尾をはみ出ます。これはそのほうがプログラムが簡単になるからです。これならマルチバイト版のワードラップとして問題無く使えます。

ところが、こんなものを作ったりしているうちに気が付いたのですが、メールの文字コードをUTF-8に指定した場合はエンコーディングはBASE64になりますが、BASE64でエンコードされる際にはソース中では一行のバイト数が76で自動的に改行されているので、それなら元の一行がいくら長くても別にこの78文字の規定に合わせる処理は必要無かったのでした。

例として下の二つはそれぞれ、mb_language()で言語を"japanese"もしくは"uni"に指定して、一行の長さが78バイトを超えている同一の文章をmb_send_mail()で送ったメールのソースです。(文字コード、エンコーディングと本文の部分のみ示します)

言語を"japanese"に指定した場合のソース

Content-Type: text/plain; charset=ISO-2022-JP
Content-Transfer-Encoding: 7bit

これはテストメールです。一行の長さはISO-2022-JPならば191バイト、UTF-8ならば271バイト、それを更にBASE64でエンコーディングすると364バイトになります。この程度の長さならば送信することは可能です。

言語を"uni"に指定した場合のソース

Content-Type: text/plain; charset=UTF-8
Content-Transfer-Encoding: BASE64

44GT44KM44Gv44OG44K544OI44Oh44O844Or44Gn44GZ44CC5LiA6KGM44Gu6ZW344GV44GvSVNP
LTIwMjItSlDjgarjgonjgbAxOTHjg5DjgqTjg4jjgIFVVEYtOOOBquOCieOBsDI3MeODkOOCpOOD
iOOAgeOBneOCjOOCkuabtOOBq0JBU0U2NOOBp+OCqOODs+OCs+ODvOODh+OCo+ODs+OCsOOBmeOC
i+OBqDM2NOODkOOCpOODiOOBq+OBquOCiuOBvuOBmeOAguOBk+OBrueoi+W6puOBrumVt+OBleOB
quOCieOBsOmAgeS/oeOBmeOCi+OBk+OBqOOBr+WPr+iDveOBp+OBmeOAgg==

言語を"japanese"に指定した場合は一行が長すぎればソース中でも長いままですが、言語を"uni"に指定した場合はソース中では一行が76バイトで改行されています。(この文字数の制限はRFC 2045で規定されています。)

なので文字コードをUTF-8にするならば、上に書いたようなプログラムは全く必要無かったのでした。お疲れ様。

というわけで最終的なプログラムは、mb_language("uni") を指定してmb_send_mail($to, $subject, $message) で送るだけの簡単なものとなりました。


2023/4/28

Y字路

title image
このサイトのタイトル画にしているこの絵は、想像で描いた架空の街の風景ですが、Y字路に位置する建物がギャラリーになっているという想定です。私は最初からY字路を描こうと思ったわけではありませんが、建物をなんとなくいい感じの佇まいにしようと思ったらこういう絵になりました。(厳密に言えばY字というより刺股のような形ですが。)

このY字路というものに魅かれる人は結構いるようで、例えば画家の横尾忠則はY字路をモチーフにした多くの作品を発表しているし[1]、Y字路を集めた書籍[2]とか、Y字路を集めたウェブページ[3][4]なども有ります。Y字路の分かれた先に高低差があるものは立体Y字路などと名付けられているようです。

Plönlein
これは多分世界で一番人気のあるY字路です。ドイツのローテンブルク(Rothenburg ob der Tauber)にあるプレーンライン(Plönlein)[5]と呼ばれる人気スポットで、観光客の皆さんは必ずここで写真を撮っています。(2016年9月撮影)
参考リンク
  1. 「Y字路」横尾忠則
  2. 『時をかける台湾Y字路』
  3. 理想的な「立体Y字路」を探して
  4. Y字路ベスト - 夜散歩のススメ
  5. Plönlein - Google Map

2023/4/11

中国における敬称や呼びかけ言葉

中国では人に対する敬称や呼びかけ言葉にバラエティーが有って面白いので幾つか紹介します。ただし中国ではこれらの言葉の地方差や時代による変化は大きいので、「そんな言い方しないぞ」と思う人もいるかもしれませんが、あくまで私個人の経験上ということで。

」は総経理(社長)の略で、李社長さんならば「李总」と呼びます。総経理でなくても組織のリーダーのような人に「」を付けたり、偉そうにしている人に冗談で「」を付けたりもします。
会社の技術系の社員の敬称として「工」を付けることがあります。李さんならば「李工」と呼びます。多分10年前くらいから流行っているようで、もともとは「工程師」の略だと言われていますが、なんとなく親しみが有っていい感じなので技術系ではない人にも社内の呼称として使うことがあります。
博士号を持っている人に対して「博」を付けます。李博士ならば「李博」と呼びます。日本では学位を敬称にすることはあまり無いですが、中国社会では学位が自慢だったりするのでよく使われます。
職位で呼ぶ
会社の中では、その人の職位で呼ぶことが有ります。李さんならば「李经理」とか「李主任」とか。日本でも「山本課長」とか職位で呼ぶことが有りますが、中国のほうがもっと多いと思います。
同学
「同学」は同級生という意味ですが、会社の若手の社員が若手の同僚に対して冗談で「同学」と呼ぶことがあります。更に冗談で「童鞋」と呼ぶこともあります。「童鞋」は子供靴の意味ですが「同学」と発音が似ているためで、メッセージアプリで使われるスラングです。
师傅
师傅」は師匠という意味ですが、主に運転手に対して使われます。タクシーの運転手へは「师傅」と呼びかければ良いですし、運転手が李さんならば「李师傅」と呼びます。運転手の他にも、例えば修理工とか調理師とか、専門技術者なんだけど社会的地位があまり高くない人を敬う呼び方として使われます。
老板
「老板」も社長の意味ですが、どちらかと言うと小さい店の店長さんなどを指して使うことが多いです。会社の社長に対して使うならばちょっと軽い冗談ぽいニュアンスが有ります。本人に対する直接の呼びかけにはあまり使わず、呼びかけに使う場合は日本で言う「シャチョー」と同じヨイショ言葉です。
年上の女性に対して姓に「姐」を付け、李さんなら「李姐」と呼びます。年下の女性に対しては「小」を付け、李さんなら「小李」です。年上の男性に対しては「」を付け、李さんなら「李哥」です。いずれも親しみを込めた呼び方です。
你好
飲食店の店員などに対する呼びかけとして、現在最も一般的なのは「你好」だと思います。10年くらい前ならば「服务员」と呼びかけることが多かったですが、現在ではちょっと失礼な感じがするようです。さらに大昔には飲食店の店員の女性を「小姐」と呼ぶことが有ったようで、しかし「小姐」というと水商売の女性みたいだから「服务员」と呼びましょう、なんていう話を20年前くらいに言われたことが有ります。
美女
女性一般に対する呼びかけとして「美女」と言います。商店や飲食店の店員が女性客に呼びかける際によく使われます。20年前くらいは使われているのを聞いたことがほぼ有りませんでしたが、10年前くらいから使われるようになり、最初聞いたときは「美女」なんて物凄いおだててるヨイショ言葉だなあと思いましたが、現在では女性に対する標準的な呼びかけ言葉として定着しています。決しておだてているわけでは有りません。これに相当する男性への呼びかけは「帅哥(イケメンのお兄さん)」で、これも最近よく使われますが「美女」ほどは定着していないようです。
先生
男性一般に対する呼びかけとして「先生」と言います。これは昔からずっと使われています。知らない男性には「先生」と呼びかければ良いし、李さんなら「李先生」、自分の夫のことは「我先生」、相手の夫のことを「你先生」などマルチで使える便利な言葉です。なお、これに相当する女性一般に対する敬称は「女士」で、これは敬称として書面上やテレビ放送などではよく使われますが、日常会話ではあまり使いません。
太太
自分の奥さんのことを「太太」、相手の奥さんのことは「夫人」と言います。妻や夫を指して「老婆」「老公」も使いますがちょっとくだけた感じがします。「妻子」「丈夫」は正式っぽいですが硬い言い方です。ちなみに「爱人」という言い方が日本人向けの中国語教材でよく紹介されますが、現在日常で実際に聞くことはほぼ有りません。この言い方は1910年代の文学作品中で最初に使われ、その後共産党政府が男女平等の意識を浸透させるために推奨したけれど定着せず廃れたという経緯があります。
小朋友
小さな子供に対する呼びかけに使います。日本ではこれに相当する言葉は無いですね。大昔なら「お坊ちゃん、お嬢さん」とか言ったかもしれませんが、そもそも今の日本ではよその子に呼びかけたりしないですから。中国の社会は子供を大事にするし、そのため躾の悪い子供も巷に多いので、よその子に呼びかけることはまま有るのです。
叔叔、阿姨
小さい子供がよその知らないおじさんに呼びかけるときに「叔叔」と言います。おばさんなら「阿姨」です。あくまで小さい子供限定です。「阿姨」はハウスキーパーや保育士の女性などに対する親しみを込めた呼び方としても使われます。
老师
老师」は教師の意味で、実際の教師に対する敬称としての他、教師のように指導してくれる人とか、知識の豊富そうな人に対する親しみを込めた呼び方として使います。日本で議員や作家などを「先生」と呼ぶようなおだてるニュアンスは有りません。
フルネームで呼ぶ
顔見知りの人の呼び方として最も一般的です。呼び捨てですが全く失礼ではありません。姓だけを呼ぶことは無く、名前が二文字ならば名前だけを呼ぶことはよく有ります。
これは日本語の「さん」の音訳です。「さん」が日本語の敬称であることを知っている中国人は多く、日本人に「桑」や「san」を付けて呼びます。山本さんなら「山本桑」または「山本san」です。まれに日本人に「君」を付ける人もいますが、それはちょっと変な人です。
日本語の「ちゃん」の音訳で、日本人女性に対する敬称として使われます。花子さんという日本人女性なら「花子酱」です。ただしかなりマニアックな言葉で、普通の人は使いません。

2023/3/23

繁体字の間違い

下の写真は3月18日に浙江省湖州市の南潯古鎮へ行ったときに撮ったもので、とある理髪店の看板です。

理髪店の看板

看板には「便民理發店」と書かれていますが、この「」は「」の間違いです。南潯古鎮というのは歴史的な古い街並みが残っている地区で、観光で訪れる人も多いため整備が進められていますが、この写真を見ると建物は古いですが看板は最近作られたようで、古い街並みの雰囲気に合うように繁体字を使ったのだと思いますが、その際に字を間違えてしまったようです。何故間違えるのかと言うと、繁体字の「」も「」も簡体字では「」という同じ字になるため区別が付かないからです。日本人や台湾人、香港人が見ればすぐに判る間違いですが、この看板を作った人も店の人も気が付かないということは大陸ではほとんどの人が気が付かないのですね。1956年に《漢字簡化方案》が制定されて既に70年近く経っているわけだから。それにしても「」と「」という、本来その意味も文字の成り立ちも異なる二つの文字を、何故一緒にしてしまったのかと言うと、

だから一緒にしてしまおう、ということのようです。ちょっと乱暴な気もしますが当時の簡略化方法のロジックとしては有りだったんでしょう。ちなみに簡略化方法として、発音が同じであるより簡単な字にまとめてしまうという方法で簡略化された字が幾つか有り、例えば、面(麵)、制(製)、里(裏)、干(乾、幹)、后(後)、谷(穀)などですが、これらも繁体字を使う際によく間違えられているようです。


2023/3/8

渡辺香津美のギターソロ

1979年当時、私が気に入ってよく聴いていた曲のうち、次の3つの曲はいずれも曲中にギターソロの部分が有るのですが、それらのギターソロが互いにすごく似ているのでした。アルバムのクレジットにはギター奏者は次のように記載されていて3曲とも違うのですが、しかしどのギターソロも同じ人が弾いているようにしか聴こえません。もしかしてと思っていましたが、それから数十年が過ぎ、最近思い出して調べてみたところやっぱり3曲とも渡辺香津美でした。アブドゥーラ・ザ・"ブッシャー"なんて明らかに冗談だし、Yoshio Genなどというギター奏者は聞いたことないですから。

曲名:Sonic Boom
ギター:渡辺香津美
アルバム:KYLYN
アルバムアーティスト:渡辺香津美
発売日:1979年6月25日

曲名:Sweet Illusion
ギター:大村憲司、アブドゥーラ・ザ・"ブッシャー"
アルバム:サマー・ナーヴス
アルバムアーティスト:坂本龍一&カクトウギ・セッション
発売日1979年6月21日

曲名:Pão de Açúcar
ギター:Yoshio Gen
アルバム:Fiesta Fiesta
アルバムアーティスト:松岡直也&ウィシング
発売日:1979年10月25日

ちなみに、"Sweet Illusion"には大村憲司と渡辺香津美のそれぞれによる二つのギターソロのパートがあり、全然違うので比べて聴くと面白いです。また"Pão de Açúcar"は非常にアグレッシブな曲ですが、松岡直也⇒向井滋春⇒渡辺香津美⇒土岐英史、と繋いでいくソロはいずれも聴きごたえがあります。


2023/3/7

中国企業の非効率性

先日の記事で書いたように、中国の企業では一般的に物事が進むスピードは速いのですが、ならば業務の効率が良いのかと言うとむしろそうではありません。

例えば費用精算。私は中国の民間企業で働いていますが、先日広州へ2泊3日の出張に行き、帰ってからその出張費用の精算を会社で行ったのですが、この精算の手続きにかかった日数がなんと延べ7日間、私自身がこの作業に費やした累計時間としてもほぼまる1日分の労働時間くらいかかりました。日系企業ならば、費用精算の手続きなどは半日くらいで済み、申請者が作業に費やす時間もせいぜい30分くらいです。

何故こんなに時間がかかるのかというと、それはまず費用精算のために必要な書類が非常に多いからです。例えば宿泊費の精算には、税務局が管理するインボイス、オンライン決済の支払記録、ホテルの発行する宿泊明細の3つ、航空券の精算にはインボイス、支払記録、旅行代理店の発行する旅程表、搭乗券の4つを準備します。それらを紙に印刷した束を持って財務部に行くと、チェックを受けてこれが間違ってるとかあれが足りないとか言われ、その都度財務部とオフィスを何度も往復することになります。これらのどんな書類が必要かについては社内でルール化されておらず財務部の担当者がその都度判断しているからこのように手間がかかるのです。これが日系企業ならば、宿泊費の精算はインボイスだけでよく、航空券については会社がまとめて手配するので出張者は何もする必要がありません。そしてまた、承認決裁を行う人の数が日本企業ならば所属部門長の1人くらいで済むところが中国企業ではその他に財務部門の担当者や部門長など5、6人から承認をもらう必要があるのでそれだけで何日もかかります。

それでは何故中国企業ではこれほどまでの書類や手間が必要なのかと言うと、ひとつは会社の組織力が弱く個人主義的であるため、それから中国では悪い事を企む人が多いからですね。それにしても、たとえ出張の費用を少しちょろまかしたとしても高々数百元程度にしかならないと思うのですが、それを防ぐためにこれだけ手間をかけさせるのは割に合いません。例えば月給2万元の社員がまる1日の時間を費やしたならばそれにかかる人件費は1千元です。

よく日本の企業は生産性が低いとかハンコ社会だとか批判されていますが、むしろ中国はそれ以上なのです。中国企業は社員の数が業務量に比して多く、社員一人あたりの生産性が低い傾向があるように思います。


2023/3/2

中国企業は何故スピードが速いのか

日本企業と中国企業のスピードの違い、例えば日本企業が商品開発に1年かかるところを、中国企業ならば3か月で開発してるよ、みたいなことがよく有ります。どこにこの違いが有るのかというと、例を挙げると以下のようなことが有ります。

私が以前日本企業の中国駐在として働いていた時の例ですが、中国の工場で生産しているある商品の原料として当初は日本のメーカーの原料を日本から輸入して使っていましたが、これを中国現地の原料に切り換えればコストが抑えられリードタイムも短くなる大きなメリットが有ります。しかし日本企業の商品ですから中国現地の工場が勝手に切り換えるわけにはいかず、日本本社で承認を得る必要が有ります。この企業ではその承認を行うために1か月に1回の定例会議を設けていました。私はこの原料の切り換えを進めるために、会議での承認に必要な資料や情報を集めて整理し、ある月の会議にかけました。会議での討議の結果は概ね異論は無かったのですが、ある出席者から1点だけ情報が不足していることが指摘されたため、会議の議長からは、その情報を追加した上で次月の会議で報告するように、という指示が出されました。会議が終了した後、私は中国の原料メーカーにメールを書き、不足している情報の提供を依頼しました。すると30分程して原料メーカーの担当者から返事が来てその情報をもらうことができました。その担当者は私に「これで我々の原料を御社に納入できるのですよね」と聞きましたが、私は「いえ、今いただいた情報を来月の本社会議に提出してそこで承認が下りるまでは納入いただけないのです。申し訳ないのですが」と答えると、原料メーカーの担当者は「来月?1か月後ですか?今もう必要な情報は揃っているのに、何にあと1か月かかるのですか?」と怪訝な様子で、私は「1か月間何かをするわけではないんですけど」と日本企業の仕組みを説明すると、原料メーカーの担当者は「はあ、中国の企業なら1日で済むところを日本の企業は1か月かかるんですね」と言いました。

ところで何故この日本企業では、この会議を1か月に1回の定例会議としているのかと言うと、原料を切り替える場合、とても多くの事項の確認が必要で、例えば、商品が同等の品質を保てるか、原料規格は適切に設定されているか、安全性に問題は無いか、法規制に合致しているか、原料の供給は安定しているか、生産性に影響は無いか、他のメーカーとの契約に影響は無いか、などなど多岐に渡る事項の確認が必要なため、会議の出席者としては、商品設計部門、品質保証部門、安全性保証部門、法規部門、生産部門、購買部門、など多くの部門からそれぞれ責任の持てる職位のメンバーが出席します。これだけ多くのメンバーが集まるとなれば、会議の日程は毎月の何日と予め決めた定例会議にしなければ調整が付かないということなのです。

ならば1か月に一度しか事が進まない日本企業の仕組みはやむを得ないのか、というと全然そんなことはありません。この定例会議というやり方は、それこそ30年前のパソコンも社内ネットワークも無かった時代のやり方です。現在ならば、グループウェア上で議題を提出し、資料を共有し、議論し、決裁し、などを複数部門間で行える仕組みは沢山有ります。なにも人々が一堂に会して顔を合わせなければ物事が決められないわけではないのです。

一方で中国の企業は、こういう仕組みを取り入れているからスピードが速いのか、と言うと、これまた全然違います。私は現在中国の企業で働いていますが、中国の企業に入ってみて初めてわかりました。中国の企業というのは個人主義や秘密主義、セクショナリズムがとても強く、部門間で情報を共有して議論するということがほとんど有りません。だから何故中国企業のスピードが速いのかと言うと、それは上記のような日本企業が時間をかけ議論し確認している事柄を、中国の企業は何もせずに進めているからなのでした。それで大丈夫なのかって?それは考え方次第ですね。

物事の進むスピードが速いということは、言い換えればあらゆる調整や確認や決定が行われないまま先に進むということなので、多くの不確定要素を抱えながら進んだり、複数案が同時並行して進んだり、何かが変更された場合に多くの手直し業務が発生したりするなど、スピードが速くなればなるほど、業務の量はそれに比例して多くなります。日本企業ではそのような不確定要素や手直しなどは無駄と考えますが、しかし中国企業はそれらを無駄とは考えていません。そもそも考え方が違います。日本企業が少数精鋭なら中国企業は人海戦術です。日本企業が石橋を叩いて渡るなら中国企業は吊り橋を渡って落ちたらまた別の人が渡ればいいのです。

また中国企業では、問題が起こった場合は、問題が起きた部門の担当者が責任を取ります。組織として責任を持つのではなく、末端に責任を取らせるやり方は中国社会にはよく有ります。例えば昨今のコロナ政策のように政府の政策が末端に行けば行くほど厳しくなるのもこのためです。


2023/2/14

中国で使われる日本の漢字の字体

少し古いニュースですが、2020年10月16日に「元気森林がロゴを更新:日本語の"気"を廃止し、漢字の""に更新」というニュースが有りました。元気森林というのは中国の飲料のブランドで、2016年に会社設立して以降急成長した会社ですが、このブランドの看板商品である「元気森林ソーダ水」は、パッケージに大きく「気」という文字を、日本の漢字の字体でデザインしているのが特徴です。「気」という漢字は中国語の簡体字では「」、繁体字では「」なので、この字体は日本独自のものです。だから中国でこの字体を使うと日本ぽい雰囲気が出るのです。このブランドも設立当初は日本ぽさを前面に出して成長しましたが、その後中国社会も大きく変わり、こういう日本ぽいブランドは「偽日系」などと批判されるし、「国潮」がトレンドとなってくるにつれ、日本ぽさを出さない戦略へと変更したのです。
元気森林ソーダ水の新旧パッケージ
上の写真は元気森林ソーダ水の新旧パッケージ(2023年4月上海市内のスーパーにて撮影)

これと似たように日本の漢字の字体を使って日本ぽさを出しているブランドは他にもみかけます。

和気桃桃の看板

この写真は上海にある飲料の販売店の看板で、ここでもやはり「気」という日本の字体を使っています。ローマ字で"WAKEMARU MOMO"という日本語ぽい文字も入れています。

想楽Lifeフルーツティーの看板

この写真も上海にある飲料の販売店の看板で、ここでは「楽」という日本の字体を使っています。この漢字は中国の簡体字では「」、繁体字では「」です。合わせて日本語で「フルーツティー」という字も入れています。


2023/2/10

簡体字と繁体字の混ぜ書き

中国大陸で使われる中国語の文字は基本的に全て簡体字ですが、たまに繁体字が使われることもあります。よく見かけるのはレストランの看板やアパート入口の看板などです。これらの看板などは繁体字を使うとクラシックで高級感のある雰囲気が出せます。しかしそれらの中には、簡体字と繁体字の両方使って混ぜ書きしてしまっているものがたまに有り、ちょっと気になるので例を挙げてみます。

香港式レストランの受け取りカウンター

上の写真は上海市内にある某香港式レストランの受け取りカウンターの上に書かれている文字です。
馬來西咖喱 粥、粉、」と書かれていますが、このうち「馬」「來」「亞」「飯」は繁体字、「面」は簡体字です。ここは香港式レストランなので、香港ぽい雰囲気を出すために繁体字を使っているのだと思いますが、なぜ「面(麵)」だけを簡体字にしてしまったのかは謎です。間違っただけなのか、それともそのほうがお客さんが解りやすいと思ったのか?

虎掌門 中華川面の看板

上の写真は上海市内にある麺の店の看板です。
「虎掌 中」と書かれていますが、このうち「門」「華」は繁体字、「面」は簡体字です。「虎掌門」の部分はお店の名前のデザインロゴだから別としても、それに続く「中華川面」は混ぜ書きです。その下に小さく書かれている「海鲜钵钵鸡+麻辣鲜卤」の部分は全て簡体字です。

陳香貴 蘭州牛肉面の看板

上の写真は中国に数多く展開する蘭州牛肉麺のチェーン店の看板です。
 州牛肉」と書かれていますが、このうち「陳」「貴」「蘭」は繁体字、「面」は簡体字です。「陳香貴」は店の名前なので別としても「蘭州牛肉面」は混ぜ書きです。これもまた上記の例と同じパターンで「面(麵)」だけを簡体字にしているので、するとやはりこれは間違いとかではなくて何か理由が有るのかもしれませんね。大陸の人は「麵」だと解りづらいのか、それとも他に例えば商標とか食品に関する法規とか、何でしょうね。ちょっと気になります。なお下に小さく書かれている「钢钎羊肉串,酱牛肉,兰州小吃,手抓羊肉」の部分は全て簡体字です。

龍之梦购物中心の看板

上の写真は上海市内にあるショッピングセンターの看板です。
梦购物中心」と書かれていますが、このうち「龍」は繁体字、「」「」は簡体字です。おそらく最初の文字の「龍」だけ繁体字を使ったほうが格好いいと思ったからそうしたのではないかと思います。「龍」の簡体字「」は私も格好悪いと思います。

麗枫酒店の看板

上の写真は中国に数多く展開しているチェーンホテルの看板です。
酒店」と書かれていますが、このうち「麗」は繁体字、「」は簡体字です。 このホテルチェーンの公式サイトを見ると、サイトのページは全て簡体字で記述されていますが、「麗()」の文字だけが全て繁体字になっています。ホテル名のロゴデザインもこの混ぜ書きした表記になっています。どうやらこのホテルチェーンでは、繁体字と簡体字を組み合わせた「麗枫」という表記を一種のブランドとしているようです。しかし何故「麗楓」のように字体を統一せず混ぜ書きにしたのかは謎です。デザイン的に良いと思ったのだろうか?

廣良兴の看板

上の写真は上海市内のショッピングセンターに入っているお菓子の店の看板です。
」と書かれていますが、このうち「」は繁体字、「」は簡体字です。最初の一文字だけが繁体字になっているのは上の二つの例も同じパターンなので、こういうやり方が効果的なのかもしれません。ちなみに上海市内に沢山有るお菓子のチェーン店で「廣蓮申」という店が有り、看板のロゴは繁体字になっていますが、繁体字の「」を使うことにより広東式お菓子の老舗っぽい雰囲気を出そうとしているのだと思います。ちなみに「廣良兴」も「廣蓮申」も上海で創業した歴史の新しい店なので、あくまで雰囲気だけです。

ちなみに中国大陸で使う文字については、中国政府が2000年に発布した「中華人民共和国国家通用語言文字法」により定められていて、公共の場では規範漢字(簡体字)を使わなければならないとしていますが、これには例外が設けられていて、以下の場合は繁体字を使っても良いとしています。

  1. 文化財古跡
  2. 姓中の異体字
  3. 書道、彫刻などの芸術作品
  4. 題字と看板の手書き文字
  5. 出版、教育、研究で必要なもの
  6. 国務院の関係部門の承認を受けた特別な場合

上記の例は、看板だから繁体字を使ってもいいということでしょうか。あるいは許可をもらっているのかもしれません。


2023/2/2

中国の空港

この春節の休みに雲南と広西の数か所を周る旅行に行ってきました。中国では昨年末に新型コロナウイルスに関する制限が撤廃されましたが、それまではどこへ行くにもPCR検査や陰性証明が必要で、また他の地域に行けばそれぞれ地域毎に異なるシステムに身分証などの情報の登録が必要で、特に外国人は身分証の登録が面倒なので、駅や空港を出るのにも1時間、ホテルのチェックインにも30分とか時間がかかり、それだけならまだしも外国人はホテルで宿泊を拒否されたりとか結構大変でした。そういうものが今では全く無くなったのですごい快適でした。と言うか本来これが当たり前だったのですが。

それで今年の春節期間はどこでも人出がとても多かったのですが、私が上海へ帰って来たのが1月25日で、23:50に上海虹橋空港着の便で着きましたが、この時間帯は地下鉄やバスも既に無いので、タクシー乗り場に行ってみるとタクシー待ちの行列が500メートル以上(列の尻尾が遠くて見えないので多分そのくらい)出来ていて、また中国ではタクシー乗り場ではなく配車アプリを使う人が多いのですが、アプリで予約をしてみると既に200人程度が予約待ちで推定待ち時間もわかりません。それで私はどうしたかと言うと、配車アプリの車にも色々種類が有るのですが中で一番高い「豪華車」を予約したら15分くらいで乗れました。料金は虹橋空港から私の自宅まで約15kmで通常の配車アプリの車ならば35元(約670円)程度ですがこの豪華車は202元(約3900円)でした。それでも寒い中で何時間も待つよりずっといいです。また豪華車は車内も清潔で運転手もちゃんと紳士的です。

このように深夜着の便で空港に着いてタクシー待ちに長時間並ぶことは北京でも上海でもよく有ります。何故このような事が有るのかというと、それは単純な話、北京や上海の空港では深夜に着く便がとても多いにも関わらず、その時間帯には既に地下鉄やバスなどの公共交通機関が無いからです。例えば上海虹橋空港の場合、第2ターミナルから上海市内へ向かう公共交通機関の最終発車時刻は、地下鉄は月曜から木曜が22:50、金曜と土曜が00:00、主要バス路線は22:00または23:00です。一方到着する便の時間帯を見ると、下のグラフは例として2023年2月2日の上海虹橋空港に到着する便の到着時刻を15分間隔でヒストグラムにしてみたものですが、大体どの時間帯も15分あたり2~8便程度ですが、23:45~00:00の間だけ14便と突出して多くなっています。これは無理やり0時前ということにしていますが実際には0時を過ぎて到着する便も多いのです。おそらく空港のキャパシティーがいっぱいなので深夜着の便を多くせざるを得ないのだと思います。

上海虹橋空港の時間帯毎の到着便数

このように空港のインフラが足りていないのは以前からの事ですが、しかし今回は少し違う面も有ります。こういう興味を引きそうな話題が有ると、それを写真や動画に撮ってSNSでアップする人は中国でも日本などでも結構います。中国でも少なくとも3年前ならば「空港こんなに並んでるよ」みたいな話題はSNSでよく見掛けました。ところが今回、中国のSNS微博で検索してみると、この空港の状況をアップしているものは1件も見付からず、唯一見付かったのは新聞記事で「虹橋空港は春節帰りのピークを迎え、空港警察は全力で管理誘導してこの状況を処理解決した」などというヨイショ記事でした。これはどういう事かと言うと、中国ではSNSが検閲されていて、特に昨年あたりからSNSにコロナ政策に関する不満を書き込むとそれが即座に削除されるなど厳しくなる一方でしたが、今ではこんなタクシー待ちの行列に対する不満さえ言えない世の中になっているということです。


2022/12/22

中国のコロナ政策の転換

12月に入り中国政府はそれまでのゼロコロナ政策を転換しましたが、それまでは48時間以内の陰性証明が無ければ出勤も買い物もできず、もし感染者が見付かった場所にいたならば感染していなくても強制隔離されたりしていたものが、突然に政府はコロナはただの風邪という宣伝を始め、今では逆に感染していてもよほど症状が重くない限り出勤を求められたりします。こういう極端から極端に振れる政策転換は中国では有りがちなので、これ自体には驚きませんでしたが、しかし今回私が少し驚いたのは、このコロナウイルスの異常なまでの感染の速さと、それから中国の人々の行動があまりに画一的なことです。

中国政府がコロナ政策の転換を発表したのは12月7日で、それまで人々の行動履歴を管理していたシステム「行程卡」と「场所吗」が廃止されたのは13日(火)でした。私はそれまではほぼ二日に一度のPCR検査を受けていましたが、それ以降は陰性証明の提示が必要なくなったため、私は10日(土)に受けたのを最後にPCR検査を受けていません。それからほどない16日(金)の晩に私は喉の違和感と体のだるさを覚え、翌17日(土)に発熱や悪寒などの症状が出たため自宅で抗原検査を行ったところ陽性でした。私が勤務する会社での状況をみると、オフィスビルの私の勤務するフロアには86人が働いていますが、一番早い人で14日(水)に症状が現れ、16日(金)から発症した社員が急増し、20日(火)の時点では37人が重い症状により休暇、出社している社員もその多くが酷い咳をしています。感染からの潜伏期間を考えると、12日(月)から14日(水)くらいの短期間に私を含めフロアのほとんどの人が感染したと思われます。私の周囲でのこの異常な速さはちょっと驚きでした。

それから驚いたのは、上海で感染の広がりが見え始めた19日頃以降、上海の街から人が消えたことです。私が働くオフィスビルに隣接するショッピングモールでは、通常ならば入口付近を見渡せば100人くらいの買物客が見えるのに今は一人くらいしか見えません。私の自宅近くの中山公園では毎朝100人くらいのおばさん達が広場ダンスや太極拳をしていますが、今は一人もいません。まるでロックダウン中のような光景になっています。おそらく半分くらいの人達は既にコロナに感染して自宅で寝ているのかもしれないし、あとの半分の人達は感染を避けて出掛けないのかもしれません。しかし不思議なのは、感染しているにしろいないにしろ、100人中の99人くらいが全く同じ行動を選択していることです。外出が禁止されているわけでもなく、人はそれぞれ状況も異なり、人はそれぞれ判断も異なっていて良いのだから、人は当然減るにしても100人が20人に減るとかならともかくそうではないのです。中国ではコロナ政策を転換して以降、感染者数は非公表となり感染状況に関する報道は一切無くなりました。しかし中国の社会は人と人との間の個人ネットワークが強いので、感染が増えているという情報はニュースなどで報道されなくても瞬く間に人々の間で共有されます。そして共有されるのは情報だけではなく、人々の行動さえも共有されるのです。

なおこの上海での感染状況だけを見ると、あたかも政策の転換によって感染が急速に広がったかのようにも見えますが、しかし実際には上海ではタイミング的にたまたまそのように見えるだけで、他の都市をみると、広州では11月17日前後、北京では11月27日前後に感染者数が急速に増加していて、現在の上海と似た状況だったことも伝えられていました。政府はその頃から政策を転換するタイミングを見計らっていたものと思います。


2022/12/14

「頑張る」とはどういう意味か

先日ネットの記事で、あるタレントの「頑張らない生き方」が紹介されていました。その記事のコメント欄が盛り上がっていたので見てみると、色々異なる意見が書き込まれていました。

ある人達は頑張らない生き方に共感して、

などの意見が書かれていますが、一方では頑張らないことを批判して、 などの意見が書かれていました。

これらの投稿は、皆がそれぞれ自分自身の意見を書き込んでいるだけであり、決して議論になっているわけではないと思いました。何故議論にならないかと言うと、それは「頑張る」という言葉の意味が人によって全然異なっているからです。

「頑張る」には幾つか異なる程度が有ると思うのですが、例えば「英語の勉強を頑張る」とはどういう状況を示すのかというと、

  1. 英語の勉強が楽しいで沢山勉強していたら、頑張ってるねと褒められた
  2. 英語の勉強の時間を多く取るように努力し、例えば通勤中に勉強するなどの工夫をするが、ただし身体的精神的に疲れていて辛い時は無理してやらない
  3. どんなに疲れていても辛くても無理して勉強し、その困難を乗り越える
このうち、どれが「頑張っている」のかというのは人によって異なり、「そんなに頑張らなくてもいいんだよ」と言う人は「3」を「頑張っている」と思っているし、「頑張らなければ駄目だよ」と言う人は「2」を「頑張っている」と思っているし、「頑張ってね」と軽く声をかける人は「1」を「頑張っている」と思っているのです。

私は確か中学生の頃にこの「頑張る」という言葉の意味が人により大きく異なることを考えていたので、もし辛そうな人がいれば頑張れとは言わないし、自分が辛い時に他人から頑張れと言われても励ましだと思えば別に余計辛くもなりません。ただこれはあくまで私個人の理解であって、多くの人がこのように違いを認識しているわけではないかもしれません。

人と話をしている時、ある言葉の意味やニュアンスが、私と相手とでは異なっているなと感じることがよく有ります。そういう時は、とりあえず相手に合わせてあげれば話は噛み合います。大抵はそれで済みますが、しかし何かの議論をしている時には、その論点を合わせなければ議論にならないと思うこともあり、そういう時に私は「それは言葉の定義の違いだよ」と相手に示すことが過去に有りました。しかしそれを言うと大抵相手の人は何故か突然怒り出すのです。そういう事が過去に2回くらい有りました。言葉の定義の違いを指摘すると、人は何故怒るのか?私には不思議でした。

もしも「頑張らない生き方」の是非を議論するなら、「頑張る」とは何かを明確に定義しなければ論点が合わない筈です。しかし多くの人が議論したいのは実はそこではない。上のネットの記事でコメント欄が盛り上がっているところをみると、書き込んでいる人達が主張したいのは、むしろこの「頑張る」という意識や言葉を通じて他人や社会との間に生じる違和感や摩擦の部分です。つまりこの「頑張る」という言葉の持つ多様な意味こそが、それぞれの人自身の価値観であり主張の根幹になっているのです。だから私が「それは言葉の定義の違いだよ」などと言ってそれを否定してしまったら、相手が怒るのは当たり前だったのです。


2022/11/23

フッターを画面の最下部に配置する

ウェブページをデザインする際、ページのコンテンツが少なくて上下に短いページの場合、フッターの下が空いてしまって見栄えが悪くなりますが、このような場合でも、フッターを画面の最下部に配置する方法が幾つかあります。このサイトではその方法としてJavaScriptを使っているので紹介します。

例えばページが次のような構成になっているとします。
フッター再配置の図示

このmainの下部の位置にフッターの高さを加えた値が、画面の高さよりも小さいなら、フッターを画面の最下部に配置する、という簡単なものです。

function repositionFooter(){
const windowHeight = document.documentElement.clientHeight;
const mainBottom = document.getElementsByTagName('main')[0].getBoundingClientRect().bottom;
const footerElem = document.getElementsByTagName('footer')[0];
const footerHeight = footerElem.clientHeight;
if ( mainBottom + footerHeight < windowHeight ) {
footerElem.style.position = "absolute";
footerElem.style.left = 0;
footerElem.style.right = 0;
footerElem.style.bottom = 0;
} else {
footerElem.style.position = "static";
}
}

このclientHeightなどで得られる値はマージンを含まないため、mainの下部とfooterの上部にはマージンを設けないようにすればちょうど計算が合います。

ロード時とサイズ変更時にこのスクリプトを実行するようにします。

window.addEventListener('load', repositionFooter);
window.addEventListener('resize', repositionFooter);

ネットで調べると、同様にフッターを画面の最下部に配置する方法として紹介されているものは主に二つあり、いずれもCSSの記述によるもので、ひとつはposition: absoluteを使う方法、もうひとつはflexboxを使う方法です。これらはいずれもbody要素(もしくはページ全体を包むwrapper的な要素)に対してmin-height: 100vhなどを指定してその高さを画面全体に広げ、そしてその子要素であるフッターをその最下部に配置するやり方です。以下にこれらの例を示します。

position: absoluteを使う方法

body {
margin: 0;
position: relative;
box-sizing: border-box;
min-height: 100vh;
padding-bottom: 4.0em; /* footerの高さを指定する */
}

footer {
position: absolute;
bottom: 0;
left: 0;
right: 0;
box-sizing: border-box;
height: 4.0em;
}

flexboxを使う方法

body {
margin: 0;
display: flex;
flex-direction: column;
min-height: 100vh;
}

main {
flex: auto;
}

これらCSSの記述による方法には少し注意が必要で、通常のウェブブラウザはbody要素に対してデフォルトでマージンが上下左右8px指定されているため、100vhや100%で画面いっぱいに広げた要素は、そのマージンの分だけ画面からはみ出てしまいます。そのためbodyに対してmargin: 0を指定する必要があります。またposition: absoluteを使う方法ではフッターの高さを指定する必要があるためレスポンシブな設計には向きません。JavaScriptを使う方法では、単純にフッターだけが画面の最下部に配置されるので、このような注意を必要としないのが利点です。


2022/10/26

Google翻訳

米Googleは、中国本土でのGoogle翻訳のサービスを2022年10月3日で終了しました。公式には「使用率が低いため」と説明していますが、主たる理由はそうではないでしょう。中国政府による外国企業のインターネット事業に対する法的規制は去年あたりから一段と厳しくなり、私が頻繁に使うものとしても、米Yahoo(Yahoo Mail以外)が2021年10月1日にサービス停止、LinkedInが2021年12月31日にサービス停止、米Yahoo Mailが2022年2月28日にサービス停止しています。外国企業のソーシャルメディアとしては、最後の1社と言われていたLinkedInの撤退により外国企業は中国から完全に無くなることとなりました。そしてこの波はニュースメディアはもちろん、メールや翻訳サービスにさえ及んでいます。

私は中国の企業で働いているため、仕事上で翻訳サイトを使うことが多く、中国語の翻訳に使えるサイトとしては以下のようなものがありますが、その中で最もよく使うのがGoogle翻訳です。

私が翻訳サイトを使う目的は、長い文章を訳すことよりも、一部の単語がわからなかったり、適切な中国語表現が思い付かなかったりする場合に、辞書を引く代わりに使うことが多いので、だからどちらかと言うと、自然な翻訳よりも、一字一句を正確に直訳してもらったほうが役に立ちます。その点で言うと、Google翻訳は比較的正確で専門用語の語彙も豊富、百度翻译腾讯翻译君は直訳的だが専門用語の語彙が不足、Bingはたまに変な意訳をすることがあり、DeepLは意訳が多くあまり役に立ちません。

日本語と中国語の間の翻訳は、中国のサイトでは日本語と中国語を直接翻訳していますが、しかし欧米のサイトでは英語などの中間言語を間に挟み、日本語→英語→中国語という順で翻訳しているようです。どうしてわかるかと言うと、例えば次の日本語を中国語に訳してみると、それぞれのサイトでの結果は下の表のようになります。

「私は午前中は区役所へ行き、午後は病棟のオフィスへ行きます。」

Google我早上去区政府,下午去区政府
Bing我早上去病房办公室,下午去病房办公室
DeepL我上午去病房办公室,下午去病房办公室
百度我上午去区政府,下午去病房办公室
腾讯我上午去区政府,下午去病房的办公室

Google、Bing、DeepLは誤訳していますが、何故かと言うと、「区役所」も「病棟のオフィス」も英語に訳すといずれも"the ward office"であり区別が付かないからです。また「午前中」が「上午」ではなく「早上」になっているのは、英語では「朝」も「午前」も"in the morning"だからです。それでは、文脈から「区役所」と「病棟」の区別が付くように文章を次のように変えてみます。その結果は下の表のようになります。

「私は午前中は区役所で住民登録の手続きを行います。午後は病棟のオフィスで患者の記録を整理します。」

Google早上去区政府办理居民登记手续。 下午,我在病房整理病历。
Bing我早上在区政府办公室办理居民登记手续。 下午,我们将在病房的办公室整理病人的记录。
DeepL早上,我去病房办公室完成登记程序。 下午,我在病房办公室整理病人记录。
百度我上午在区政府办理居民登记手续。下午在病房办公室整理病人记录。
腾讯我上午在区政府办理居民登记手续。下午在病房的办公室里整理病人的记录。

DeepLだけが依然として誤訳しているのは、英語に訳す際に「住民」を省略しているためのようで、DeepLはこのような省略が結構多いです。


2022/10/9

略語その2

先日Twitterに投稿された、ホットコーヒーを「ホット」と略す人を描いた漫画がネット上の色々な所で話題になっていました。

「そこを略すんだ」と思った話
青木ぼんろ (@aobonro) September 26, 2022
この「ホット」という言い方は、昭和の頃にはよく耳にしました。また居酒屋でビールを頼むときに「生」という人が結構いますがこれも似ていますね。いずれも肝心な部分を略し、修飾部分だけを言っているのです。以前この雑記帳の記事でも書いたように、こういう肝心な部分を略す言い方は結構多いです。

それでは何故そのような略し方をするのかと言うと、それは多分「そのほうが通っぽい感じがするから」なんだと思います。

略語の他にも、業界用語やカタカナビジネス用語などもそうですが、それらを使いたがる人がいるのは、それらを使うことによって、ちょっと特別になった気分がするからです。特別感を出すならば、意味はむしろ分りづらいほうが良く、業界用語は内輪でしか通じないことが重要ですし、カタカナビジネス用語は難しくて偉そうな雰囲気が重要です。だから略語もわざと肝心な部分を略すのです。「ホット」は「俺は喫茶店の常連だぞ」という雰囲気を醸し出す言葉でした。あくまで昭和の時代までですが。

ちなみに、肝心な部分を略す、と言えば、よくあるのは、会社の仕事などで人と話をする時に、肝心な部分を話さずに、いきなり枝葉的な部分から話す人がいたりします。しばらく聞いていても何の話をしているのか判らないので「それは〇〇の件ですか?」と尋ねると、相手はびっくりした顔をして「えっ!何言ってんですか△△ですよー!」とか言ったりします。こういう事はどういう場合に起こるかと言うと、大抵はその人自身が主に担当している業務に関して起こります。その人はその件で一日中頭の中がいっぱいなので、その人の中では「それは言うまでもない事」になっているからです。


2022/10/8

猫はカメラのレンズに興味がある?

街中や公園などを歩いていて猫を見かけた時、写真を撮ろうと思ってカメラを猫に向けると、何故か猫はすかさずカメラのほうに寄ってきて顔をレンズに近づけるので、意図せず下のようなアップの写真が撮れてしまうことが多いです。猫はカメラのレンズに興味が有るのでしょうか?

猫 猫 猫


2022/9/20

健康保険証

私は昨年日本の会社を退職したのですが、会社員は退職すると健康保険証が無効になるため、退職時にはこれを返却する必要があります。しかし私は中国に長く駐在していたため保険証はずっと使っておらず、退職する時になって探したら保険証が見付かりませんでした。退職前後は引越しなどでごたごたしましたが、海外での引越しは簡単ではなく、数か月間は開梱できない荷物もあるため、未開梱の荷物のどれかに入っていると思い、すぐには返却できない旨を元の会社に連絡しました。しかしその後、元の会社から私の実家に毎月、返却を催促する通知が来るようになりました。催促と言うより警告に近いような文面で結構嫌な感じです。しかも毎月来ます。

何故こんなにしつこく催促するのかと言うと、それは退職後に保険証を返却しなければ、無効になった保険証でも医療機関で使えてしまうからです。全国健康保険協会のパンフレットによれば、無効になった保険証による医療機関への受診で年間約7億円の支出が発生しているとのことです。これはおそらく、うっかり使ってしまった、とかよりも、意図的に使う人がいるのだろうと思います。新たに保険に加入しなくてもただで保険を使えてしまうのだから。もちろん、使った場合は後日医療費の返還請求が来ることになりますが、それも無視しているのでしょう。だから会社は無効になった保険証の回収に躍起になるのです。しかしこれはそもそも、保険証が有効かどうかの判断を医療機関の窓口ではできないのが問題です。オンラインで照会するようなシステムも無く、保険証には有効期限も有りません。

ところで昨年からマイナンバーカードの健康保険証としての利用が始まったのは、このような問題への解決策と言えるでしょう。現在総務省はマイナンバーカードの普及に向けた施策としてマイナポイント事業を実施していて、カードの新規取得や健康保険証の申込みで最大2万円分のポイントがもらえるのですが、そんな事をしなければ誰もカードを取得しようとは思わないんですね。マイナンバーカードの普及率は、マイナポイント第2弾が始まった2022年6月30日時点で44.7%、8月末時点で47.4%、2か月間で2.7%増えただけでした。2016年にマイナンバーカードの制度が始まって既に6年、まだ先は長そうです。

ちなみに私の保険証はその後、引越し荷物の中からも結局見付からず、おそらく引越しの際に廃棄物品に混じって捨てられてしまったのではないかと思います。元の会社からは滅失届の提出を求められましたが、それには警察への紛失届の受理番号が必須とされていました。面倒なので中国の警察に紛失届の制度は無いと書いて提出したら、それ以降何も言ってこなくなりました。


2022/9/19

疑り深い性格

以前、仕事での打ち合わせの際、ある品質管理の試験方法が間違っていることに気が付いたので、担当者に何故この試験方法で行っているのか尋ねたところ、その人は「先輩から教えられました。15年間この方法でやっていますよ」と胸を張って答えるので、ちょっとびっくりでした。この人は疑うということが無いのですね。私なんかの場合は全然違って、人の話を聞く時なども「ふーん、そうなんですね」とか納得しているかのようなふりはするけれど、心の中では「まあ半分くらいは違うかもな」とか思っていて、人の話をそう簡単には信じません。

私の小学校1年の時の通知表には、最後の所見の欄に「疑り深い性格です」と一言書かれていました。担任の先生がそんな事を所見欄に書くのもどうかと思いますが、しかしそれには私も思い当たる節が有りました。小学校1年生くらいの子供といえば大抵、先生や親の言う事を素直に聞く良い子供が多いと思いますが、しかし私が小学校に入った時の記憶といえば、先生の話を聞いたとき「この先生の言っていることは本当だろうか?」といつも考えていて、たまに「先生それは違うと思います」みたいな生意気を言って先生を困らせていました。先生の言う事を全然信じていなかったのですね。

一方で、私には二つ上の姉がいるのですが、この姉が私とは性格が全然異なっていて、大人の言う事を何でもすぐ信じてしまう子供でした。子供の頃は姉と私はよく喧嘩をしましたが、憶えているのは、姉と意見が合わない時に、姉が「お母さんがそう言った」と主張するので、私が「でもこうだから違うでしょ」と自分なりの考えを主張すると、姉は「お母さんが言ったんだから正しい」と譲りません。姉は大人の言うことをそのまま信じ、私は大人の言う事を信じていませんでした。さすがに小学校高学年くらいになるとそんな喧嘩もしなくなりますが、この性格の違いは姉も私も自ら認識していて、一度中学生の頃、何故性格が全然違うのかについて姉と話したことが有ります。姉の話によれば、姉は赤ん坊の頃、親が離乳食を与えると、すぐにパクっとスプーンにかぶりついたそうですが、一方私は赤ん坊の頃、親が離乳食を与えると、怪訝そうな顔でスプーンを眺め、匂いを嗅いだり舌先でつついてみたりしてからやっと食べたそうです。赤ん坊の時からこの性格です。何故こんな性格になったのかと言うと、1番目に生まれた赤ん坊(姉)に対しては、親はとても気を使って、食べ物が熱くないかどうか確かめながら与えていたのが、2番目の赤ん坊(私)になると親も結構いい加減になってきて、熱いまま与えて赤ん坊が火傷してたんではないか、というのが姉の推論です。本当にそうだったのか親に確かめたことはありませんが。


2022/8/25

ザリガニ

8月10日のYahoo Japanのニュースで、ジャーナリストの中島恵さんが書かれた『ザリガニブームに早くもかげり?中国の若者がザリガニを敬遠し始めた5つの理由』と題した記事が掲載されました。中国でのザリガニ市場は大きく伸びているものの、若者の間でのブームは去りつつあるという内容です。

その一方、8月23日の毎日新聞では、『「日本人はおいしいものを知らない」中国で大人気のザリガニを追う』という記事が掲載され、中国のザリガニブームを紹介していました。ちょっと今更感のある記事ですが、これには上の記事を書かれた中島さんもYahooニュースでコメントし、「日本のメディアで取り上げ始めた時点で、中国では旬の時期を少し過ぎている」と少し皮肉っぽく書かれていました。この毎日新聞の記事は、記事中でも触れているように、今年5月に日本で外来生物法が改正され、外来ザリガニの輸入、販売、放流が禁止されたことを受けて書かれた側面もあるので、そこに焦点を当てればもっと旬な記事になったかもしれません。

私の個人的な経験で言うと、私が2008年に北京で仕事をするようになってすぐの頃、北京の中国人数人と仕事で上海へ行った時、皆でザリガニを食べに行きました。当時北京にはまだザリガニを出す店は少なく、上海で流行っているという噂を聞いていたからです。皆でわいわい殻を剥きながら食べるのもまた楽しかったのです。その頃がザリガニブームの始まりでしょうか。ザリガニは大皿に沢山並べると真っ赤で華やかに見えるのでSNSで写真をアップする人が多くそれもブームの一因と思います。

ザリガニのおかず
ザリガニのおかず
ザリガニ麺
ザリガニ麺
そのブームは去ったとはいえザリガニ市場は依然大きいままなので、一体どうなっているかと言うと、それはザリガニは単なるひとつの食材になったということです。この上の写真は、先月妻が上海のスーパーで買ってきて夕飯のおかずにしたザリガニです。ザリガニは体が大きい割に食べられる身の部分は小さいので、この身の部分だけを味付けしてパックにしています。これはSNS映えとは全く関係の無い単なるおかずです。下の写真は先週上海の自宅近くにある麺の店で食べたザリガニ麺です。汁なし麺の上にザリガニの剥き身がトッピングとして載っています。殻を剥くなんてもう面倒なので今はこうやって食べます。ちなみにこの麺の店は美味しくてメニューも豊富なので私はほぼ週に一回この店で食べています。このように、ザリガニはもはやブームとかではなく、単なる普通の食材として定着しているのです。

IKEAザリガニパーティ
IKEAザリガニパーティ
ちなみに日本ではザリガニは食べないとか言われていますが、日本のIKEAでは毎年夏になるとザリガニパーティというのを開くし、IKEAの食品売場では冷凍のザリガニも売っています。スウェーデンではザリガニを食べる習慣があるんですね。私も2017年の夏にIKEAの横浜港北店でザリガニパーティに参加したことがあります。会場ではザリガニの殻の剥き方が解説されていたりします。皆さん日本人だから興味本位でつつましく食べているんですが、私と妻のテーブルだけザリガニの殻が山になっていました。

2022/8/18

3秒ルール

8月15日のナショナル ジオグラフィック日本版の記事で、「3秒ルール」は正しいのか徹底検証した、という内容が紹介されていました。Wikipediaなども調べてみると、過去に結構多くの大学の研究機関の人などが検証実験を行っていて、これは根拠が有るんだとか無いんだとか、いろいろ報告しています。もちろんこれらのほとんどは面白半分のジョークなんでしょうけど。

この3秒ルールというのは日本だけかと思っていたら、実は世界中の多くの国で言われていて、英語圏ではFive-second ruleだったり幾つかのバリエーションが有るようです。このルールが広く知られている理由は、それはこの3秒ルールがルールというものの本質を最もよく体現しているからだと思います。そのルールの本質とは即ち、「根拠が無いからこそルールが有る」「それが有ると楽だからルールが有る」というものです。

どういうことかと言うと、例えばこの3秒ルール。食べ物をうっかり床に落としてしまった時、もう汚くなって食べられないかもしれないし、しかし見た目は大丈夫そうだから食べられるかもしれないし、捨てるのは勿体ないし、周りで誰も見ていなければ食べてしまってもいいんだけど、人に見られたらどう思われるかわからないしと、ものすごく悩むのです。ここで何か判断の根拠が有ればいいんだけど、例えば落ちた食べ物の表面に雑菌がどの程度付着しているのか調べようとしても、専門の検査機関で結果が出るまで何時間もかかるだろうからそれは無理です。根拠が無いから判断ができなくて、悩んだり困ったりするんですね。そういう時に、「3秒以内だったらOKということにしましょう」というルールを作ったならば、それに従って判断すればいいのだから、もう悩むことなんかありません。3秒以内ならば食べてしまっても誰からも非難されないし、3秒過ぎたら捨ててしまっても勿体なくありません。ものすごく楽なんです。

ルールとはそういうものなのに、「このルールには根拠が有るのか」と言う人がいたり、「ルールに縛られないほうが楽だ」と言う人がいたりしますが、それはルールとは何かが解っていないのです。もし根拠が有るのなら根拠に従って判断すればいいのだからルールは必要ないのだし。もしルールが無いほうが楽と思うなら、本当にそのルールが無ければ楽なのかよく考えてみましょう。

スティーブ・ジョブズがいつも同じ服を着ていたのは有名ですが、これも一種の自分ルールです。もちろんこの場合はルールなど作らなくても、毎日の条件に従って、その日の天候や、行く場所、会う人、などなどを考えて決めることもできます。しかしそういった根拠に依らず、ルールとして着る服を決めてしまえば、毎朝何を着ていくべきか悩む必要が無いのでとても楽です。ルールを作ることで無駄な労力を無くす分、そこで得られた時間をもっと別の意味のある作業に向けるという考え方です。

人は常に学校や会社や国のルールに縛られて生きていますが、それらに縛られたくない、自由になりたいと思うことも多いです。しかし自由というのは決して楽ではありません。自由というのは、全て自分が判断し、全て自分が責任を負うということです。もちろん、時にはそれも必要ですが。

ちなみにこのナショナル ジオグラフィック日本版の記事は、2016年9月15日の英語版の記事を翻訳再掲載したものです。内容はほぼ同じですが、英語版に有る最後の一文(青い部分)が日本版には入っていませんでした。

Just holler "Five-second rule!" before picking a cookie off the floor and popping it into your mouth, and everyone can have a good laugh. It's a bit like calling shotgun before elbowing your way into the front passenger seat.
私は最初意味が解らなかったんですが、アメリカでは車の助手席に座りたければ乗る前に"shotgun"と叫ぶというルールが有るんですね。言った者勝ち。

2022/7/26

略語

昨日ネットのニュース記事を読んでいたところ、あるタレントさんが「子どもの学童やめた」というタイトルの記事があり、このタイトルを見たとき一瞬意味が解らず、学童やめて大人になったの?学校をやめたってことか?とか不思議に思ってネットで検索してみたら、「学童」が「学童保育所」の略語として定着していることを知り、それでやっと意味が解りました。これは「携帯電話」を「携帯」と略すのと同じようなもので、浦島太郎が1985年に竜宮城へ行って1995年に日本へ戻ってきた時、「携帯」と聞いてもまさか電話のことだとは思わないでしょう。いや携帯電話はそれ自体が昔は無かったものだけれど、学童保育所は昔から有るからちょっと違うか。学童保育所にはもともと決まった言い方が無く、児童クラブとかキッズクラブとかいろんな言い方が有るので、多分私の知らないどこかでこの略語が定着するきっかけが何か有ったんでしょうね。

こういう、そこを略したら意味が解らないだろう、という略語は結構有ります。例えば、
携帯携帯電話
定期定期券
高速高速道路
それでも、文脈の中では意味が通じるから、これらの略語が成り立っているのですが、
しかし、もしこんな下手くそな文章が有ったら意味がよく解らないかも。
「拳銃を携帯で防衛」
「定期を忘れ健診を受けなかった」
「高速で車が衝突」

試しにこれらの文を機械翻訳さん達に読んで英語に訳してもらいました。

拳銃を携帯で防衛
Google 翻訳Defend your pistol with your mobile
Bing Microsoft TranslatorCarry a handgun and defend it
iPhone 翻訳Defend the gun with your cell phone
これは解釈が分かれたようです。

定期を忘れ健診を受けなかった
Google 翻訳I forgot my commuter pass and didn't get a medical examination
Bing Microsoft TranslatorForgetting the regular schedule and not having a checkup
iPhone 翻訳I forgot my regular schedule and didn't take a checkup
これも解釈が分かれました。

高速で車が衝突
Google 翻訳Cars collide at high speed
Bing Microsoft TranslatorCars collide at high speed
iPhone 翻訳A car collided at high speed
誰も高速道路だとは思わなかったようです。

2022/7/25

オートミール

私は朝食に毎朝オートミールを食べていますが、これを食べるようになったのは2008年に北京で暮らすようになってからです。それまで日本で暮らしていた頃は、何十年もの間朝食はパンを食べていました。北京で暮らし始めた時、最初はスーパーで朝食用のパンを探してみましたが、当時北京で売られているパンは、種類も少なく菓子パンのようなものばかりでどれも美味しくありませんでした。困ったなあと毎日思っていましたが、北京によくある外国人向けのスーパーに行くと、オートミールやミューズリー(オートミールにナッツやドライフルーツを加えたもの)が沢山並んでいるので、欧米人はこれを食っているんだよな、と思って試しに買ってみました。最初はよく聞くやり方で5分くらい煮込んでお粥のようにして食べてみたところ、ドロドロしてあまり美味しいと思いませんでしたが、オートミールの粒の見た目は美味しそうに見えるので、これはこのまま食えるんではないかと思って、生で牛乳だけかけて食べてみたところ、粒を噛んだ触感もプツプツしていて結構美味しいのです。それ以来ずっとオートミールを食べるようになってしまいました。

朝食で食べるものなので、簡単に食べられることが最も重要ですが、煮込んだりしないなら手間はパンを食べるのとあまり変わりません。その上オートミールのメリットは、安いことと保存がきくことです。オートミールの価格は大体100gあたり100円程度なので、1食で50g食べるとすると50円でパンより安いです。それから保存がきくこと。パンの場合焼いてから美味しく食べられるのはせいぜい3日間くらいなので、スーパーで3日間分くらいのパンを3日毎に買うような感じになりますが、たまに忙しかったり出掛けていたりしてパンを買い忘れると朝に食べるものが無くて困ったりします。この点オートミールは半年でも1年でも持つので、まとめて買っておけば切らすことがありません。この保存がきくというのは、朝食として食べるものにとって大きなメリットです。

日本では2020年頃からオートミールの売り上げが急に伸びていて、その主な理由は健康に良いという認識が広まったからですが、それだけでなく、簡単に食べられて、保存がきいて便利、というメリットも認識されると良いのではないかと思います。ただネットで調べてみると、日本ではオートミールを米の代わりとして調理している人が多いようで、それではあまりメリットも無く美味しくもないかもしれません。

ちなみに私の食べ方は、オートミールにナッツとドライフルーツを加え、そこに牛乳もしくはヨーグルトをかけてそのまま食べます。妻はこれを「お前の餌」と呼んでいます。またオートミールには主に2種類、粒を大きく潰したOld FashionedもしくはRolledと、粒を更に薄く潰して小さくカットしたQuickもしくはInstantが有りますが、粒の大きいほうが噛み応えがあっていいです。


2022/7/7

Wi-Fi

Wi-Fiは日常生活でとてもよく使いますが、しかし人と話しているときにWi-Fiという言葉の意味がずれていることがたまにあります。

昨年、横浜に一時期滞在する必要がありマンスリーマンションを契約したのですが、マンスリーマンションというのは生活に必要な家電類は大体揃っているので、不動産会社の人と電話で話しているときに一応、
「Wi-Fiはありますよね」と確認してみたところ、
「いえ、Wi-Fiはありません」と言うので、ちょっとびっくりして、
「でもインターネット接続可とサイトには書いてありますが」
「インターネットはケーブルを差せば接続できますよ」
いや、今時そんなところがあるのか、まるで20年前のホテルみたいだな、と思ったので、
「それは、テレビは無いけどアンテナのケーブルは来てます、みたいなものですね」
と、ちょっと皮肉って言ってみました。
そのマンスリーマンションはWi-Fiが無い以外は条件がとても良かったので、そこを契約して、入居前にAmazonで安い3000円くらいのWi-Fiルーターを買いました。そして入居の際に不動産会社に電話したら、
「Wi-Fiは入れましたので」
とか言うので、なんだよ買っちゃったのに、と思いながら部屋に入って確認してみると、なんと部屋の中には小さなポケット型のモバイルWi-Fiルーターが置いてあったのでした。えーっ俺が言ったのはこれじゃねえよ、とびっくりでした。誰がマンションの部屋でモバイルWi-Fiなどを使うか。部屋の壁にはちゃんとインターネットの端子が来ているので、自分で買ったWi-Fiルーターをその端子に差して使い、置いてあったモバイルWi-Fiは使いませんでした。多分その不動産会社の人はどうも「Wi-Fi = モバイルWi-Fi」だと思っているようです。

そして先日、ある日本人がネット上に書いている記事の中で、自分の住んでいる地域がいかに田舎であるかを示す表現として「Wi-Fiも繋がらないような超ど田舎で」と書いていました。いやWi-Fiは田舎とか関係無いでしょ何言ってんの、と一瞬思いましたが、すぐに気が付いて、この人が言っているのは上記の不動産会社の人と同じく「Wi-Fi = モバイルWi-Fi」のことだと考えると理解できました。

このように、ローカルな無線接続であるWi-Fiと、広域の電波を通したインターネットへの接続が混同されてしまっているようです。どうしてこうなったのかは、例えば、何と何が接続されているのかあまり考えていない人が多いのか、それとも「Wi-Fi = モバイルWi-Fi」と思ってしまうくらい、モバイルWi-Fiがポピュラーなものになっているのか。

しかしモバイルWi-Fiってそんなに多くの人が使っているのでしょうか。私が使ったことがあるのは海外旅行に行ったときにレンタルしたくらいで、車での移動中に地図を見るためインターネットに接続したかったからです。国内ならば、自宅で使うメリットは無いし、オフィスやホテルにもWi-Fiが有るし、外出中はスマホの4Gを使えばいいから、モバイルWi-Fiを使う人というのは、かなり特殊で外出中もパソコンを持ち歩いて仕事をしている営業マンやノマド族くらいかと思っていました。実は他にも、すごい田舎でインターネットのケーブルを引いてもらえない場所に住んでいる人も使うそうです。そうなのか。


2022/7/4

木の子

日本に留学経験のある中国人の同僚が「日本語の"キノコ"って可愛い言葉だよね。树的孩子。」と話すのを聞いて、言われてみればなるほど「木の子供」とか可愛いよね、と妙に納得してしまいました。日本語としてなんとなく使っていると、言われるまで気が付かないものです。

「キノコ」は漢字では「茸」と表記しますが、もし大和言葉としての構成要素にそれぞれ漢字を当てるならさしずめ「木の子」でしょうか。実際にこのような表記方法をしている単語も幾つかあるので集めてみました。表1は、大和言葉に漢字を当てた表記が広辞苑に収載されているものです。表2は、通常このような書き方はされませんが、「木の子」みたいに無理やり当てはめてみたものです。

表1・広辞苑に収載されている
読み漢語表記大和言葉に漢字を当てる
たまご玉子
たけのこ竹の子
はがね刃金
ふるさと故郷古里
てのひら手の平
表2・通常は使われない
読み漢語表記大和言葉に漢字を当てる
きのこ木の子
かみなり神鳴
めがね眼鏡目金
にわとり庭鳥
さかな肴・魚酒菜
かわや川屋
こころよい快い心良い
こころざす志す心指す
みずうみ水海

これらの中で一番よく使われるのは「卵」と「玉子」でしょうか。ネットで検索してみると「卵と玉子は何が違うか」などと解説しているページが結構あったりします。


2022/6/23

℃の読み方

温度の記号の℃ですが、私はこれを単に「ど」と読んでいて、多分同じ人も多いのではないかと思います。しかしこれを「どしー」と読む人が結構いて、私個人的にはこれがちょっと格好悪いように感じているのですが、他の方はどうでしょうか。

私が格好悪いと感じる理由は、ひとつは必要が無いのにわざわざ「しー」を付けて読んでいること。°Fなどと区別する必要は無いのだから「ど」だけで意味は通じるのに。もうひとつは記号を字面通りに読んでいること。まるでkgを「けーじー」とか読むみたいな。

多分この変な読み方が広がった理由は、ひとつは本来の読み方「セルシウス」「摂氏」が言いづらいから、そしてもうひとつは記号の見た目と本来の読み方の順序が合っていないためと思います。例えば「25℃」を英語だったら"twenty five degrees Celsius"と記号の見た目通りの順で読めるから良いですが、日本語の場合「せっしにじゅうごど」と読むなら「C25°」の順序になるし、「にじゅうごセルシウスど」と読むなら「25C°」の順序になってしまうので、記号の見た目通りの順で読めないのです。だからもともとそういう無理が有るので、なんかこの変なCを無理に読まなきゃいけないみたいな脅迫観念が意味も無く生まれてしまったのではないかと想像しています。

ところでジュエリーのブランドで「4℃」というのが有りますが、最初見たときロゴの見た目などは格好良いと思ったのですが、ある時このブランド名の読み方が「ヨンドシー」だというのを知って、格好悪いのでがっくりしました。ネットで検索すると「4℃」はダサいとか言っている人が結構いるので、それはブランド名のためかもしれません。ブランド名というのは、見た目よりも音で聞いた感じのほうが重要で、例えば綴りだけを見ても読みにくい Hermès、 MONTBLANC、 VERSACE などは、フランス語やイタリア語を知らない人でも読めるので、ブランド名というのは見た目ではなく耳から聞いた情報として認識する人が多いのではないかと思います。だからと言うかやはり「4℃」ブランドを作った人達は、この読み方が格好悪いとは思っていないということでしょうね。まあそれならそれでいいですが。

ちなみに中国では、単に「度(du)」と読む人がほとんどですが「摄氏..度(sheshi..du)」と読む人も結構多いです。学校でそのように教えているようです。そもそも摂氏、華氏という言い方は中国語だからですね。「ファーレンハイト」なのに何故「華(か)」なの?というのは中国語の発音を知って初めて分かります。


2022/6/19

pHの読み方

最近見たネットの記事で、教科書で習う常識の時代に伴う変化についての特集が有り、その中で次のツイートが紹介されていました。

子供が化学の勉強でpHを「ピーエッチ」と読んでたので「ペーハー ね」と言ったら「先生がその言い方が許されるのは昭和までと言ってた」と言われてショックを受けている
Yasuharu Nakano (@nobeans) September 6, 2020

このツイートやネットの記事を読むと、pHの読み方については、時代と共に変化したという認識を持っている人が多いようです。ところが私の経験においては時代的にはむしろ逆になっています。

1980年代に私は大学の理学部で化学を専攻しましたが、この大学では教授、講師、学生らは皆「ピーエイチ」と言っていました。一度ある学生がこの「ペーハー」という読み方について話題に出したとき、ある教授が説明したのは、「日本では東京大学がかつて化学をドイツから導入したので伝統的にドイツ語で発音する人が多いが、我々の大学は米国から化学を導入したので英語で発音している」との話でした。

1980年代後半に私は化学系のメーカーで働くようになり、そこでは業務上でほぼ毎日pHのデータを扱うのですが、驚いたことにこの会社の人は、私を除いてほぼ全員がpHのことを「ペーハー」と言うのでした。この会社は歴史が古く、社内でしか通用しない隠語のような社内用語が非常に沢山ある会社なので、これも一種の社内用語のようなものと思っていました。そして2020年代の現在でもこの会社では多くの社員が「ペーハー」と言っています。社内だけならいいですが、この会社の公式サイトでは文章中に「pH(ペーハー)」などと読み仮名が記されているページが有ったりして、これはどうしたものでしょうか。

本当に時代と共に変化したのかについては、日本では1957年にpHのJISを制定する際に読み方がピーエイチと定められているので、読み方の規範が後で変わったというわけではないようです。あくまで大学や会社の中などの集団語として使われていて、その集団が減ってきているのではないかと思います。

ちなみに、pHの概念を提唱したのは、デンマークの化学者であるSøren Peter Lauritz Sørensenで、この人がコペンハーゲンにあるCarlsberg Laboratory(あのビールの会社Carlsbergね)で研究所長だった時の1907年に発表した論文で提唱しましたが、この論文はドイツ語で書かれていました。この論文に敬意を表してドイツ語で発音するなんていう考え方も無くはないかもしれません。


2022/6/18

ちょっと嫌なビジネス日本語

日本で使われるビジネス用語というと、変なカタカナ語が多いですが、これについてはネット上で「ビジネス用語100選」みたいに書かれたものが多くあるのでここでは触れませんが、そういうカタカナ語ではなく、日本語なんだけど、ニュアンスとしてちょっと嫌な感じがするビジネス用語というものがあります。例えばこういうの。

ご査収ください
これは「確認して受け取ってください」という意味なので、もしそれを受け取るだけで問題が無いのならば良いですが、もし確認して何か問題が有っても「文句を言わず受け取れ」「こちらの仕事は完了してるから」と言われているようなニュアンスが有るのが嫌です。これが「ご確認ください」ならば、何か有ってもその後のやり取りを続けることができるのでずっと親切な表現です。
横から失礼します
これ本当に失礼な言葉ですね。本人が失礼だと自覚しているからそう言うんでしょうけど。これがよく使われるのは例えば、EメールでAさんとBさんがやり取りをしている時、CCに入っている何人かのうちのCさんが見て、これはAさんとBさんには幾つか情報が不足しているなとか、AさんとBさんは誤解しているなとか思った時に、「横から失礼します」と割込みのメールをCC含めて全員に宛てて送ったりします。するとAさんとBさんの無知や誤解がCC含め全員の前で指摘されることになるので、AさんとBさんは恥をかくことになります。Cさん本人は親切に助言しているつもりでも、傍から見ると知識をひけらかしているようにも見えるし、「横から」という言い方の中に「これはあくまでAさんとBさんのマターであって、私は関係無いのよ」というニュアンスを含んでいるところが更に嫌な感じがします。
ではどうしたら良いのかと言うと、
1.「横からではなく後ろから」
もしCさんがBさんと近い組織の人だったとしたら、まずCさんはBさんだけにメールを出してこっそり教えます。そうして理解したBさんが、改めて皆の前で「Cさんからもらった情報ではこうだから…」みたいに話して、あくまでAさんとBさんの間のやり取りとして進めて行けば全然問題ないのです。
2.「横からではなく前から」
この件についてCさんが詳しいのなら、いっそ「この件は私が詳しいので、私に任せてもらっても良いですよ」くらい言ってくれれば潔くていいですよね。
ボールは誰が持っている
これは、二つの組織の間で交渉を進めている場合、ある日の会議の結論として、相手側が課題を持ち帰って検討することとし、こちら側はその返事を待っている、という状況の時に、ボールは相手側が持っている、という言い方をします。交渉をキャッチボールに例えている言い方で、この言い方が好きな人もいますが、私個人的には好きではありません。何故かと言うと、ボールは相手側が持っているから、我々は何も進められないんだよ、という言い訳だったり、もしスケジュールが遅れても相手側の責任であって我々のせいではないよ、という言い訳だったり、そういうネガティブな言い訳にしか使われないからです。

2022/6/17

收到

「收到」は中国のグループチャットでよく使われる言葉で、誰かが送ったメッセージを「受け取りました」という簡潔な返事として使われます。中国では仕事上での連絡をEメールではなくWechatで行うのが一般的になっていますが、この「收到」が最近ではひとつのビジネス上の習慣のようになって来ていて、グループチャットの中でリーダーが何か指示を出すと、グループメンバーのほぼ全員がすかさず「收到」「收到」「收到」...と返事をしたりします。それが礼儀だと思っているようですが、しかし実のところ皆がやると結構うるさいです。

2018年頃に、誰かがこの「收到」を使うのを私が最初に見たとき、これは便利な言い方だなと思う一方、ちょっと嫌な感じもすると思いました。というのは、例えば誰かが送ったメッセージに対して、あまり同意はできないんだけど、いきなり反対意見も出せないし、黙っているのも雰囲気的に良くないし、とりあえず皆の様子を見ようか、みたいな場合に使うと便利だからです。私はこういうちょっと嫌なニュアンスを感じているので、私自身はこの「收到」を使ったことはありません。(もちろん本来の意味で「荷物を受け取ったよ」みたいな文章中では使いますけど)

またこの「收到」の意味するところについては、多分人によって解釈が違っている可能性があり、ある人は単に「見たよ」というだけの意味と思っているかもしれず、ある人はそれが「了解しました」という意味だと思っているかもしれません。その違いによって誤解が生じる可能性もあります。

ネットで調べてみるとこの「收到」については色々議論されていて、例えば『何故リーダーに"收到"と返事しないほうが良いのか』みたいに題された文章などが見付かります。それらの中では色々な例が挙げられていて、例えば、あるリーダーは、指示した通りに仕事が行われなかったとき、メンバーを集めて「指示を読んでいたのに、何故やらないのか」と各メンバーを叱責したが、ただ一人忙しくて「收到」と返事をしなかったメンバーだけは叱責しなかった、とか、あるリーダーのちょっとした書き込みに「收到」と返事したら、リーダーから「お前は何を"收到"したの? 今オナラしたんだけど"收到"した?」と皮肉られた、などの例が書かれていて、あまり良くない習慣だと思っている人は多いようです。

しかしそれでも「收到」の返事を求めるリーダーはいるのかもしれません。私が大学院生だった頃、教授が私に向かって長々と話しをしていた際、黙って話をずっと聞いていたら、教授は話しながら何故かだんだんイライラして来て、そしてついに放った言葉が「君ねえ、たまには相槌くらい打てよ!」そう、その教授は相手に相槌を打ってもらわなければ、自分の話を聞いてもらっているのか不安だったのです。日本人はそういう人が多いのか、会話中に頻繁に「はい」「そうですね」とか相槌を打つ人が多いですね。この「はい」は、相手の話の内容に同意している訳ではなく、単に「聞いていますよ」というだけの合図なのですが、それを同意と勘違いして、最後に反対意見を言うと「え、さっき同意したでしょ」なんてびっくりされたりとか。「收到」もこれと似ていますね。


2022/6/10

一切れのパン

「一切れのパン」これはルーマニアの作家Francisc Munteanunによる小説で、日本では1970年代に中学校の国語の教科書に教材として収載されていました。当時私が国語の教科書で読んだものの中でこれだけは今でも鮮明に覚えています。内容は、第二次世界大戦の最中、ドイツの敵国人として捕らえられたルーマニア人の主人公が、脱走して敵に見つからないよう飢えと戦いながら家族のもとに帰り着くまでを描いたものです。この小説の印象が深いのは、ラストの衝撃的などんでん返しもさることながら、そこに描かれた人間の知恵、そして「心の支え」がいかに大切であるのかを知ることができたからです。

この小説のことを思い出したのは、私の住む上海で最近、新型コロナウイルスのため約2か月間のロックダウンが行われ、その具体的な状況についてはここに記すことはできませんが、しかし私は生まれて初めて飢えへの恐怖というものを体験することになり、そこで心の支えの大切さを実感したからです。

一切れのパン挿絵 この小説でそれに加えてもうひとつ印象が深かったのは、教科書に掲載された本文中には3点のスクラッチ画のイラストが挿入されていましたが、ラストの場面でのイラストでは、このシーンの衝撃的な内容とは裏腹に、呑気にフライパンを持って料理する奥さんの姿が描かれていて、そのギャップがまた何とも言えませんでした。私はこれが妙に気に入って、中学高校の頃は自分が書いた文章にペン画のイラストを入れるという遊びを真似してやっていました。私が描いたこのスクラッチ画もちょっと影響を受けています。ちなみにイラストを描いたのは洋画家の倉石隆。


2022/6/6

中国の二文字英略語

中国には日本におけるカタカナ語や和製英語みたいなものは非常に少ないのでそれは良い事ですが、それでも幾つか中国独自のアルファベット2文字(もしくは1文字)の言葉があったりします。例えば次のもの。

PK
これは「1対1の対決」のような意味です。私が北京で暮らし始めた2008年頃にテレビ番組などで流行っていました。先日私の勤める会社の中国人社員が「今回の新製品はこの他社対抗品とPKだ」とか言うのでちょっとバカっぽい人だなあと思いました。PKと言えばサッカーのPenalty Kickの略として大昔から使われているので、当初私はこれが由来だと思っていましたが、実はそうではなく、オンラインゲームにおけるPlayer Killingが由来とのこと。対決というより相手を淘汰させる事に主眼があるのは中国らしいかも。
KA
私の勤める会社には「KA事業部」という組織が有ったりして、最初意味が解らなかったのでネットで調べるとKey Accountの略で「重要顧客」という意味だと解説されていますが、私の周囲ではもっぱら、カルフールやウォルマートなどの売り場が巨大なスーパーマーケットの意味で使われていて、「KA渠道(KAチャネル)」や「KA卖场(KA小売店)」のような言い方も有ります。何故これらをKey Accountなどと呼ぶかというと、欧米のマーケティング分野ではKey Account Management(重要顧客に絞った管理手法)や、Account Based Marketing(顧客との長期的な関係性に基づいたマーケティング手法)などのB2Bマーケティングにおける考え方があり、そこで使われる言葉ですが、そこからKey Accountという言葉だけを取り出して使っているのは中国だけのようです。しかも中国での使われ方は、流通小売り業態を表す言葉としてかなり限定的な意味になっています。どうやら中国では阿里巴巴が使い始めてそこから流行ったのでこういう意味になったようです。
AA
割り勘のことを「AA制」と言います。私が中国へ頻繁に行くようになった2000年頃既によく使われていました。中国に住んでいる日本人でこの言葉を知っている人は結構多く、それは多分、中国で仕事をしている日本人は、中国人と一緒に食事をする際に、誰がお金を払うのかで結構気を遣うからです。もし日本人の総経理が中国人の部下と食事をするならば、その日本人が全部出せばよいので簡単ですが、例えば同じくらいの立場の中国人と食事をする場合、相手の中国人にお金を出させてあげることも必要だからです。皆そういうことで苦労しているのか、日本人だけで食事をする時は、皆嬉々として「AA制で」と言います。なおAAという言葉の由来は、Wikipediaを見ると色々書いてありますが、この一番上に書いてあるのが私が思っていた由来で、他は多分後付けではないかと思います。
W
wとは数字の単位「万」のことで、中国語の「万」のピンインwanの略です。よく使われるのは転職サイトで、3wと書いてあれば給与3万元のことです。ちなみに「千」はkで、5kとあれば給与5千元です。これは英語のkiloの略なので、中国語と英語が混ざっていて変ですね。数年前からネット上でよく見かけるようになりましたが、最近では社内での仕事のやり取りで「首批生产量2w(初回ロット生産量2万個)」とか書く人がいたりして、こういう書き方がちょっと流行っているようです。
Q
Qは食べ物の食感に弾力があってプニプニしているという意味で、"Q弾"とも言います。ミルクティーに入れるタピオカや、魚丸などに使われます。グミのことは"QQ糖"と言います。もともと2000年頃には台湾で使われていましたが、最近は大陸でも流行っています。このQの語源は台湾語(閩南語)でこの食感を表す「キウ」のような発音の言葉が有るのですが、この漢字「𩚨」が通常は使えない字であるため、似た音のQを当てたものです。
PS
PSは画像編集ソフトPhotoshopの略ですが、中国では顔写真を修整する意味で使います。Photoshopは高価なソフトなので日本では個人で購入する人は多くないと思いますが、中国では2000年代に海賊版が出回ったので画像編集ソフトとしてかなり有名です。日本でも「フォトショする」みたいな言い方も無くはないですが、中国では「PSする」という言い方がとても普通に使われます。更に略して"P过"(修正されている)"P图"(修正した写真)のように言います。最近はスマホで顔写真を自動修正するアプリが沢山有りますが、これらも"P图app"などと呼ばれます。
IP
IPと言ってもInternet Protocolのことではなく、中国で流行っているIPはIntellectual Propertyの略、即ち知的財産のことです。知的財産などという言葉が略語として流行っているのは、いかにもパクリ天国の中国らしいかもしれません。中国で使われているこのIPという言葉は本来の意味とは少しずれていて、例えば「IP映画」「IPドラマ」「IP俳優」「とってもIPだね」みたいな使われ方をします。どういう意味かと言うと、例えば映画の中に登場するキャラクターに人気が出ると、そのキャラクターを元に映画がシリーズ化されたり、派生作品が生まれたり、関連商品やゲームが作られたり、そういう利益を生み出す元となっている映画作品をIPと呼びます。あるいはネット上で人気が出たネット小説がドラマ化される場合もIPと呼びます。しかしこういう知的財産を生かしたビジネスは、ハリウッドや日本などの映画・テレビ業界ではもう何十年も前から当たり前に有るものなのですが、これにわざわざ名前が付くということは、中国の社会で知的財産というものが最近になって急速に認知されてきたのだということ、逆に言うなら中国の社会では知的財産がそれまでいかに理解されていなかったのかを物語っているようです。
なお、日本でもこのIPという言い方がマーケティング分野における業界用語として使われているようで、大抵「メディアミックス(これは和製英語)」という業界用語と共に使われているので、このIPも日本人が使い出した用語かもしれません。ただし中国では業界用語ではなく一般用語となっているところが日本との違い。(2023/3/5追記)
CS
これは狭い業界で使われている業界用語なので、ここに挙げるのは適当ではないのですが、中国の化粧品業界ではWatsonsやSEPHORA、SaSaなどの化粧品専門チェーン店のことをCSと言います。日本でも化粧品専門系列店を指す略語としてCSという用語が有るのですが、これはChain Storeの略です。この略語が面白いのは、中国で使われているこのCSとは何の略ですか?と聞いてみると、ある人はCosmetics Shopの略だと説明し、ある人はCustomer Satisfactionの略だと説明します。大方の人は後者の意味だと思っているようです。しかし考えてみると、Customer Satisfaction(顧客満足)などという言葉を販売チャネルの呼び名として付けるでしょうか?確かに化粧品専門店では販売員が顧客に対して丁寧に説明したり化粧を施してあげたりするので店頭での顧客満足度は高いでしょうが、それなら百貨店はもっとでしょう。販売チャネルそのものの特徴として説明するなら、中国のCSも本来はやはりChain Storeなのかと思います。(ただしChain Storeという言葉は、一般的にはスーパーやコンビニなど幾つかの業態を含んだ広い概念なので、これを指す用語としては不適切だと考える人もいる思います。)また一方で、マーケティングの分野では顧客満足度を略してCSと書くことが多いので、マーケティングの専門家がそれと勘違いしてその説明を広めたのではないかと推測しています。上に挙げたKA、IPもそうですが、中国人はマーケティング用語が大好きなのです。(2023/3/8追記)
PB
先日テレビのニュース番組で、市民マラソンに出場した選手がインタビューを受けて「PBを出せてうれしい」と答えていました。PBはマラソン用語でPersonal Bestの略です。中国語で言うとすれば“個人最好成績”とかちょっと長いためでもあるでしょうが、むしろこういうアルファベット2文字で言うのが流行っているところがあるようです。(2023/4/24追記)
4S
中国では自動車ディーラーのことを"4S店"と言います。「車の調子が悪いから4S店に行ってみてもらう」みたいに日常会話で使いますが、この"4S"は何の略か調べてみると、Sale(販売)、Sparepart(スペア部品)、Service(アフターサービス)、Survey(情報フィードバック)の意味だそうです。自動車ディーラーならば当たり前、と思ってしまいますが、中国の場合、自動車の代理販売をするだけの店や、修理するだけの店も多く、そっちのほうがずっと安いので、それらに相対する特別な業態として"4S"などという言葉が作られているようです。(2023/12/21追記)

2022/5/21

JavaScriptでスタイルシートを切り替える

今回はウェブページのスタイルシートを動的に切り替えるJavaScriptを作ってみました。ページ内に設置されたチェックボックスを使って切り替えます。

まずページ内にチェックボックスを設置し、idと、クリックされた時に起動するfunctionを設定します。

<input type="checkbox" id="classic_stylesheet" onclick="changeStylesheet()">

このidを使ってチェックボックスのオブジェクトを取得します。

const checkBox = document.getElementById("classic_stylesheet");

スタイルシートへのリンクのオブジェクトを取得します。

const linkToStylesheet = document.querySelector('link[rel="stylesheet"]');

これがスタイルシートを切り替えるfunctionです。とても簡単です。

function changeStylesheet() {
if (checkBox.checked == true){
linkToStylesheet.href = "stylesheet.css";
} else {
linkToStylesheet.href = "stylesheet2.css";
}
}

ひとつのページを切り替えるだけならばこれで良いですが、しかし、どこかのページで切り替えた後は、サイト内の他のページにも同じスタイルを適用するようにしたいので、そのためにはスタイルを切り替えた情報を保存しておいて、他のページを表示する際にその情報を読み出して適用する必要があります。そこでsessionStorageを使うことにしました。上のfunctionに加える形で、スタイルシートを切り替えるのと同時に、どちらのスタイルを選んだかの情報をsessionStorage.setItemで保存します。sessionStorageに保存できるデータは文字列のみなので、"true"とか文字列にして保存します。

function changeStyleseet() {
if (checkBox.checked == true){
linkToStylesheet.href = "stylesheet.css";
sessionStorage.setItem("use_classic_style", "true");
} else {
linkToStylesheet.href = "stylesheet2.css";
sessionStorage.setItem("use_classic_style", "false");
}
}

次のfunctionでは、sessionStorage.getItemで保存された情報を読み出してスタイルシートを変更します。ページ内にチェックボックスが有るならばチェック状態も変更します。

function getStyleSetting() {
if (sessionStorage.getItem("use_classic_style") == "true") {
linkToStylesheet.href = "stylesheet.css";
checkBox.checked = true;
} else { // "false" もしくは設定が保存されていない場合
linkToStylesheet.href = "stylesheet2.css";
checkBox.checked = false;
}
}

ページを読み込む際に上のfunctionを実行するようにします。

window.addEventListener('load', getStyleSetting);

2022/5/8

JavaScriptの"this"キーワード

先日の記事の続きで、押されたボタンの色を変更するJavaScriptについてです。

このボタンは押されると二つのfunctionが実行されるようになっていて、ひとつは表示させる記事をフィルタリングするもの、もうひとつはボタンの色を変更するものです。ボタンの色を変更するfunctionに対しては「この押されたボタン」を示してあげたいので、そういう時には「これ」を意味する"this"キーワードをfunctionに渡せば良いです。これはとても便利です。

<button class="btn" onclick="filterSelection('movie'); activateButton(this);">映画</button>

下がボタンの色を変更するfunctionです。"this"で渡されるのはオブジェクトなので、オブジェクト内のクラス名などに直接アクセスできます。

function activateButton(buttonObject) {
const current = document.getElementsByClassName("active");
current[0].className = current[0].className.replace(" active", "");
buttonObject.className += " active";
}

"active"のクラスは色が変わるようにスタイルシートで指定しています。


2022/5/5

JavaScriptでフィルタリング

最近時間に余裕が有るので(というのは、私が住んでいる上海では新型コロナウイルスによるロックダウンが1か月以上続いていて、ずっと自宅から出られないので)このサイトの幾つかのページで簡単なJavaScriptを書いて使ってみています。いずれも簡単なものばかりですが、やや凝ったものとしては、この雑記帳の記事一覧で、上部にカテゴリーのボタンを用意して、ボタンを押すとそのカテゴリーに関する記事だけをフィルタリングする仕組みを作ってみました。以前からこういう物を作るアイデアは有ったものの、多分相当面倒だろうと思っていましたが、いざ作ってみたら意外と簡単で、JavaScript部分はほんの数行のfunctionで出来てしまいました。ざっと説明すると下のような仕組みです。

HTML部分は記事の見出しのリストとなっていて、見出しの全てに"heading"というクラスが指定されています。そしてそれぞれの記事に関連するカテゴリーが、例えば「映画」に関連する記事の見出しには"movie"というクラスが指定されています。そしてJavaScriptにより"show"というクラスが追加された時だけブラウザに表示されるようにします。

<li class="heading movie"> <!--これは表示されません-->
<li class="heading movie show"> <!--これは表示されます-->

表示するしないは次のようにスタイルシートで指定しています。!importantは付けなくても後ろに記述したほうが優先されます。

li.heading { display: none; }
li.show { display: list-item !important; }

カテゴリーのボタンがクリックされると、表示される記事を選ぶfunctionを実行するようにします。

<button class="btn" onclick="filterSelection('movie')">映画</button>

次が記事を選ぶfunctionです。

function filterSelection(category) {
const list = document.getElementsByClassName("heading"); // 記事一覧を配列として取得
if (category == "all") category = ""; // カテゴリーを空文字にすれば全ての記事が選択される
for (let i = 0; i < list.length; i++) {
if (list[i].className.indexOf(" show") > -1) { // 既に" show"が入っていれば
list[i].className = list[i].className.replace(" show", ""); // " show"を削除しておいて
}
if (list[i].className.indexOf(category) > -1) { // 指定したカテゴリーに該当していたら
list[i].className += " show"; // " show"を付け加える
}
}
}

この他に、押されたボタンの色を変更するJavaScriptのfunctionもありますが、これも数行の簡単なものです。


2022/4/12

合理的ですか?

中国の会社で働いていると、中国人の社員が「合理吗?(合理的ですか?)」と言うのをたまに聞きます。日本の会社で誰かがそういう事を言ってるのは聞いたことはありません。中国人が何故そのような事を言うかのかと言えば、それは中国では合理的では無い話がとても多いからです。例えば、私はメーカーで研究開発を担当していますが、マーケティング部門の人が「新製品を1か月後に発売したいので、1週間で設計できますか?」などと言います。いや1週間で設計するのも無理だけど、それから更に、政府への届出に1週間、原材料の調達に2週間、工場での生産に1週間、出荷してから営業が販売できるまで1週間、もう計算するまでもなく分かるはず。マーケティング部門の彼もそんな事を知らない訳ではないので、そこで私が「計算すると2か月後の発売ならば可能だし、もしどうしても1か月後に発売したいなら現在生産している既存商品のパッケージを変えて対応することは可能ですよ」とか、合理的な代替案を出すのですが、マーケティングの彼は「いやそこをなんとか、皆で頑張ってこの案を実現したいので」みたいな事を言います。そういう時に同僚の中国人社員が「この案は合理的ですかね」とか言ったりします。中国人はこういう、頑張ればなんとかなる、みたいな合理性に欠ける精神論が結構強く、日本も欧米と比べると精神論は強いですが、実は中国はそれ以上なのです。

昨年度に中国で公開された「長津湖」という映画がありますが、これは中国共産党成立100周年記念として制作され、中国歴代興収1位の大ヒット作となりました。内容は朝鮮戦争における激戦の一つ「長津湖の戦い」を映画化したものです。この戦いで中国軍は多大な犠牲を払いながら、米軍を撤退に追い込みましたが、そこで描かれているのは例えば、米軍に破壊された橋で物資や人員を渡らせるために人間が橋の代わりになり、多くの兵が水に沈んで水死したとか、米軍を待ち伏せする中国軍が氷点下40度の極寒の中、防寒装備が不十分のため大隊の全員が凍死したりします。このような不条理な状況で多くの命が失われますが、しかし映画の中ではこれらが美談として描かれているのです。朝鮮戦争当時の中国は、建国間もない頃でとても貧しかったにもかかわらず、とても豊かだった米国と戦って負けませんでした。それは中国にとっての大きな誇りだからです。合理的でなくても頑張ればなんとかなるという精神論が美化されているのです。

日本はどうかと言うと、私が小学生の頃に太平洋戦争に関する本を読んでいたところ、出展は忘れましたが次のような話が書かれていました。太平洋のある島で、日本軍が撤退した後の場所にやって来た米軍は、そこに残されていた日本兵のウンコを徹底的に調べ、残されていたウンコの量から日本軍の兵力を推定し、それに十分対抗できる兵力を準備して戦略を立て、撤退した日本軍を追って攻撃をかけたところ、実は日本軍の兵力は推定した数の半分しかおらず、簡単に制圧できてしまいました。それは何故かというと、肉食のアメリカ人と比べ穀物食の日本人は腸も長くアメリカ人の2倍の量のウンコをするのですが、当時の米軍はその事を知りませんでした。私はこれを読んだとき、これでは日本は勝てないよな、と思いました。いや別に日本が戦争に負けたのはウンコのせいという訳ではありませんが、米軍のように徹底した調査とそのデータに基づいて合理的に立てる戦略に対して、精神論の日本軍が勝てる訳がないと思ったからです。日本も精神論が美化される国でしたが、今となって太平洋戦争を語るとき、戦争の悲惨さとして語られる、特攻隊、玉砕などは、その合理的でない考えを反省こそすれ、それらを美化することはまずないでしょう。


2022/4/11

iCloud+の押し売り

昨年の10月頃に、私のiPhoneに「iPhoneの空き容量が残りわずかです」という表示が出始めて、しかし容量を確認してみるとまだ5GB程度の空きが有るので、おかしいなと思ってネットで調べてみると、同じような状況の人は沢山いて、中には64GB中19GBの空きが有るのに表示が出た人もいたようです。この表示は赤い丸が付くので結構目立つし、何をやっても消えないのでちょっと嫌でしたが、1カ月くらいすると表示されなくなりました。

そして先月、私の家族が新しいiPhoneを購入したのですが、店舗受取りの予約をするために私のApple IDを使ったところ、今度は私のiPhoneに「新しいiPhoneのための準備をしましょう」という表示が出始めて、これが設定メニューの一番上に大きく表示されるので結構邪魔なのですが、「今はしない」を押しても何をやってもこの表示は消えず、あれから1か月経ちますがずっと表示されたままです。やはりネットで調べてみると、これが消せないでいる人は沢山いるようです。この表示は何かというと、新しいiPhoneに写真などのデータを移行したい場合、一時的にiCloud+を無料で利用できるというものです。有難いサービスではありますが、しかし新しいiPhoneの設定が完了した後は有料のiCloud+にアップグレードしましょう、と実のところそういう宣伝です。

このiCloudなどのサービス事業はApple社にとって主力事業のひとつであるため、なんとか利用者を増やしたいのでしょうが、でもちょっとやり方がえげつないですね。


2022/3/1

上海語

上海で生活するようになって思った事の一つは、意外と上海語を話す人が多いことです。北京に住んでいたときも上海へは仕事や旅行で何十回も来ていて、しかしそれほど上海語を聞くことはなかったのですが、上海で生活するようになると、やはり地元の人と接する機会が多いためか、仕事以外では半分くらいは上海語が聞こえてくる感じです。
ところでその上海語、私は聞いても全く意味は解らないのですが、音を聞いた印象として、標準語(普通話)と比べると、抑揚が小さくフレーズがとても短いです。例えば上海の路線バスに乗ると、車内のアナウンスは標準語、上海語、英語の3種類でされるのですが、「88路線バス」という意味の中国語「八十八路公交車」を、標準語でのアナウンスをカタカナで表現するなら「パーシパールーコンジャオチェー」みたいな感じですが、これが上海語のアナウンスのほうは「パジパルコンジエヅ」みたいな感じになります。フレーズの長さが標準語の半分くらいの短さです。標準語の発音は、1音節の文字は必ず長く伸ばすしますが、上海語の場合は長く伸ばしません。また上海語は標準語のように声調がはっきりしていません。だから上海語を聞いていると、「ボリボリパラパラ」みたいな短い音がだらしなく続くので、あまり美しくありません。ちなみに広東語とも比較してみると、広東語というのは、音の長いものと短いものが有り、例えばカン(根)とカーン(間)は違うみたいな区別が必要なので、長短の違いをはっきりさせるし、声調も広東語では音の高さが6段階で9種類もあるので、音の長さや高さにメリハリが付いてリズミカルに聞こえます。

2022/2/21

北京と上海のスーパー

私が北京から上海へ引っ越して4カ月になりますが、上海に暮らしてみて感じる北京と上海の違いのひとつは外国人向けのスーパーマーケットです。上海というと経済が発展した国際都市、というイメージがあるので、外国人向けのスーパーも多いだろうと勝手に想像していましたが、ところがどっこいそうではありませんでした。私の場合、チーズが大好きで特にブルーチーズをよく買うのですが、上海でこのチーズを買うのにとても苦労しています。もともと中国人はチーズというものを食べないので、中国地元のスーパーには基本的にチーズは有りません。いや有ることは有るのですが、ほんの2,3種類の子供向け商品が有るだけで、中国人にとってチーズというものは子供に食べさせる栄養補強食品という概念なので、試しに食べてみましたが、発酵していないクリームチーズのあまり美味しくないものです。そこで私はチーズを買うために、先月は地下鉄に乗り婁山関路駅近くにあるAPITAという日本人向けスーパーに行き、先週はやはり地下鉄に乗り静安寺駅近くにあるCity Shopという欧米人向けスーパーに行きました。チーズひとつ買うためにわざわざ地下鉄に乗って行くわけです。これが北京の場合ならば歩いて行ける範囲で簡単に買うことができたのですが。北京には欧米人をターゲットとした小さなスーパーとしてJenny Lou'sやApril Gourmetなど、中国人の富裕層をターゲットとした高級スーパーとしてOlé、blt、BHGなどが市内至る所にあるので、輸入食品が比較的簡単に手に入ります。上海ならばもっと多いかと思っていたら、逆にこれが全然少なかったのは意外でした。上海は東京と同じくらいかもしれません。東京も欧米人向けスーパーは少ないですし、高級スーパーと言えば成城石井とか紀伊国屋くらいでしょうか。もっとも日本なら普通のスーパーにもチーズは豊富にあるのでそれで全然いいのですが。

それから上海に来て驚いた事のひとつは、ネット上に日本人向けの転職サイトの宣伝が多いことです。北京では日本人はあまり転職などしませんが、上海では転職する日本人は多いのです。北京と上海とではそこで暮らしている外国人はちょっと異なり、北京は首都なので、大使館職員や、メディア関係者、外資企業幹部の外国人をよくみかけますが、一方上海でみかける外国人の多くはホワイトカラーの労働者です。上海は国際都市と言われているけれど、それは即ち、そこに暮らす外国人も決して特別豊かなわけではないということです。


2022/2/7

Everything Must Change

"Everything Must Change" これはQuincy Jonesの1974年のアルバム"Body Heat"に収録されている曲で、Bernard Ighnerが詩と曲を書き、彼自身が歌っています。後にRandy CrawfordやGeorge Bensonなど多くのアーティストにカバーされました。
ところでこの曲の歌詞ですが、タイトル通り「すべてのものは変わっていく」という内容なのですが、表現方法は言うなれば「国破れて山河在り」ですね。曲の始まりから3段落目までは「すべてのものは変わっていく」という内容を歌っていますが、4段落目に入る前で一旦バックの音が静かになり、そこで呟くように一言"except"と歌うのです。何がexcept(例外)かと言うと、そこから続けて歌うのは「雨は雲からやって来て、太陽は空を照らし、そしてハチドリはもちろん飛ぶ」なのです。つまりこの曲の構成は、「変わるもの」+"except"+「変わらないもの」という形にして、この"except"を強調することで、この両者を対比させる構成になっているのです。人や社会は変わっていくけれども、それでも相変わらず雨は降るし、太陽は出るし、鳥は飛んでいるよ、という歌なのです。そして曲の最後ではこの「変わらないもの」の部分を繰り返し、最後に「そして相変わらず音楽は泣けるよ」です。
以下、歌詞の引用です。
Everything must change
Nothing stays the same
Everyone must change
No one stays the same

The young become the old
And mysteries do unfold
Cause that's the way of time
Nothing and no one goes unchanged

There are not many things in life
You can be sure of

Except rain comes from the clouds
Sun lights up the sky
And hummingbirds do fly

Winter turns to spring
A wounded heart will heal
But never much too soon
Yes everything must change

The young become the old
And mysteries do unfold
Cause that's the way of time
Nothing and no one goes unchanged

There are not many things in life
You can be sure of

Except rain comes from the clouds
Sun lights up the sky
And butterflies do fly

Rain comes from the clouds
Sun lights up the sky
And music
And music
Makes me cry

ちなみにこの曲は、吉田美奈子も1975年のアルバム「Minako」で「移りゆくすべてに」というカバー曲を歌っていますが、この日本語歌詞では、原曲で強調していた"except"を抜かして、「変わらないもの」が全く逆の「変わるもの」になっていたのでびっくりでした。
以下、歌詞の最初の部分の引用です。
何もかも移りゆく
変わらぬものはないの
老いてゆく日々の中
あてのない道をゆくみたい
それはさけられない運命なの
雨雲も、輝く陽も、空かける鳥も
(後略)
これだと、もう雨も降らず、太陽も輝かず、鳥も飛ばなくなってしまうので、この世の終わりみたいな悲惨な話になってしまうのだが。

2021/11/21

スマートフォンのシャッター音

スマートフォンで写真を撮るときには、必ずシャッター音が鳴るようになっていますが、しかしこれは日本だけの業界の自主規制なので、日本以外では恐らくどの国でも通常はシャッター音は鳴らないと思います。私は中国にいるので、スマートフォンで写真を撮っていると、私のスマートフォンだけ音がするのでちょっと恥ずかしいような気がします。べつに私自身が恥ずかしいのではなく、何故日本のスマートフォンは音がするの?という理由がちょっと恥ずかしいのですが。
ところで、私が現在使っているのは2017年に日本のアップルストアで購入したSIMフリーのiPhone 8で、これを中国に持って行って、北京で購入したSIMを差して使っていましたが、シャッター音は鳴っていました。ところが、先日上海へ引っ越して、上海で新しい電話番号のSIMを購入して差し替えてみたところ、なんとシャッター音が鳴らなくなったのでした。中国の普通のiPhoneと同じになりました。こういう話は聞いたことが無かったのですが、恐らく日本以外のSIMを使うとシャッター音が鳴らなくなるようにiOSの仕様が変更されたのかもしれません。

2021/7/18

松岡直也とボーカル

松岡直也の曲にはボーカルを取り入れたものが幾つか有りますが、私はインストルメンタルだけの曲よりもボーカル入りの曲のほうが気に入るものが多いです。松岡直也自身はキーボード奏者そして作編曲家ですが、自身のソロ演奏を前面に出すことはそれほど多くなく、むしろギター、サックス、ボーカルなどを表に出して使うことに注力していた人のように思います。ボーカルとして参加する人はアルバムごとにそれぞれ違っているのも面白いです。

Joyful Feet
Joyful Feet (1977)
石山実(track 5)

5曲目のみボーカルが入っています。石山実はパーカッション奏者ですが、ボーカルとしても本格的なラテンの味を持つ人です。

Steffanie De Praia
Steffanie De Praia ~海辺のステファニー (1978)
Alexander Easley(track 4), 岡沢章(track 2,4), 石山実(track 7,9)

岡沢章はベーシストとして有名ですが、実はボーカルをやることもあります。例えば吉田美奈子の1981年のアルバム"Light'n Up"では「風」という曲で吉田美奈子とデュエットしていたりします。この2曲目も哀愁漂ってなかなか良いです。また石山実がボーカルを取っている7曲目と9曲目は、いずれも日本語の歌詞で、人によってはなんじゃこりゃと思うらしいですが、私は結構気に入っていて、いかにもラテンらしい赤裸々な恋愛の詩を、恥ずかし気も無く情熱たっぷりに歌ってます。

Fiesta Fiesta
Fiesta Fiesta (1979)
榊チエコ(track 1), EVE(track 1,2), 吉田美奈子(track 4)

このハイテンポの1曲目、村上"ポンタ"秀一のドラムス、渡辺香津美のギター、向井滋春のトロンボーン等々皆すごいですが、榊チエコのスキャットも聴きごたえあります。2曲目はEVEの柔らかいボーカルにちょっとレゲエのリズムが入った気持ちいい曲です。EVEといえば70~80年代の日本のポップス界に無くてはならないコーラスグループでした。4曲目は吉田美奈子のスキャットが幻想的で美しい曲です。

Danzon
Danzon (1981)
大空はるみ(track 1,2,4,8)

大空はるみ(またの名をTan Tan もしくは森野多恵子)この人は、私としては高中正義の1977年のアルバム"TAKANAKA"の中の曲"Sweet Agnes"でのキュートなボーカルがとても印象的でした。この松岡直也のアルバム"Danzon"では、大空はるみのバラエティに富んだボーカルを大きく生かしていて、1曲目では可愛くてコケティッシュな声が明るい曲調によく合っていますが、2曲目ではちょっと違って広がりのある甘くゆったりした歌い方、4曲目ではパワフルで情熱的、そしてまた8曲目では悲しく憂いをたたえた歌と、色々な味を聴かせてくれます。

Pacific Jam
Pacific Jam (1981)
Flora Purim(track 1,5,6)

このアルバムは松岡直也と土岐英史がL.A.のミュージシャンを集めて制作したものです。これに参加しているブラジリアンジャズのボーカリストFlora Purim、この人の声はChick CoreaやGeorge Dukeのアルバムなどいろんなところで聴きますが、独特のぐちゃぐちゃっぽいボーカルがなかなかいい味出してます。(2021/8/12追記)

Long For The East
Long For The East (1984)
久保田利伸(track 1)

久保田利伸がメジャーデビューしたのが1986年ですが、その前からこの人は既に有名で、私もこのアルバムを買ったのは当時噂だった久保田利伸のボーカル目当てでした。

Watermelon Dandies
Watermelon Dandies (1986)
高橋ゲタ夫(track 1,8), カルロス菅野(track 6)

高橋ゲタ夫はベース奏者、カルロス菅野はパーカッション奏者でともに松岡直也の曲では常連メンバーですが、こういうもともとボーカルではない人に歌わせているのも多いですね。ボーカルが入っているこの3曲ともに、決して松岡直也によくある哀愁漂う美しいメロディーではなく、すごく軽くて楽しい曲です。1曲目と8曲目の詩を書いているのはあの大空はるみで、「くだもの気分で 生きてはいるけど ほんとは野菜育ちだぜ Oh, here we go」とかそんな詩です。(2021/9/1追記)

Majestic
Majestic (1988)
FRANCIS SILVA, LEEZA, BRAZUKA(TEKYLA, PAULINHO & EDU) (track 5)

この5曲目、初めて聴いた時は思わずのけぞってしまいましたが、これはラテン音楽というよりインド映画のダンスシーンの歌みたいな、かなり変な曲です。そのくせ妙に完成度が高くて、松岡直也はこんな曲も作るんだ、と感心してしまいました。ボーカルは何人かで歌っていますが、そのうちの女性ボーカルのLEEZAという人、ヤンキー姉ちゃんみたいな歌い方がいいなあと思って、こいつは謎のブラジル人ミュージシャンとかかと思っていたら、実はこれがなんとデビュー前の小野リサであることが後で判明し、二度びっくりでした。(2021/9/15追記)

Songs and Days
Songs and Days (1989)
松岡真由美 (track 6)

アルバム全体がヨーロッパ的な雰囲気の中、突然現れるアイドルポップスみたいな6曲目。打ち込みを多用したアレンジは結構細かく作り込まれていて、この力の入れようにちょっと親バカ感が出ていて面白いです。松岡真由美さんのボーカルもなかなか良いです。(2021/9/22追記)


2021/2/19

唐人街探案3

この映画『唐人街探案3』は、本当ならば去年2020年の春節に公開される筈でしたが、コロナのため映画館が営業停止になり、それから1年間、映画館の前にはこの映画のポスターがずっと貼ったままでしたが、先週やっと観ることができました。
シリーズ3作目になる本作の舞台は東京です。ということでか、この映画の制作メンバーの中には日本映画・日本ドラマのマニアがいたらしく、例えば鈴木保奈美が登場するシーンでは『東京ラブストーリー』のテーマ曲のイントロにそっくりの曲が流れたりとか、真犯人の出生の秘密が明かされるシーンではジョー山中の『人間の証明』のテーマ曲が流れたりとか、私個人的には結構ウケてしまいましたが、しかしこんな30年も40年も前の日本ネタ、中国の若い人にわかるんだろうか。まさかターゲットは中高年の日本人ではあるまい。

2020/12/13

同調圧力

少し前に、中国に仕事で駐在している日本人のとある方が、「中国の魚料理が好きな日本人はまさかいないと思うけど…」という事を言ったので、ちょっとびっくりしました。私は日本人ですが中国の魚料理が結構好きだし、好きではない日本人はいるかもしれないけど、そこまで言い切れるものかと。
中国の魚料理というのは、主な調理法は、蒸す、油で揚げる、フライパンで焼く、切り身にしてスープに入れる、などやや手の込んだものが多く、香辛料も多く使うので、調理法の考え方が根本的に日本食とは異なっています。だから日本人が中国の魚料理をみたときに、これは違うだろう、などと思う人はいるだろうとは思います。
しかし上述の日本人の方が、「中国の魚料理が好きな日本人はいない」とまで言い切ったのは、おそらくこの方が中国で知り合った日本人が、それが10人なのか100人なのかわかりませんが、それらの日本人が皆口を揃えて中国の魚料理は好きではないと言ったということでしょう。それはたまたまだったのかもしれませんが、おそらくそこには日本人コミュニティーの中での同調圧力が作用していたように思います。もしかすると10人中の2人くらいは、「いや俺は中国の魚料理も結構好きだけどな」と心の中では思っていたかもしれませんが、この場ではこの人に話を合わせておいたほうがいいだろう、という判断をしただろうと思います。こういった事は日本でもどこでも有ると思いますが、海外の日本人コミュニティーは狭い世界なので、特にこの作用が大きく働いているように思います。だから海外に住んでいる日本人の話は、話半分に聞いておいたほうが良いかもしれません。

2020/8/25

吐司

「吐司」とは、英語の"toast"を音訳した中国語です。しかしこれは本来の英語の「焼く」もしくは「焼いたパン」という意味ではなく、中国語では「四角いパン」を意味します。日本語で言う「食パン」とほぼ同じです。焼いてあるかどうかは関係ないので、例えば「烤吐司」(焼きトースト)とか「生吐司(生トースト)みたいな本来の意味からすると変な言葉も使われています。この「吐司」が何故か中国では人気があり、北京では先日「吐司」の専門店「爸爸糖手工吐司」もオープンしました。行ってみると店先には何種類もの四角いパンばかりが並べられていてちょっと変な感じです。
ちなみにこういう、外来語が訳されるときに本来の意味からちょっとずれてしまうというのは、特に食品に多いように思います。例えば日本語で言う「ロースハム」とか。「ロース」はもともと「焼く」という英語"roast"から、焼くのに適した部位である背肉を指す日本語になり、また「ハム」はもともと「豚のもも肉もしくはその塩漬け」という英語"ham"から、肉の塩漬けを指す日本語になったので、「ロースハム」は元の英語の意味ならば「焼いた豚のもも肉」になるはずが、日本語では「豚の背肉の塩漬け」と、かなり違うものになってます。

2020/8/2

アルバムカバーのバリエーション

音楽のアルバムカバーのアートワークには、同じアルバムなのに幾つか異なるバリエーションを作っているものがあります。例えば次のようなもの。

Street of Dreams 1998年版
1998年版
Street of Dreams 2016年版
2016年版

これはPatti Austinの1998年のアルバム"Street of Dreams"です。1998年に発売した当初は左側のようなデザインでしたが、その後2016年に再発売された際は右側のようなデザインに変更されました。どうしてこんなに大きくイメージを変えてしまったのだろうと思いましたが、1998年のデザインは、マンハッタンのチャイナタウン辺りの風景の写真が使われていて、これををよく見てみると、遠くにあのWTC、2001年の911で破壊されたビルが写っているのです。多分そういうことでしょうか。

Mountain Dance US版
US版
Mountain Dance 日本版
日本版

これはDave Grusinの1980年のアルバム"Mountain Dance"です。米国その他の国で発売されたものはいずれも左側のようなデザインですが、日本で発売されたものだけ、右側のようなデザインになっています。日本の人は、左のようなカウボーイ姿ではカントリー歌手みたいで格好悪いと思ったのでしょうか。

Streets of Fire US版
US版
Streets of Fire UK版
UK版
Streets of Fire 日本版
日本版

これは1984年の映画"Streets of Fire"のサウンドトラックです。左側のUS版はアメコミのようなイラストですが、真ん中のUK版はリアルタッチのイラスト、右側の日本版は写真を使ってデザインしています。映画のポスターなどは国によってデザインを変えることが多いので、サウンドトラックのアルバムもそれに合わせて変わります。


2020/8/1

アラン・パーカー

映画監督のアラン・パーカーが亡くなったことが今日のニュースで伝えられていました。アラン・パーカーはもちろん映画監督として有名ですが、私にとっては小説家としての印象が強い人です。アラン・パーカーが脚本を書いた1971年の映画「小さな恋のメロディ」は、彼の実体験を元にしているとも言われていますが、彼はこれをノベライズした小説も書き、これは日本語版も出版されました。映画のほうは、可愛くてファンタジー的な印象が強いですが、このノベライズ小説を読んでみたら、実はこれが映画とは全然雰囲気が違っているのです。小説のほうは、子供の視線を通して、大人社会への痛烈な批判や反逆の精神が語られていて、当時高校生だった私は映画よりもこの小説がとても気に入りました。同じころに私が読んでいた、J.D.サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」やアラン・シリトーの「長距離走者の孤独」に通じるものがありました。

2020/7/31

Phil Lockwood

イギリスの画家でPhil Lockwoodという人がいます。都市を俯瞰した景色を味のあるタッチで描いた作品が特徴です。作品の中に描かれている人物に、ストーリーやシチュエーションを持たせているものがあり、例えば"The Office at Night"という作品では、夜の街のビルの窓に見える様々な人物の姿を描いていますが、その中に、あのEdward Hopperの有名な作品"Nighthawks""Office at Night"が小さく描かれていて楽しいです。また"The Disastrous First Date at the Cinema"という作品では、映画館で待ち合わせをした男女が、それぞれ映画館を間違えて会えなくなっている姿が描かれています。このPhil Lockwoodという人は決して有名な人ではないですが、たまたま私の妻が中国のSNS微博で、フランスに住むある中国人がこの人の作品を紹介しているのを見つけ、それで知りました。

2020/6/21

セクショニング要素

HTML5では、<article> <section> <nav> <header> <footer> などのセクショニング要素が新たに追加されました。最初これを見たとき、これって本当に必要なの?と思いました。機能的には同じ事は全部<div>で出来るし、HTML5を解説している記事などでは、「ブラウザや検索エンジンに対してより明確に文書構造を伝えられるようになる」みたいに説明されていて、ソースを書く側には何のメリットが有るのかわからなかったのです。それでもこれらを使って、ヘッダー部分は<header>で囲うなどして書いていったところ、しばらくしてある時突然、これはいいね、と気が付いてしまいました。

何が良いかと言うと、それは、HTMLソースを書くときの考え方が変わるのです。例えば「この部分に行をあけるスペースを入れたいな」と思った時、以前ならば、これを単なるデザインとしてしか考えていないため、その部分に、段落でもないのに<p>を入れたり、<br>を複数繰り返すなど、適切でない記述をしてしまっていました。しかしこれらのセクショニング要素を入れて書くようになると、「ちょっと待てよ、何故ここにスペースを入れたいと思うのか?」と考え直してみると、「それはここがヘッダーと記事の間の部分だからだよな」とわかるので、「だったら、ヘッダーの下にマージンを入れればいい」という考え方ができ、<header>タグの中にスタイルでマージンを指定する、という書き方ができるのです。以前ならば、そもそも<header>タグなどは書いてないので、そういう発想が出て来なかったのです。

もう一つは、以前は何でも<div>で囲っていたので、<div>だらけになりがちで、特に<div>と<div>を入れ子にすると、とても分かりづらくなるため、無意識に入れ子になるのを避けるようになり、そのため上記のような適切でない記述をしがちだったように思います。これを<div>ではなく、それぞれ役割が明らかな要素を使うことで、入れ子にしても分かりやすいソースが書けるようになります。


2020/6/9

inline-block

このサイトを作り始めたのは1996年ですが、当時はHTMLのバージョンが4にもなっていない時代で、ページのHTMLの記述法が現在では非常に古くなっていたため、最近暇なときに少しずつHTML5に書き直していました。と言っても、ページの見た目はほぼ変わらないので、単に自分がHTML5を覚えたいというだけなのですが、しかし一部見た目が変わった部分も有ります。例えばこのページでは、画像を横に4つ並べていますが、以前はこれをtableを使ってレイアウトしていたため、横幅が広くなるので、スマートフォンで表示させるとページ全体が縮小されてしまいました。このそれぞれの画像と下の説明文をまとめてdisplay:inline-blockを指定して並べると、PCの横幅が広い画面では4つの画像が横に並び、スマートフォンの横幅が狭い画面ではこれが縦に並びます。こういう修正は結構面倒なのかと思っていましたが、思いのほか簡単でした。

2020/5/18

記号としての言葉

以前、日本語が少しできる中国人から「君」と呼ばれて少しびっくりしたことがあります。何故びっくりしたのかと言うと、日本語の日常の会話で、人に対する呼びかけとして「君」を使うことはほとんど無いからです。私自身の経験としては、人から「君」と呼ばれたことが有るのは、大学院時代に研究室の教授が、学生に向かって怒る時に「君ねえ!」とか言うので嫌な感じでしたが、まあそれくらいです。普通こんな気障な言葉は使わないですよね。この中国人は、ちゃんと学校で日本語を勉強したわけではなく、日本の漫画やアニメを見て日本語を覚えたのだそうで、だからこんな変な日本語を使うのです。実際、日本の漫画、アニメ、小説、映画、歌の歌詞などには、他人に対する呼称として「君」は結構使われています。日常のリアルの中では違和感がある言葉も、創作物の中においては様式美的に使われるものです。

ちょっと違う例ですが、NHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」の中で、あまちゃんのお母さんが若い時に、東京でタクシーを捕まえて乗るシーンで、「世田谷まで」と言ったので、一瞬これは変な台詞だなと思って、タクシーの運転手もそのまま走り出したので、お前どこに行くつもりだよ?と思わずツッコミを入れてしまいました。東京の地理に慣れている人にはわかると思いますが、世田谷というのは結構広くて、例えば三軒茶屋も二子玉川(いずれも田園都市線)も世田谷区だし、自由が丘(東横線)も下北沢(小田急線)も世田谷区です。「世田谷まで」とか言われても、どこに行きたいのかわかりません。例えばこれが「渋谷まで」とかだったら、渋谷区も結構広いですが、これは多分渋谷駅のことだろうと思いますが、しかし世田谷の場合、例えば世田谷線世田谷駅というのが世田谷区世田谷4丁目に有りますが(知ってます?)超小さな無人駅ですから。それでは一体、何故「あまちゃん」の脚本家はこのような台詞を書いたのでしょうか。「あまちゃん」は、岩手県久慈市と東京の上野を主な舞台とし、この二つの舞台が頻繁に入れ替わります。ドラマの中のセリフとして、このシーンでは東京のとある住宅地(上野ではない)へ行く、ということを簡潔に示す必要があったのですが、そこで便利だったのが世田谷だったのだと思います。日本人の多くは、世田谷と言えば東京の住宅地、というくらいのことは知っているからです。この「世田谷まで」は、リアルな言葉というより、解り易さのための一種の記号のようなものです。

ちなみに、「あまちゃん」のお母さんがタクシーで向かった先のロケ地は、実際に世田谷区深谷の住宅地で、春には川辺の桜並木がきれいなので散歩するのに良い所です。


2020/4/15

アレンジを真似している曲

1980年頃、当時私が日本のアーティストの曲を聴いて、これはカッコいい、と思ってレコードを買ったのだが、実はそのまさにカッコいいと思った曲の部分が、海外の他のアーティストの曲にそっくりであった、ということがよく有ったのを思い出しました。
例えばこれ。 「君はだまっていても嘘をつく」で、ボーカルと掛け合いのように入るベースの細かいリズムが、新しくてカッコいいと当時思ったのですが、実はこれがTotoの曲にそっくりでした。またこの2曲はイントロのギターもよく似ています。 この2曲のアレンジが似ているのはとても有名。Wikipediaにも書かれていました。"It's The Falling In Love"にはMichael Jacksonのカバーバージョンも有り、そちらのほうが有名かもしれないけど、オリジナルであるCarole Bayer Sagerのバージョンのほうがよく似ています。 これはイントロの最初の部分5秒間程度のギターが似ているだけ。たったこれだけですが、曲の掴みの部分だから結構印象に残ります。 "Sir Duke"は間奏部のホーンとベースのユニゾンがとても有名ですが、それをホーンの微妙なニュアンスも含めて真似しています。

1980年前後といえば、日本にニューミュージックと呼ばれる音楽ジャンルが存在していた頃で、米国ではクロスオーバーやAORが盛んだった頃。みんな明らかに真似してるんですが、こうやって日本のポップスもカッコよくなっていったのですな。


2019/4/9

他山の石

「他山の石」という言葉がありますが、これは中国の古典をもとにしているため、中国でも同じように「他山之石」という四字成語や、「他山之石、可以攻玉」という八字成語があります。しかしこの言葉の意味は、実は日本と中国とでは少し異なっているのです。

日本での意味は、例えば広辞苑でこの言葉を調べると、次にように解説されています。

他山の石以って玉を攻(おさ)むべし
[詩経(小雅、鶴鳴)] (よその山から出た粗悪な石でも、自分の宝石を磨く役には立つという意から) 自分より劣っている人の言行も自分の知徳を磨く助けとすることができる。

このように、他山の石とは、「粗悪な石」であり、「劣っている」人の例えであるとされています。

ところが中国では、同じように「自分を磨くために他者から学ぶ」という意味はありますが、しかしこの「他者」には、「粗悪である」とか「劣っている」というような意味は持たせていません。むしろ逆に中国では、他者の「良いところ」から学ぶ、という意味で使われるのが普通です。 例えば、中国の百度百科でこの言葉は次のように解説されています。

他山之石,可以攻玉的意思:别的山上面的石头坚硬,可以琢磨玉器。既比喻别国的贤才可为本国效力,也比喻能帮助自己改正缺点的人或意见。
【日本語訳】
他山之石,可以攻玉の意味:他の山の石は硬く、宝石を磨くことができる。他国の才能のある人材を自国で活躍させることができる例えであり、人の意見が自分の欠点を改善する助けになるという例えである。
「他山の石」とは「他国の才能のある人材」の例えとされています。
また由来となっているこの中国の古典「詩経(小雅、鶴鳴)」の現代中国語訳文は、幾つかのサイト [1] [2] [3] [4] を見ると、いずれも「他山の石」のことを「他方山上有佳石」のように訳していて、これは「他山には良い石がある」という意味です。

ところで日本のネットなどでこの言葉を調べると、「他山の石」というのは劣っているものの例えであるから、先輩や先生など目上の人に対して使うのは誤り、とされている場合がほとんどですが、しかし不思議なのは、その説明として、由来となったこの中国の古典、詩経を根拠にしていることです。例えば文化庁のページ、文化庁月報・連載「言葉のQ&A」でも、その根拠をこの中国の古典にあるとしています。しかし当の中国では「他山の石」は良い石だと言っているのだから、それは根拠にならないのではないでしょうか。

それでは実際に詩経ではどういう意味で使っているのでしょうか?
そこで、この詩経(小雅、鶴鳴)を読んでみましょう。

鹤鸣于九皋,九皋:深く入り組んだ沼
声闻于野。
鱼潜在渊,
或在于渚。渚:水辺の中の小さな陸地
乐彼之园,
爰有树檀,爰:語気助詞で意味は無い
其下维萚。萚:落ち葉
他山之石,
可以为错。错:玉を磨く砥石

鹤鸣于九皋,
声闻于天。
鱼在于渚,
或潜在渊。
乐彼之园,
爰有树檀,
其下维榖。
他山之石,
可以攻玉。攻:製造、加工する

日本語訳(私が訳しています)
沼地に隠れて鶴が鳴き、
その声は野に響く。
魚は深いよどみに潜っていて、
時折岸辺に浮かんでくる。
この庭園はなんて気持ちが良いのだろう、
白檀の木が生い茂り、
その下には落ち葉が積もっている。
他の山から来た石は、
宝石を磨く砥石にもなる。

沼地に隠れて鶴が鳴き、
その声は空に響く。
魚は岸辺に浮かんでいて、
そしてまた深いよどみに潜っていく。
この庭園はなんて気持ちが良いのだろう、
白檀の木が生い茂り、
その下には実がなっている。
他の山から来た石で、
宝石を作ることもできる。

詩の内容は、庭園の自然な美しさを称えるものです。詩全体から伝わるのは、美しいもの、優れたものは、隠れて見えなくても、価値がわかるものだ、というメッセージです。詩の中に出てくる、鶴、魚、檀、石、この4つが、隠れている優れたものを象徴しています。この4つのうち、鶴、魚、檀、の3つはその言葉からして優れたものを表していることがわかりますし、いずれも「隠れている」という描写がされています。しかし石については「隠れている」ではなく「他山の」という表現がされています。これはどういうことでしょうか。何故元からここに有った石ではなく、他の山から来た石なのでしょうか。それは即ち、他の山から来た石は馴染みがないので、最初見たときは何の価値があるのか分からなかったけれど、実は硬くて宝石を磨くことができる優れた石だった、というふうに解釈できます。石についてはこうして「隠れた価値」を表現していると考えるならば、詩全体のメッセージに結び付きます。

おそらく日本での解釈は、最後のフレーズに出てくる石と玉の二つの文字に着目し、玉=優れたもの、石=劣ったもの、という相対する優劣を表現したものと解釈し、そこに意味を見出そうとしたのかもしれません。実際に中国の成語には「玉」と「石」の両方の文字を使った成語が幾つか有り、例えば「玉石混淆」などは日本でも使われますが、それらのほとんどで玉と石を優れたものと劣ったものの対比として意味を持たせているので、そこから類推したのではないでしょうか。


2019/3/10

スマートフォンでの表示に対応

最近このサイトをスマートフォンでの表示に対応させました。

このサイトは2004年頃以降、ほとんど更新せずにほったらかしにしていましたが、その後スマートフォンが登場し、しかしスマートフォンでこのサイトを表示させると、画面が非常に小さく縮小されるため、文字がほとんど読めなくなってしまうのですが、しょうがないなあ、と思うだけで何もしないでいました。

ところが最近になって、特に何かきっかけが有ったわけではありませんが、ふと思いついて、スマートフォンで表示させても文字が読めるくらいに手直ししてみようと思いました。手直しと言っても、スマートフォン専用にデザインし直すなどという面倒なことはせずに、やった事は基本的に次の二つだけです。

ひとつは、htmlファイルの<head>部分に、次の一行を追加します。
<meta name="viewport" content="width=device-width">
PC用にデザインさせたページをスマートフォンで表示させる場合、画面の幅をデフォルトで980pxとみなして表示するようになっているため、ページ全体が縮小されて非常に小さくなってしまいます。それを、実際のスマートフォンの画面の幅に合わせて表示させるように設定します。
私がこのサイトを作り始めたのは1996年ですが、その頃のPCは画面の幅が640pxのものが多く、また人によってはプラウザの左側にお気に入りを表示させている場合があるため、ページを表示させる画面は500pxくらいを標準と仮定して、それに収まるようにこのサイトのページをデザインしていました。だから、スマートフォンの320pxとか360pxとかに無理やり合わせても、まあ表示できないことはないのでした。

もうひとつは、CSSファイルに次の一行を追加します。
-webkit-text-size-adjust:100%;
これは、スマートフォンを縦向きと横向きに変えたときに、文字サイズを自動調整する機能があるのですが、これがあると、横向きにした際に文字だけ大きくなってしまったりするので、これを機能させなくします。

他には、スマートフォンの狭い画面で表示させる場合は<dd>などのマージン幅を小さくする工夫を入れています。例えばスタイルシートに下のような記述を追加します。
@media screen and (max-width:640px){
dd { margin-left:10px; }
}
@media screen and (min-width:641px){
dd { margin-left:40px; }
}


2019/1/23

現金を持たない習慣

年末の休みに、中国南方の都市を何箇所か周る旅行をしてきましたが、そのうちの1日だけ香港に行きました。深圳のホテルに宿泊して、朝に鉄道で香港へ行き、夜に深圳のホテルへ戻って来ました。しかしその際、香港の駅に着いて、地下鉄に乗ろうとした時、香港ドルをホテルに置いてきてしまったのに気づきました。香港へは今まで何度も行ったことがあるので、余らせた香港ドルを自宅にいくらか持っていて、今回も旅行の荷物には入れてきていましたが、深圳のホテルから香港まで30分足らずで行けるので、ほんの外出気分でホテルを出たら、香港ドルはスーツケースに入れたままで持ってくるのを忘れたのでした。

何故こんなことになるかと言うと、最近は出かける時に現金を持つという習慣が全く無くなっていたからです。中国ではQRコードを使ったスマホでの支払い(AlipayやWeChat Pay)が普及しているので、どこで買い物をしてもスマホで支払いができないことは無く、むしろ自動販売機などスマホのみで現金が使えない場合が多いくらいです。ここ1年の間、私が現金を使ったのはたったの2回、それも2回とも上海へ出張したときで、私が住んでいる北京においては、ここ1年間現金は一度も使っていないのでした。だから普段買い物や食事に出かける時などに財布を持つことは無く、スマホだけ持って出ます。慣れてしまうと、現金を持つという意識が無くなってしまうようです。

なお、香港や上海では地下鉄の切符を買うのに現金が必要だったりするのですが、中国の他の都市では、私の知っている限りではどこでも、地下鉄の切符はスマホで買うことができます。香港や上海は、かなり早い時期に地下鉄が発達したので、逆にそれが障害となって、新しいシステムへの対応が遅れているのかもしれません。そのあたり、香港や上海は日本と似ています。


2019/1/14

青い傘

太田裕美の1976年のアルバム「12ページの詩集」に収録されている曲で、荒井由実(当時)が詞と曲を書いた「青い傘」という曲があります。私が高校生だった当時に聴いていたこの曲を、先日約40年ぶりに聴いてみました。そうすると、私が40年前にこの曲に持っていた解釈が、今聴くと少し違って感じたので面白かったです。

この曲の歌詞に「私のさしてる青い傘は、歩道に浮かんだしみのようね」というフレーズがあり、この「しみ」という表現が非常に印象的なのですが、これが何を表わしているのか、いろいろな解釈ができるのです。

40年前の高校生だった時の私の解釈は三つあり、
一つ目は、「あなた」が階上の部屋の窓から見下ろしたとき、青い傘は雨に滲んでしみのように見える。自分は「あなた」にとってそんなぼんやりした存在でしかないということ。
二つ目は、歩道の色がそこだけ傘の色に染まってしまったかのように、長い時間ずっと一人で立っていたということ。
三つ目は、青いしみといえば、インクのしみのこと。青いインクで書いた手紙に、涙が落ちればしみになってしまっただろう。 1975年のアルバム「心が風邪をひいた日」に収録されている「青春のしおり」という曲に「涙にしみた青いインク」というフレーズがあり、それを連想していました。

ところが40年経って聴いてみて、また違う解釈を持ったのでした。
それは、「しみ」と言ったら、どちらかと言えば、洋服のしみなど、そこに有って欲しくないもの、見つけたら驚いて、嫌な気持ちになり、すぐ消してしまいたくなるもの。こんな、約束もせず「あなた」の家までやってきて、もし気づいたら、「あなた」にとっては迷惑だろう。自分がそのような存在だとわかっていながら、そうせざるを得ない、いやむしろ、迷惑だとわかっているからこそ、わざわざ自分の姿を見せに行く、そういう「あたな」に対する恨みのこもった思いではないか。

私の見方が変わったのは、私が年をとったせいかもしれませんが、太田裕美の初期の頃の曲は松本隆が多く歌詞を書いていて、松本隆の書く世界には、「木綿のハンカチーフ」のような控えめで健気な女の子がよく登場するので、その世界に当てはめて解釈していたように思うのですが、これをユーミンの書いた歌詞だと意識して聴くならば、ユーミンという人は、きれいな言葉を使っていても、実は女の内面のドロドロした世界をよく描いているので、そういう見方をしたのかもしれません。

ところで何故こんな昔の曲を今改めて聴いていたのかと言うと、昨年秋ごろになって、iTunesやApple Musicで、それまでずっと配信されていなかったユーミンの曲が一挙に配信が始まり、それを機に、最近私は昔のユーミンの曲を聴き返していたのでした。そんな中で、ユーミンが他の人に提供した曲のうちで、この「青い傘」をユーミン自身がとても気に入っていたらしいことを知り、ちょっと興味を持ったのでした。

以下、歌詞の引用です。

「青い傘」
作詞:荒井由実
作曲:荒井由実

たわむれるような口づけは
遠い夏の日のかげろうね
会えない日々にほほえみが
ぬれた花のようによみがえる

長くつきあっている人が
あなたにいるときいたけれど
一人不安を打ち消して
電話待ってた長い夜

最後に手紙を書いたけれど
泣き事ばかりで破りすてた
あなたに渡していたとしても
らしくないわと笑うだけ

何の約束もしないのに
早い電車で会いに行った
雨のシトシト降る中を
住所たどって歩いた

私のさしてる青い傘は
歩道に浮かんだしみのようね
あなたが気づいてくれたならば
何も言わずに帰ります

最後に手紙を書いたけれど
泣き事ばかりで破りすてた
あなたに渡していたとしても
らしくないわと笑うだけ

私のさしてる青い傘は
歩道に浮かんだしみのようね
あなたが気づいてくれたならば
何も言わずに帰ります


2015/6/17

イニシエーション・ラブ

これは乾くるみの同名小説を映画化したものです。この小説は面白いから読めと言っている人がいたので、私は数年前に読んでみました。最初のうちは「随分ヌルい恋愛小説だなあ」と思って読んでいたんですが、後半に舞台が変わった辺りから何だか違和感を覚え始めて、そしてずっと違和感を持ったまま最後のページに来て最後の台詞を読んだ時、「ええっ!そうだったの!!」とびっくりし、そしてもう一度最初から読み直す、という小説です。こういうふうに、読者を騙すことができるのは、小説が文字のメディアであるからで、これを映像にしてしまったら、騙すことはできないはず。

だからこれが映画化されると聞いて、映像のメディアで一体どうやって騙すのか、非常に興味を持ったのです。
で、映画を観てみたら、物語が前半から後半に移るところで、なんとびっくり思いもよらない力技を使うので、面白過ぎて椅子から転げ落ちそうでした。これはやられました。映画を観る前に原作小説を読んでしまっている人にとっては、トリックはばれているので、その面白さは無くなってしまうのですが、むしろ逆にこれはネタバレしていたほうが面白いかもしれない。原作小説を読んでいる人も、読んでいない人も、それぞれ別の意味で楽しめるようになっている。すごいですね。

ちなみに、こういう文字のトリックで騙す小説は他にもいろいろ有ると思いますが、歌野晶午の「葉桜の季節に君を想うということ」は面白いです。人によっては騙されて落ち込んだ人もいるようですが、私は騙されて結構気持ちよかったです。


2014/7/20

血液型性格分類

7月19日のニュースで、九州大学の縄田健悟講師(社会心理学)という方が、血液型と性格に関連性は無いという統計解析結果を発表したという記事が有りました。これには何を今更とも思いましたが、しかしある程度の科学的知識の有る人ならば、血液型と性格を関連付けるのは意味が無いことくらいは解るはずなので、この人も社会心理学が専門ならば、そんな事を研究するのではなく、なぜ日本社会においてこのような考え方が広まっているのかを研究したほうが良いのではないかとか思いました。

血液型性格分類というのが日本だけで信じられているというのは有名な話で、例えばWikipediaの「血液型性格分類」に対応する他言語版を見ると、英語版では"Blood types in Japanese culture"という項目として掲載されているなど、これは日本独自の文化なのです。

では、何故日本社会でこのような考え方が根付いているのか、その理由については色々な説が言われていますが、これについて私も以前に考えたことがありました。

私は1980年代に大学を卒業して会社に就職しましたが、会社に入る前には、友人達との会話の中で、血液型が話題に上ることはほとんど有りませんでした。ところが会社に入ってからは、その当時は、会社の部課単位での飲み会というものがよく行われていて、月に一度くらいは課の全員が居酒屋で飲み会をするのですが、その飲み会の席で毎回必ずと言っていい程、血液型の話題が出て来るのです。最初これが不思議でしょうがなかったのですが、ある時ふとその理由が解りました。会社の飲み会というと、そこに参加しているのは、下は高校を卒業したばかりの19歳の女の子から、上は頭の禿げた60歳のおじさんまで、様々な年代の人がいるわけですが、部課の親睦のための飲み会だから、あまり若い者同士やおじさん同士だけの会話に分かれず、全員が参加できる話題で盛り上がれるように、皆で気を遣ったりするわけです。なので話題と言えば、社内の誰それが結婚しただの、そういう皆が共通で加われる話題で盛り上げたりするのですが、しかし全員に共通する話題というのはそれ程多くないので、そのうち話題が途切れて、ちょっと場が盛り下がってしまったような時に、必ず誰かが血液型の話を始めるのでした。血液型の話題というのはこういう場面にうってつけで、血液は誰にでも有るので、老若男女を問わず全員が当事者として話題の中心に入ることができ、その場にいる一人一人に対して「お前はB型だろ!」とかやってると、それなりに盛り上がるのでとても便利なのです。

血液型以外でも、こういう、何かで人を分類して、それに基づいて性格を当てはめたりする話は出来そうですが、しかし例えば、性別とか、出身地とかで性格分類するのは駄目です。血液型だから良いのです。血液型では、「お前はB型だから自己中なんだよ」とか言って、人を馬鹿にするような言い方をしても、あまり問題にはなりません。それは、これが特定個人を批判したり差別したことにはならないからです。これが例えば、「お前は女だから」とか言ったら性差別になるし、「お前は東北出身だから」とか言ったら地方差別になるし、たとえそれが馬鹿にした言い方でなかったとしても、言われた人は差別されたと感じます。それらが差別となる理由は、実際に性別や地方の違いによって社会的な不公平が存在しているからです。血液型の場合に重要なのは、血液型の違いによって『社会的な不公平が生じないことを誰もが了解している』ことです。これによって、飲み会の席で誰かがB型を馬鹿にしたとしても、それでそのB型の人が傷ついたりすることはなく、あくまで飲み会の席でのネタとして笑っていられるのです。

日本で血液型性格分類が広まったのは、このように集団における協調性を重視する日本的な社会習慣が、理由のひとつではないかというのが私の考察でした。

ところが今回のニュース記事をみると、

『血液型による性格診断によって就職や人事などで差別される「ブラッドタイプ・ハラスメント」の問題が指摘されている』
と書かれており、これは状況が違って来たのかもしれません。つまり、本来なら血液型は差別に繋がらないからこそ、飲み会ネタにされていた訳ですが、今では差別に繋がるようになってしまったということでしょう。

採用面接で血液型の質問などをしている企業の人事担当の人は、飲み会ネタがネタであるとは分からず、真に受けてしまったということでしょうか。もしもある企業が、経理部門には几帳面なA型を、営業職には行動力のあるB型を、みたいなことをしているとしたなら、その会社の飲み会では血液型が話題に上がることはまず無いでしょう。


2013/11/20

0120

日本に住んでいる方々は気が付かないかもしれませんが、海外に住んでいる日本人にとって、最も困っているものが、実は、電話番号の「0120」というやつです。

今の時代、ネットが発達しているので、海外で暮らしている日本人も、日本とのやり取りで困る事などほとんど無いですが、唯一困るのがこの「0120」なのです。例えば、海外に住んでいる日本人が、資生堂の化粧品を愛用していて、商品について日本の資生堂に電話で問い合わせをしようとすると、資生堂への問い合わせ番号は「0120-81-4710」という番号なのですが、この「0120」のフリーダイアルというのは、海外からは繋がらないのです。つまり、海外に住む日本人は、日本の資生堂に問い合わせをすることが出来ないのです。

こういったケースは、海外に暮らしていると結構頻繁に遭遇します。私も日本人ですから、プライベートでも仕事でも、日本の企業などに問い合わせをすることがしばしばありますが、しかし日本の企業のほとんどは、連絡先の電話番号として、「0120」のフリーダイアル番号のみを設定しているため、これには海外から電話をかけることができません。海外に住んでいる日本人は何万人もいると思いますが、私たちは、日本のほとんどの企業から、連絡するな、と拒否されているようなものです。結構悲しい思いをしています。

ごくまれに、「海外からの問い合わせの場合」として市外局番から始まる電話番号を表示してくれている企業も有ったりして、そいういうのを見ると、ああ、なんて良心的な企業なんだ!、と感動する程です。

日本の企業の多くは、海外に住む人のことなんか、実は全然考えていません。


2013/10/19

伸びしろ

中国に住んでいると、最近の日本の流行語が結構気になります。例えば、新しく耳にするようになった日本語に「伸びしろ」という言葉が有りますが、これは2005年頃にスポーツ界の誰かが、「糊しろ」をもじって作った言葉が広まったようで、既に国語の辞書にも載っているらしいです。この言葉が急速に一般化した背景には、こういう意味を表す日本語が、今まで無かったためと思います。

そう思ったのは、実はこれによく似た中国語が有り、私が勤務している北京の会社で採用面接を行う際に、応募者の大学生がよく口にする言葉で「発展空間」という中国語が有ります。これに相当する日本語が思い付かないので、日本語に訳す時もそのまま「発展空間」と言っていますが、これは、学生が会社に入ってから、どれだけ自分が成長し、能力や給与などを高められる余地が有るのか、という意味です。日本で流行りの「伸びしろ」が、個人の潜在能力のみを表しているのに対し、「発展空間」は、それに加えて、与えられる環境や待遇も含んでいるところが違います。この違いは、日本人と中国人の考え方の違いの現れであるようにも思えます。中国人学生は面接の時、「私は成長したい」とは言わずに「会社は私を伸ばしてくれるの?」と聞くのです。面白いでしょう。

ちなみに私個人的には、「伸びしろ」という表現は、伸びる程度が1cmくらいしかないように感じてあまり好きでは有りません。糊しろというのは普通1cmくらいですから。新聞のコラムなどで「日本は成長の伸びしろが小さくなったところに、新興国が台頭し...」などと書いてあるのを見ると、日本はもう1cmも伸びる余地が無いのかと思ってがっかりしてしまいます。


2013/9/18

電球

先日、アパートの部屋の電球が一つ切れて、アパートの倉庫にも予備の電球がたまたま置いてなかったため、自分で買いに行きました。しかし、幾つか電器店を回りましたが、どの店も扱っている電球の種類が少なくて、同じ物が見付からず、結局、北京市の外れにある「灯飾城」という、電灯ばかりを専門に扱っているマーケットまで行き、そこでやっと購入できました。

これは日本で言うならば、電球一個買うのにわざわざ秋葉原まで行くようなもので、北京に住んでいると、こういう不便な事態をしばしば経験します。私の個人的な感覚から言うと、私は子供の頃農村の田舎に住んでいたので、何を買うにも電車に乗って隣町まで行かねばならず、その頃の不便な感覚がちょうどこの北京に似ています。北京は見た目は大都会ですが、機能面から言うと実は「巨大なる田舎」です。


2013/8/17

環内環外

北京には「環内」「環外」という言い方が有ります。

どういう意味かと言うと、東京で言うと環状8号線にほぼ相当する5環路という環状道路の中と外という意味です。何故そういう言い方をするかと言うと、 この5環路の中と外とでは、街の様子が全く異なるからです。北京から車で郊外に向かい、5環路から外に出ると、そこから先は地平線の見える荒れた平地に小麦やトウモロコシの畑が広がり、点々と存在する農民の家は崩れかけたレンガ造りで窓ガラスも無く、時折見える商店街は、まるで貧困層の住むスラム街のようです。そして郊外から車で北京へ帰ってくると、5環路を超えた途端、突然近代的なビルの立ち並ぶ街が出現し、北京という街は、まるで砂漠の中に浮かぶ蜃気楼のように感じられます。

こういうところは上海や広州などの都市と異なる点で、上海から車で西の郊外に向かって走ると、どこまで行っても裕福な住宅地が広がり、ほとんど東京から小田原に向かって車を走らせているのと変わらない感じがします。

こういうところを見ると、北京という都市は、首都だからお金が有るけれど、それを取り囲む地域そのものはとても貧しく、一方、上海や広州などの都市は、その周辺地域そのものが豊かなのだ、という事が感じられます。中国の市場を考える際、北京が必ずしもその代表にならないのは、こういう特殊な環境も関係していると思います。

ちなみに私が勤務する会社は「環外」に有ります。


2013/7/16

中国人の運転

北京で車に乗っていて恐怖を感じる事の一つに、信号や渋滞などで止まっている時に、目の前に止まっているトラックやバスが、突然ギアをバックに入れて下がってくるというのが有ります。こちらが警笛を鳴らしても止まらないと結構怖いです。私の同僚のひとりは実際に一度、バックしてきたトラックに乗っていた車のバンパーを潰された事があります。

日本では滅多に見ないこういう事故は、北京ではとても多く、車がぶつかっている現場をほぼ毎日見かけます。この原因は単純に、中国人の性格として、「自分がバックしたい、と思ったから、バックする」けれど、「周りとか後ろの事は何も考えていない」のです。

こういう「周囲への影響を考えない」という性格は、中国人のあらゆる行動に現れていて、例えば、上映中の映画館の客席で、携帯で大声で話してるのとか全然普通で、日本で言う「上映中はマナーモードにしましょう」とかそういうレベルの話では有りません。


2013/6/15

中国の戸籍

今年7月に北京の大学を卒業する中国人の学生で、私の会社への採用を決めた学生が1人いましたが、それが7月の卒業間近になって、別の会社へ就職するため、入社を取り消すことになってしまいました。その別の会社というのは、私の会社より給与は少ないし、業務内容も本人の希望とは少し違うようでしたが、にも関わらずその会社に変えた唯一の理由というのが、「その会社に入社すれば北京の戸籍を取らせてもらえるから」というものでした。

この「北京の戸籍」とは一体何かと言うと、中国には非常に特殊な戸籍制度が有り、例えば、北京に暮らして北京で働いている人でも、地方出身で北京の戸籍を持っていないと、北京では車も家も買う権利が無く、子供も北京の学校へは通うことができません。また先日6月28日には中国本土から台湾への個人旅行が解禁されたというニュースがありましたが、これも、解禁されたのは、北京、上海、厦門この3都市の戸籍を持っている人に限られているのです。このように「北京の戸籍」は持っているだけで様々な特権が得られるため、就職を探す人にとっては、非常に美味しいのです。会社が社員に戸籍を取ってあげるためには、会社が備えるべき必要な条件が色々有るのですが、残念ながら私の会社にはその資格が有りません。

この特殊な中国の戸籍制度というのは、国内の人口移動を制限することによって、農村、地方都市、大都市それぞれの安定を保つ役割があります。ここ数年、省によっては、戸籍による区別の廃止や戸籍取得条件の緩和などが少しずつ進んでいますが、それでも北京市は、現在なおも人口増加抑制が大きな課題で、中国で最も戸籍取得の難しい都市となっているようです。


2013/5/15

ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日

この映画は、北京から上海へ行く飛行機の中で観ました。

観ている途中で、これは映画の一部がカットされているのではないか、と思った部分が有りました。中国で上映される海外の映画では、一部カットされることはよく有るからです。その部分とは、船が遭難して少年が救命ボートに乗った後、更にシマウマ、オランウータン、ハイエナが乗り込み、なんだか桃太郎みたいな面子になって、何か始まりそうだな、しかしまだトラがいないな、と思ってしばらく観ていたら、ようやくトラが登場したかと思いきや、その次ぐらいのシーンでは、いきなり他の3匹の動物達は皆いなくなっていて、少年とトラだけになったので、他の動物達はどうしちゃったのか、きっと残酷シーンだとかでカットされちゃったのかな、と思ったのです。そして、映画の最後になって、もう一つの別の物語が提示された時、えっ、そこって実は一番大事な部分ではないですか!とその時は思ったのでした。

そのもう一つの物語の中で、「トラは自分自身」と言われて、あ、そういう事だったのかと気が付いて、つまり、菜食主義者である少年が、肉食獣であるもう一人の自分と闘っていたという話だったのかと、それが判った時、あの謎の浮島が実は何を象徴していたのかとか、思い出していったらすごく気持ち悪くなってしまった。映画の最後で、「どちらの物語が好きか」と聞かれたら、多分誰もが同じように「トラの出てくる物語」と答えるだろうけれど、しかし心の奥では、もう一つの物語をなぞっている、という、そういう映画だったのですな。こわいですね。私がカットされたと思った部分は、多分あれをそのまま映像化してしまったら、もう一つの物語がリアルに想像されて気持ち悪過ぎるだろうから、敢えて映像としては描写せず、観客の深層心理の中で描かせて、表面的には美しい映像のままにしようとしたのでしょうね。こわいですね。


2013/4/13

口感

中国人がよく使う言葉に「口感」(コウカン)という中国語が有ります。これは、物を食べる際の、食べ物の歯応えや舌触りなどのテクスチャーを意味する言葉ですが、中国人は食事をするとき、「これ美味しいね。口感がいい。」みたいにほぼ毎日のように使います。日本人も、「これ、コリコリして歯ごたえがいいね。」みたいに擬態語を使って表現することがありますが、使用頻度は中国人に比べかなり低いように思います。

実は先日、私は酷い風邪を引いて、匂いとフレーバーを全く感じなくなってしまい、味覚と言えば、甘い、しょっぱい、酸っぱい、辛い、苦い、以外は全く判らなくなってしまったため、魚はしょっぱいだけ、果物は甘いだけ、コーヒーは苦いだけ、と全てが変な味になってしまいましたが、それでも食事をしながら、いつもと同じように「これ美味しいね」などと思っていたので、これは一体何故かと考えたら、実は「美味しい」というのは「味覚」よりも「口感」で判断する部分が大きかったのだと初めて気が付きました。


2013/2/10

ネット規制

中国ではネットが厳しく規制されているので、Twitter、Facebook、YouTubeなどは全く使えず、Googleも半分くらいしか使えません。私個人的にはTwitterやFacebookは使わなくともあまり困りませんが、YouTubeが見れないのはとても痛いです。たまに中国以外の国へ出張や旅行で行くことがあると、夜はホテルの部屋にこもってパソコンでずっとYouTubeを見ている、などというバカな過ごし方をしてしまったりしています。

2013/1/9

北京のドーナツ化

先日、私の住むアパートの前にあったスターバックスが閉店するという、現在の中国経済を象徴する(?)出来事が有りました。

私の住んでいる場所は、北京のCBD(Central Business District)と呼ばれる地区ですが、ここは私が5年前に住み始めた頃は、経済成長に伴う再開発が続いている最中で、高層オフィスビルが建設され、ホテルやショッピングセンターなどが次々と開きました。

こうした変化が、ここ半年くらいの間に転換点を迎えているようです。どういう事かと言うと、私の自宅近くに有ったスーパーマーケットやレストラン、自動車ショールームなどが次々と閉鎖し、その跡はいずれも空家状態となっています。閉店したスターバックスも、結構繁盛していたのに、どうしたのか聞いてみたら、その理由は「家賃が高すぎるから」だそうです。

北京の家賃はと言うと、私も北京に住んでいる5年の間に、家賃上昇のため2度の引越しを余儀なくされ、引っ越す毎に部屋が小さくなっています。

中国経済は投資のアンバランスが限界に来ているようで、少なくとも、北京経済の中心であるCBD地区は、地価が高いだけのゴーストタウンと化しつつあります。


2012/12/1

和諧

昨年7月に中国温州で事故を起こし多くの死者を出した高速鉄道は、列車の名前を「和諧号」といいますが、この「和諧」という言葉は、数年前から中国政府が掲げるスローガンに使われていて、街の至る所に「和諧社会を目指そう」みたいな横断幕が掲げられていたりします。

「和諧」とは「調和が取れている(色彩や音などが)」という意味で、中国政府の言う「調和が取れている」とは、格差や対立や社会不安が無い、という意味のようですが、この「和諧」という言葉が、最近中国の若い人の間で、違った意味で少し流行していたりします。

どういう使い方をするかと言うと、例えば、中国では、ネット検索でやばいワードを検索すると途端にネットが切断されたり、ネットの掲示板にやばい事を書き込むと、1分足らずの間に書き込みが削除されたり、海外テレビのニュースを観ていて、中国的にやばい話題になると、突然画面が3分間くらい真っ暗になったりとか、そういう事がよく有りますが、そういう時に、
「あっ、和諧されちゃった!」
と言います。

中国の人は、結構こういうクールな冗談を言うものです。あの高速鉄道事故も、その名の如く事故そのものが「和諧」されてしまいましたが、こんな事を書いているこの記事も「和諧」されてしまって、皆さんの所に届いていなかったりするかもです。


2012/11/21

長城遭難事故

報道されていたように、今月初め11月3日に、万里の長城付近で日本からのツアー客が遭難する事故が起こりました。11月の万里の長城と言えば、私も一度行ったことがありますが、長城まで登ったところ、気温は氷点下で風が非常に強く、持っていたペットボトルが凍るほどで、とても我慢できず、何も見ないですぐ下りて帰って来ました。

この事故を伝えるニュースによると、旅行会社が参加者に用意させていた服装は、薄手のセーターやフリースなどだったそうで、多分彼らは、北京では10月から11月にかけて急激に寒くなることや、万里の長城が標高1000M以上の険しい山の上にあることを、計算に入れていなかったのかもしれません。しかも、事故の有った11月3日の晩は、北京北部では暴風雪警報が前日から出ていたので、あれは十分予想できる状況でした。


2012/8/8

緊急脱出用ハンマー

今北京では、自動車の緊急脱出用ハンマーが飛ぶように売れているそうです。ある自動車用品店では、3日間で1000本以上が売れたとのことです。その理由は、先月21日に北京を襲った記録的な豪雨で、幹線道路のアンダーパス部分などに雨水が溜まって水深2メートル以上の水溜りになり、水没して動けなくなった車は北京市内で約2万台、北京市内の死者77名(政府発表)のうち何人かは、水没した車内から脱出できなかったための溺死でした。北京でこれだけ雨が降れば、こういう事態になりそうなことは、何年か住んでいれば予想がつくので、私は当日自宅から一歩も外へ出ず、冷凍餃子を茹でたりして過ごしました。

2012/5/16

蘭州ラーメン

4月18日から20日まで、蘭州で行われた植林活動に参加して来ました。
植林活動というのは、私の勤めている会社が、社員のボランティアを募って、蘭州の砂漠化している地域で緑化活動を行っているものです。

ところで蘭州と言えばやはり蘭州ラーメンなので、到着してすぐ食べに行きましたが、
「牛肉麺ください」と言うと、
「麺の太さはどうしますか?」とか言うので、今までそんな事聞かれたこと無いし、
「えーと、少し太めに…」と言うと、
「太めひとつねー」「あいよー」てな感じで、厨房の職人が麺の生地を引っ張り始めて、出て来た麺は確かに太めで美味しかったです。
私の会社に蘭州大学出身者がいるので聞いてみたら、
「私は『細2』です」
とか、その『細2』って何だかよく解りませんが、人によって麺の太さにも色々こだわりが有るようです。
蘭州ラーメン


2012/1/11

Windows 7

私が最近思うに、しばらく海外に住んでいて、だんだん日本に疎くなってくる事の一つに、ある種の日本語の音声情報が足りなくなってくるというのが有ります。例えば、「Windows 7」のことを日本の方々はやはり「ウィンドウズ セブン」とか読んでいるのでしょうか?ちなみに私の脳内では「ウィンドウズ なな」と読んでいますが、この前、日本のNTTの人と電話で話していて、「セブンですよね」とか訂正されてしまいました。
(でも、「98」は「きゅうじゅうはち」、「2000」は「にせん」なんだから、「7」は「なな」でしょ。)
他にも「WiFi」は「わいふぁい」と読んでいますか?とか、そういう最近使われるようになったIT用語などを日本では何て読んでいるのか分からなくなったりしています。目で見る文字情報ならば、ネットも有るし、本もAmazonで買えるので、あまり困らないですが、音声として聞く機会が無いとこうなります。

2011/11/30

FaceTime

この前、FaceTime(iPhoneなどに付いているビデオ通話)で日本にいる人と話しをしている時、ちょうどNHKで「江」の最終回をやっていたので、日本と北京の両方でNHKをつけて観てみたら、これが同時に放映している番組なのに、北京のほうは映像が日本より30秒くらい遅れて出ていました。これは北京へ届くのに30秒かかってしまうとかいう訳ではなくて、そういう技術を使ってわざと遅らせて、中国当局はこの30秒間を使って一所懸命検閲しているという、ご苦労様な話です。

ちなみにFaceTimeは映像や音声がとても良いので、日本でテレビの前に置いておいてもらえば、北京に居ながら日本のテレビがそのまま観れます。


2011/12/10

北京の地下鉄工事

7月に中国温州で起きた高速鉄道の追突事故に続いて、9月には上海の地下鉄でも追突事故が起きましたが、これらはいずれも共通のシステム設計に起因しているようです。ここ数年、中国では鉄道や地下鉄があまりに急速に延びているので、こんなにあわてて沢山作って大丈夫か?と思っていましたが、やはり大丈夫でもなかったようです。

北京でも現在新しい地下鉄の路線がどんどん延びていて、市内の至る所で工事が行われていますが、この北京の地下鉄工事というのは、面白いことに、その工事方法のほとんどが露天掘りなのです。まず地下鉄路線の計画地の上に立っている建物を全部壊し、そこに巨大な溝を掘って、地下鉄の線路と施設を作り、上から土で蓋って出来上がりです。更にその上に公園とか道路とか建物とかを作ります。この方法が、最も速く、低コストで、しかも地下鉄と街の再開発が同時にできてしまうという、まさに一石二鳥、と言うか、こんな方法、中国でしか出来ないですよね。


2011/6/15

ナンバープレートの抽選

最近北京で話題になっている言葉に「購車揺号」というのが有ります。これは何かと言うと、車を購入しようとするなら、まず抽選会に参加して、ナンバープレートを宝くじのように当てなければならないというものです。(「揺号」とは、番号をくるくる回すこと)

北京は車の渋滞世界一の都市なので、北京市は渋滞緩和を目的として、車のナンバープレートの新規登録を、今年から年間24万台に制限することにしました。これは昨年度の登録台数の約3分の1の数です。ナンバープレートの番号をもらうためには毎月の抽選会に参加して当てなければなりませんが、当たらない人のほうが多いため、抽選倍率は毎回増える一方で、5月の抽選会では、当選する確率は約3%と、もはや北京で車を持つのは絶望的な状態となっています。何かがおかしいような気もしますが、中国の政策とは大体こういうものです。


2011/6/1

僕かっこいい?

最近、北京の地下鉄に乗っていて驚く事の一つが、車内やホームなどで、携帯MP3プレーヤーのスピーカーを使って音楽を大音響で鳴らして楽しんでいる人が多いことです。日本で言う「イヤホーンからの音漏れに注意しましょう」とかそういうレベルの話ではありません。こいつら、何と身勝手な奴、なのかと最初思いましたが、しかし実はそれは思い違いというもので、彼らの様子をよく見ると、彼らは皆、「どうだい俺かっこいいだろ!」という顔をしていて、どうやら彼らにとってはそれが周囲への自慢のようなのです。日本とは随分価値観が違うと言うか何と言うか。

2011/3/27

ヨウ素

この前中国の人と話しをしていて、「え?日本の食塩にはヨウ素が入っていないんですか?」とか言うので、「日本人はワカメの味噌汁とか飲んでるから大丈夫だよ」と話しましたが、中国では市販の食塩にヨウ素が添加されているのは半ば常識になっていて、これは内陸部で不足しがちなヨウ素を補うため国策として行っているものです。似たような話では、英国や米国では小麦粉に鉄が添加されていたりするそうですが、日本でこういう話をあまり聞かないのは、日本は海に囲まれていて海藻や魚をよく食べるからでしょうか。

2011/3/26

東日本大震災

東日本大震災のニュースは中国のメディアでも連日大きく報道されていますが、その被害の甚大さもさることながら、この災害の中で、日本人のほとんどが、パニックにも陥らず冷静に秩序を保って対処している様子が、中国では相当な驚きをもって報じられています。中でも特に、被災者などに対して医療物資や食料などが民間からも無料で配布されているのは、「信じられない、有り得ない」と受け取られています。

中国では災害が発生すると、医薬品などの価格が急騰します。需要が増え、供給が限られる場合に価格が上昇するのは、市場経済の原則に従えば自然な現象ではありますが、更にそれに乗じて利益を得るための買占め、転売が相次ぐのが常です。中国ではこれを「発国難財」(国家の危機で金儲けする)と言います。

2008年の四川大地震の際ですが、私の会社に原料を納入している、被災地近くのメーカーが原料の供給を停止したため、私が稼動状況の確認と代替品調査のために工場を訪問したことが有りました。工場は地震の被害も受けてはいましたが、そのメーカーの商品は消毒薬の原料として需要が有ったため、メーカーの営業担当者は「この地震では結構儲けさせてもらったよ」と笑っていました。

2011年の雲南地震の際は、家を失った被災者へ無料でテントが貸し出されましたが、無料とは言え、貸し出しには保証金1500元が必要とされ、保証金を払えない被災者へはテントが貸し出されませんでした。これは、地震発生前は300元程度だったテントの価格が高騰していたためと、被災者がテントを売ってお金にしてしまうのを防ぐためでもあります。(ちなみに1500元は雲南省では平均月収以上の額であり、家を失った人が払えるものではありません。)

東日本大震災後に中国では、食塩に含まれるヨウ素が放射能汚染を防ぐという噂が立ち、スーパーに食塩を買い求める人が殺到してパニックになった時のこと、湖北省武漢のある男性は、6.5トンの食塩を買占めして3台のトラックで自宅に運んだ、という話がチャイナ・デイリーに掲載されました。このニュースを紹介したYahoo Japanでは、「バカじゃないの」と呆れた日本人のコメントが多く寄せられていました。しかし中国でこの人はバカとは思われていません。この人は、6.5トンの食塩の購入費用に2万7千元(ほぼ年収相当)かかったそうですが、もしその後食塩の価格が更に4倍に高騰したとすれば、一気に年収の3倍の儲けになるからです。災害こそ金儲けの好機、これが中国では「普通」なのです。ただ実際にはその後食塩の価格は急落してしまい、自宅の6.5トンの食塩はどうしようもなくなった、というのがチャイナ・デイリーが掲載した「ニュース」なわけです。

こういう日本人と中国人の行動の違いというは、文化の違いというより、狭い島国の中で、限られたリソースを分配し合い、再生することで生き延びてきた日本と、常に国家の膨張と分裂を繰り返す中で、無限とも思えるリソースを奪い取ることで生き延びてきた中国の、歴史の違いというものでしょうか。


2010/12/16

昔風お碗ヨーグルト

最近北京でひそかに流行しているものに「昔風お碗ヨーグルト」というのがあります。

北京の人はもともとヨーグルトが大好きですが、しかし北京で普通に売られているヨーグルトというのは、硬さが中途半端で、スプーンですくって食べるには柔らかくて食べにくいし、ストローで飲むには硬くて吸えない、という変なものです。北京のヨーグルトは全部そうで、日本への留学経験のある人は、「日本の硬いヨーグルトが食べたい」とか言ったりしています。

そこへ最近登場したのが、この「昔風お碗ヨーグルト」です。色々なメーカーから似たような商品が幾つも発売されていますが、いずれも日本のヨーグルトよりも硬めの中味で、とても濃厚な味がします。商品のネーミングはいずれも「昔風~」(中国語では「老~」)という名前で、180mL程度のお碗型の容器に入っているのが特長です。この「お碗型容器=スプーンですくって食べる」という商品コンセプトが、北京の人に受けているのではないかと思っています。

私もこれが好きなので、毎日食べていますが、中国の乳製品大手メーカー4社、蒙牛、伊利、光明、三元、ともにこれを発売していて、何社もあると、それぞれ全部買って食べ比べてみようとして、つい買い過ぎてしまいますが、実はそうやって沢山買わせるのも、メーカーの狙いなんでしょうか。
昔風お碗ヨーグルト


2010/11/18

クレジットカード

先日、中国の大手旅行代理店を使って、オンラインで航空チケットを申し込んだところ、その旅行代理店から電話が掛かって来て、「入力内容にミスが有るため、こちらで修正するので、クレジットカードの番号と有効期限、セキュリティコードを教えてくれ」などと言われたので、少しびっくりしました。もし日本でこんな電話が掛かって来たら、それは明らかに詐欺電話でしょうが、しかし相手の話の内容からして、決して詐欺とかではなく、あくまで顧客に対して便宜を図ろうと思って、言っているようです。「そういう事は他人に電話で話してはいけないんだよ」と言って、こちらで入力し直すことにしましたが、しかしこういう中国人のセキュリティ意識の違いには驚く事が有ります。

逆の例としては、中国で海外のクレジットカード(VisaやMasterなど)を使おうとすると、「パスポートを見せろ」と言われる事が有ります。これは何故かと言うと、中国ではスキミングによる偽カードの被害が多く、しかも個人商店では被害に対する保険が無いため、カードに対する警戒の意識が有るためです。

中国もここ数年ですっかりカード社会となりましたが、ただし中国で使われるカードというのは、そのほとんどが口座の即時引き落としによるデビットカードで、これはキャッシュカードを兼ねているため、銀行に口座を作れば、自動的にデビットカードを持つことになります。中国で急速にカード化が進んだのはそのためですが、しかし一方で、誰でも意識せずにカードが持てるため、セキュリティに対する認識があまりに低かったり、逆にカードに対する妙な警戒心が生まれたりとか、なんだか変な状況となっていたりもします。


2010/11/4

中薬

北京はもうすっかり冬になってしまいましたが、外の気温は0℃近いのに、北京市の規定で建物に暖房が入らないので、オフィスではセーターにジャケットを着込んで、ガタガタ震えながら仕事をしています。

それでやはりと言うか、私は風邪をひいてしまいましたが、そういう時、薬屋へ行って迷わず中薬を買ってしまうようになったのは、自分も少し中国化した証拠かもしれません。中薬というのは、1回に飲む量の多さが半端ではないので、大きなカップ1杯の黒く苦い薬をゴクゴク飲み干すと、それだけでなんとなく治ったような気分になれるという、そういうプラシーボ効果は、西洋医学の薬よりも高いような気がします。


2010/10/21

少数民族

中国には、国民の大多数を占める漢族(92%)の他に、55の少数民族の人がいて、構成比の大きい少数民族としては、
チワン族(1.2%)、満族(0.8%)、回族(0.7%)、などがあります。

今年の7月頃に、会社の私の部門で人員を補充するために、採用面接を行いましたが、今回一次面接を行った15人の応募者を民族で分けると、
漢族11人、朝鮮族3人、満族1人でした。
面接の際に特に民族について意識はしていませんでしたが、この15人の中から私が二次面接に選んだ4人の民族は、
漢族0人、朝鮮族3人、満族1人、でした。

つまり漢族は1人も選ばれず、少数民族の4人がそのまま選ばれた形です。これには選んだ私自身も少し驚きましたが、多分偶然では無いのかもしれません。

採用するのは研究開発部門の人材なので、面接の際には、やはり研究者として適性の高い人を選ぶために、実直で、自信過剰でなく、視野が広く、柔軟な思考ができる、などの面を重視して選んでいきますから、これらの性格は、ちょうど彼らが少数民族として生きていく上で、自ずと身に付いていたものかも、と思いました。


2010/9/30

渋滞

中国は10月1日から7日までが国慶節休暇となります。そのため私の勤務する会社では、休み前の本日は、現地社員は午後15時で退社しました。こういう休み前などは北京市内の渋滞がかなり酷く、自宅へ着くまで何時間もかかってしまう事があるためです。

ちなみに、自慢ではないですが、

2010年7月に米IBMが行った、「世界で最も車通勤が苦痛な都市」の調査では、
1位 北京とメキシコシティ
3位以下は、ヨハネスブルク、モスクワ、ニューデリー、サンパウロ、ミラノ、ブエノスアイレス、マドリード、ロンドン

2010年8月に米誌「フォーリン・ポリシー」が行った、「渋滞が深刻な都市」の調査では、
1位 北京
2位以下は、モスクワ、メキシコシティ、サンパウロ、ラゴス(ナイジェリア)

いずれも北京は栄光の第1位を獲得しているのでした。


2010/7/29

腹出しオヤジ

最近日本は猛暑だそうですが、北京では7月初めから38~39℃の日が続き、最近36℃くらいなので、やっと涼しくなったとか思ってしまいます。

北京では毎年夏になると、伝統的な北京の風物である「腹出しオヤジ」が街の至る所に出没し、見苦しい中年メタボ腹が、暑苦しさを更に増幅させています。北京のオヤジ達というのは、暑い時は腹を露出して、これをラジエターとして体温を調節している訳です。

これは日本では全く見られない光景ですが、日本と文化的に異なる点は二つ。

一つは、日本人というのは、昔から夏になると母親から「ヘソ出して寝てると雷様にヘソを取られるぞ」などと言われ、これは腹を冷やすと体に良くない、という日本人の伝統的な考え方によるものですが、だから日本では夏のオヤジはむしろ加藤茶スタイルのステテコに腹巻(最近は滅多に見かけませんが)という、北京とは全く逆のスタイルになる訳です。この腹を冷やすなというのも実は日本人独特の考え方らしく、腹巻などというものが売っているのも日本だけだそうですが、欧米にお住まいの方、そちらには売っているでしょうか?

もう一つ、日本人の感覚からすると、こういう白いメタボ腹は格好悪いけれど、腹筋の割れた日焼けした腹ならば、人前で見せたくなるという男もいるかもしれませんが、中国の場合はこれが全く逆で、腹筋を見せている男はまずいません。
何故なら、中国では、
白い恰幅のいい腹 = 金持ち
日焼けした腹筋腹 = 貧乏労働者
だからです。

というわけで、 今日も自慢の饅頭のような腹を見せびらかしながら、北京オヤジが街を闊歩しているのでした。


2010/6/24

コロナ

先日北京市内の某バーへ行ってコロナを頼んだら、確かにコロナの瓶にライムが刺さって出てきましたが、飲んでみると、明らかにコロナではなく、燕京ビールの味がしました。北京のスーパーで買うとコロナは20元、燕京ビールは3元です。いくらライムが刺さっていても、騙されねーぞ馬鹿もん、と思いました。北京でこういう事はよく有ります。燕京ビールならまあ別にいいですが、時にとんでもない物を飲まされてしまう事も有るので、北京へおいでの際は気をつけて下さい。

2010/5/13

上海万博

5月の連休に上海万博へちょっと行ってきました。日本でも報道されているかと思いますが、入場客は予想よりはるかに少なく、会場内は閑古鳥が鳴いていました。なのに何故か、中国館と日本館などだけに、局地的に人が集中しているという不思議な状態で、中国館は、行った日には既に予約が一杯で入れてもらえず、翌日朝9時に来て並べば予約券が取れると言われましたが、それでも予約券は奪い合い状態で入手困難だというので、奥の手を使って団体枠予約券というのを市内で探し当て、それで翌日中国館を見ました。ここの見ものは「清明上河図」という中国では有名な宋代の絵巻を100m以上ある巨大なスクリーンに映し出したもので、絵の中に描かれた数千の人物が全て動画で動いているという、これは非常に面白いものです。それ以外はまあ何と言いますか、ですが。そして日本館ですが、これはなんと通常2時間待ちで、私は大雨の日に行ったので1時間待ちで入れましたが、面白いものと言えばバイオリンを弾くトヨタのロボットくらいでしょうか。しかし何故中国人は日本館など見たいのか。謎です。隣のベトナム館なんてガラガラでした。

2010/4/30

羊蝎子

羊蝎子 今年の北京は何故かまだ冬のように寒い日々が続いています。最近私が気に入っている北京の食べ物が「羊蝎子(ヤンシエズ)」。蝎子とはサソリのことですが、羊の背骨がサソリに似ていることから付いた名前で、羊の背骨を鍋で煮込んだ食べ物です。この骨の周りにこびりついた肉を削ったりしゃぶったり吸ったりして食べますが、これがとにかく美味しいです。しかも安い。背骨なんてもともと捨てる部位なので、腹いっぱい食べても1人50元(700円)もしません。冬は体が温まって良いし、栄養も有りそうです。脊髄も食べるんでちょっと危なそうと言うか、一応煮込んであるのでスクレイピーに感染することは多分無いと思いますが。

2010/4/8

アンケート

ご存知かもしれませんが、3月23日にGoogleが中国から撤退しました。と言っても中国でGoogle検索が使えなくなった訳ではなく、香港のサイトで今まで同様に使うことができます。Googleは以前から中国ではアクセスがよく遮断されていたので、むしろ以前より安定になったような気さえします。

このGoogle撤退騒動に関して、中国のネットユーザーの反応が面白く、環球網というニュースサイトが行ったネットアンケートでは、「Googleが提出した『検閲のない環境下での運営』という条件を、中国政府は受け入れるべきか?」という質問に対し、77.4%が「受け入れるべきでない」と答えていました。

この結果は日本人にしてみれば、「中国人は自分達が情報統制されたいと思っているのか?」と非常に奇異に感じられるでしょうが、しかしこのアンケート結果は、中国人民の性格をよく表しているとも言えます。

例えば中国の子供に、将来何になりたいか聞いてみると、「警察」「軍人」「教師」「公務員」などと言います。日本みたいに「サッカーの選手」などと言う子供はいません。子供の頃から、こういう答え方が身に付いてしまっているので、たとえネット上の匿名アンケートであっても上記のような結果が出てしまうのは、日本人の言う「本音と建前」「保身術」などという物とも違い、どうも無意識のうちに体が勝手に優等生的な回答をしてしまうみたいです。

私も中国でアンケート調査の仕事をよく行っていますが、結果の解釈に悩む事はやはり多いです。


2010/3/4

交通渋滞

春節の間の一週間、北京の住人の多くは田舎へ帰ってしまったため、市内は交通量が少なくて渋滞が全く無く、とても快適でした。

北京ではナンバープレートの末尾番号による交通規制も行っていますが、しかしこれも交通量が5分の4に減るというだけで、根本的な解決になっているとは思えません。

北京の渋滞の原因のひとつは道路の構造による問題で、例えば幹線道路の本線から側道へ出入りする部分が、出口と入口を兼ねた1ヵ所にまとめられているので、見た目はシンプルな構造ですっきりして見えますが、しかし側道へ出て行く車と側道から入って来る車がモロにガチンコするので、交通量の多い時はその部分に車がグチャっと固まって身動き取れなくなっているという、東京では有り得ない光景を北京の至る所で見掛けます。これは単に出入口をもうひとつ作って出口と入口を分ければ良いだけで、日本から来た我々には当然のように思えるのですが。

しかしこの北京の幹線道路の側道というのは、本来これは側道として作ったわけではなく、 10年前までは自転車専用道路としての役割を担っていたものですが、あれだけ大量に走っていた自転車はこの10年で姿を消し、それが車に取って代わったわけで、その急速な変化にインフラが対応できていないというところでしょうか。


2010/2/24

ナンバープレート規制(その2)

この前はナンバープレートにトランプを挟んで数字を隠している車の写真をお見せしましたが、今度はCDを挟んで数字を隠している車がいたので写真を撮ってみました。トランプとかCDとか、中国人はまあ、こういうくだらない所では色々頭を働かせて工夫しますよね。
北京の高速道路

2010/2/4

ダフ屋

中国では、例年の春節時期の帰省ラッシュを前に、鉄道切符の記名制が一部導入されることになったそうです。飛行機の搭乗券と同じで、名前の書いて有る切符を買った本人しか乗れないというものです。目的はもちろん、ダフ屋対策です。その甲斐?有ってか、先日31日に深セン発の帰省用臨時列車は、切符は完売している筈なのに、乗車率8%のがらがら状態だった、というのが話題になりました。もちろん原因はダフ屋のせいです。

中国では、コンサートやサッカー試合の会場などで、開演時には客が半分も入っていないのに、開演から30分を過ぎたころから席が埋まってくるという事がよく有ります。 その原因はダフ屋です。開演前には、ダフ屋が定価200元のチケットを400元くらいで売ろうとしますが、そんなのは誰も買いません。コンサートが始まってからも、会場の外では ダフ屋とそれを求める客の交渉が至る所で繰り広げられ、開演30分くらい過ぎて150元まで下がれば買う、みたいにして客が入ってきます。非常に中国らしいです。


2010/1/7

シベリア虎

今年は寅年ということで、正月にハルピンへシベリア虎を見に行って来ました。数百匹の虎が放し飼いになっている広大な敷地内をマイクロバスに乗って見て回りますが、外はマイナス20℃以下の気温なので、虎も少し寒そうではありました。

入場料は50元(約700円)ですが、チケット売り場には、入場券の他に次のようなチケットも売られています。
投放活者価格
意味わかりますでしょうか?
これに対し、動物愛護団体から残酷であるとの抗議が来ているようですが、虎園側は、これは正常な飼育活動の一環である、と反論しているそうです。中国ではこの程度なら正常ということで。


2009/12/24

Happy 牛 Year

中国の新年は旧暦なので、まだ先の2月半ばですが、それでもスーパーに行けば既にワゴンの上には真っ赤な虎のぬいぐるみが山積みになっています。 2009年は丑年だったので、新年の挨拶には"Happy 牛 year"というのが中国で流行りました。「牛」は中国語で「ニウ」と発音するからです。

2009/12/17

ナンバープレート規制

北京では昨年のオリンピックの際に渋滞緩和の策として始まったナンバープレートの末尾番号による交通規制が現在も続いていて、どの番号の車も週に1回走れない日が有ります。

この交通規制のためですが、北京ではこの画像のような車をよく見かけます。この車の場合、ナンバープレートにトランプを挟んで番号を隠していますが、しかしこんな露骨に怪しいんでは、「私は違反してます。捕まえてください。」とでも言わんばかりに見えるのですが、それでもこういう車が走っているのは、道路上に設置されたカメラで写真を撮られてしまうためのようです。ちなみに捕まったら罰金100元(約1400円)です。
北京の高速道路


2009/11/12

大雪

昨日北京では3度目の大雪が降りました。これは日本でも報道されていたようで、これは政府による人工降雪なので、北京の市民は怒っている、などと書かれていました。しかし会社の現地社員は昼休みに雪だるまを作ったりして楽しそうに遊んでいます。

それはいいですが、しかし私の勤務する会社は、建物はまだ築4年ですが、やはり中国なので既にあちこちボロが出ていて、外は氷点下なのに暖房が全く効きません。オフィスでは厚手のフリースにジャケットを着て仕事をしていますが、夜も遅くなってくると手がかじかんでパソコンのキーボードが打てなくなってくるので、「もう無理だから帰りましょう」と同僚と震えながら帰宅するというつらい日々を送っています。


2009/9/11

軍事パレード

先週の日曜の晩8時頃に、食事を取ろうと自宅を出てみたら、自宅アパート周辺のスーパーや食堂はどこも営業しておらず、見ると自宅の有る区画は全て警官隊によって封鎖されており、前の通りにはなんと戦車やミサイル搭載車が轟音立てて走っていました。これはクーデターでも起きたのかと思えばそういう訳ではなく、10月に行なわれる建国60周年軍事パレードの演習をやっているのでした。私の住んでいるアパートは北京中心を走る長安街に面しているので、ここでこれから週末毎にこうした演習が行なわれるようです。演習が始まると地下鉄もストップ、車も人も道を通れないし晩飯を食べに行くにも支障が出るようでは困るのですが、しかしこういう事は中国では良く有る事なので、誰も文句を言っていないのでした。

2009/9/10

美人

添付の図は、中国の情報サイトが今年行なった、「中国で美人が多いのはどこだと思いますか?」というネット調査の結果です。一位になったのは四川省で、四川省に美人が多いというのは中国人のほぼ共通した認識のようです。ではなぜ四川省に美人が多いかというと、それはあの激辛四川料理のためではないかと思っている人も多く、唐辛子や山椒を食べると美人になるのかどうか知りませんが、北京の若い女性の間で四川料理が流行っているのはそのせいかもしれません。

この調査グラフで面白いのは、

つまり中国人の共通の認識は、「自分の住む都市には美人が多いが、他の都市には美人がいない」ということです。これは、中国人の特性をよく表していて、中国人にとっては、常に「おらとこが一番」なのです。日本では「隣の芝生は青い」とか言いますが、中国ではそんなことはなく「うちの芝生が一番青い」のです。これは中国人を理解する上でとても大事なポイントで、中国人女性社員が会社で使っているパソコンの壁紙が自身の顔写真だったりしても驚いてはいけません。ある意味、「うちの奥さんが世界で一番美人」とか思って暮らして行ければ、そんな幸せな事は無いでしょう。

  1. 調査企画:サーチナ
  2. 調査方法:上海サーチナ「新秦調査」上のインターネット・アンケート画面での回答
  3. 調査対象:上海、北京、広州。各都市20代、30代、40代、男女で均等割付け
  4. 調査期間:2009年4月1日から2009年4月10日
  5. 回答者数:300人
アンケート結果グラフ
引用元

2009/7/2

京劇

先日、日本から研修で北京へ来ている社員と、湖廣会館という劇場へ京劇を観に行きました。京劇というのは日本の歌舞伎にも似た中国の伝統芸能ですが、歌舞伎などよりもミュージカル的な要素が強く、派手な立ち回りの際の舞台全体の計算された動きなどは非常に美しいものです。

京劇の芝居にはひとつの大きな特徴として、役者の「指」と「目」の独特な動きが有ります。京劇の女性キャラクターは演技の中で、しなを作るような独特の色っぽい指先の動きをしますが、実はこれが、普段周囲の中国人を観察していると、日本人は絶対にしないこの指の動きが、日常の仕草の中に出て来ることがあります。例えば飲み会の時などに夢中になって喋っている女性が、無意識にこの指の動きをしていたりします。おそらく子供の頃からテレビや映画やあるいは幼稚園のお遊戯とか(?)を通じて自然に身に付いてしまうものかもしれません。もしかすると、日本人には日本人独特の体の動き、というものが、我々自身が気が付いていないだけで、実は有るのかもしれません。

もうひとつの京劇の特徴は役者の目の動きで、独特の目の動きによって、口で話す台詞以上に感情や物語の進行を語っているという事に今回気が付きました。そのためにもくっきりしたアイラインに重点を置いた京劇独特のメイクが重要なのでしょうが、中国人女性が普段のメイクにおいてアイメイクに重点を置く理由もこれに関係有るのかと、ちょっと思いました。


2009/5/14

つい1ヶ月前まで寒くてダウンジャケットを着ていたと思ったら、今や北京はすっかり夏になってしまいました。昼は強い日差しで最高気温は30℃を超え、夜は寝苦しいことさえ有ります。本当に短い春で、「今日は春だな」と思えたの多分3日くらいしか有りませんでした。

2009/4/16

毛毛

今ちょうど北京は毛毛(まおまお)の季節で、窓の外には白い綿のようなものが沢山飛んでいます。この毛毛とは、北京に街路樹として沢山植えられている楊樹という木の種子の綿毛が、春先に空中へ舞い上がるもので、多い場所ではまるで雪が降っているように見えることも有ります。風情が有っていいなどと言っていたら、北京の人達は目や口に入ると言って嫌がっているようです。ところが今年は毛毛が例年より少ないと思っていたら、どうやら最近北京の研究者が毛毛を抑制する薬を開発し、北京中の楊樹に注射を打って回ったらしいです。それもまた大変と言うか、なにもそこまでと思いますが、どうなんでしょうか。

2009/3/19

高層ビル火災

少し前の話になりますが、2月9日の晩に北京で起こった高層ビルの大火災について、サーチナの報道によると、損害保険大手の中国人民財産保険が、15億3200万元の保険金を支払うことを2月13日に発表していました。この火災、報道によれば、旧暦1月15日の「元宵」の晩に中国では習慣として行われる爆竹や花火が引火したのが原因とされていますが、周囲の中国人に聞いてみると「あれは色々複雑な事情が有るらしいよ」などと言っています。このビルもそうでしょうが、北京ではオリンピック前のイケイケの時期に建設を始めたは良いけれど、オリンピックが終わった途端にこの金融危機、もうどうしようか、みたいな事業が多々有るようです。今回、火災発生から4日後という異例の早さで発表された保険金支払い、しかも全焼したビルの工費は約10億元と言われていて、この工費を上回る保険金額といい、中国人の言う「複雑な事情」がなんとなく分かる気がしました。

2009/1/8

インフルエンザ

今年の北京の冬は例年に比べ暖かく過ごしやすいようです。(と言っても最高気温は氷点下です。)しかし私の勤める会社の社員は体が弱いのか毎日誰かが風邪を引いていて、インフルエンザが怖いので少しでも熱が有れば休んでもらうようにしています。先日北京で初の鳥インフルエンザ感染による死者が出て、春節の大量移動時期の前なので少し気になるニュースですが、現地北京よりもむしろ日本で話題になっているような気もします。

2008/12/11

上海工事中

先週、消費者調査の仕事のため上海へ行っていましたが、上海は街の至る所が工事中のため土埃だらけで、観光地の外灘も工事のためほとんど人がいませんでした。2010年の万博に向けて整備を進めているようですが、オリンピックが終わってきれいになった北京とは対照的で、北京から同行した社員も口を揃えて「上海は汚い、北京はきれい」と言っています。日本の場合も東京オリンピックとか大阪万博の時はこんな感じだったでしょうか?

2007/9/12

蒼井優

東野圭吾の小説が原作の映画『変身』観ました。これ原作ファンには結構評判悪かったらしいですが、確かに原作とのギャップは大きいですけど、でもあの恐怖とラストの感動を映像化するのは無理だろうからね。しかし映画版も観てみればこれはこれで良いかもしれんですよ。なんたって蒼井優が可愛いし。と言うか、この蒼井優がもう、最後の最後まで恋人を信じようとしてひたむきに尽くす姿がいじらしくて泣けるじゃないですか。本当にこの映画はほとんど彼女だけでもっていると言って良いです。そもそもこの原作小説は、男が自分自身の精神が変化して行く様子を自らの一人称で語ってしまうところに恐ろしさが有る訳で、これを客観的映像として描くのは、どんなに俳優の演技が素晴らしくてもどだい無理な相談なのですよ。そこでいっそ視点を変えて、それを受け入れざるを得なくなった女の心理を中心に描くのは映画としては正しいのかもしれない。しかしなんかこの映画を作った人達は、蒼井優だけはきちっと綺麗に撮っているのに、他の人達はもうどうでもいいって感じが見え見えでした。特に女医の役なんか、あの役はちゃんと知的で大人の色香が漂ういい女として描いてあげないと対比が生きないのに、映画見終わってこの女医がどんな顔だったのかも思い出せないくらい、演出はテキトーだしカメラはもう全然撮る気無いって感じ。

そう言えば蒼井優と鈴木杏が主演していた『花とアリス』なんかも、鈴木杏はこれでもかってくらいブスに撮っているのに、蒼井優はなんであんな可愛く撮ってんだろ。そりゃ鈴木杏だってちゃんと撮ってあげれば本当は可愛いんだろうにさ。それから上野樹里が主演の『虹の女神』これなんかでも、蒼井優は完全に主役を食っちゃって、しかも最後の一番感動的な台詞をもらって誰よりも目立っているし。それからあの『フラガール』だって、本当は松雪泰子が主演だろうに、最後は蒼井優の一人舞台で感動、って何だよこれ。なんかものすごい得な役回りだよな。これがもし彼女自身の資質から自然とそうなっているのだとしたら、これが本当の「女優」というものかもしれない。

ちなみに私が初めて蒼井優を見たのが、あの『亀は意外と速く泳ぐ』だったので、この人はもともと地でああいうがらっぱちな人なのかと思っていたら、後で全然違っているのを知ってびっくりしました。ちょっと後悔したかも。


2007/7/16

太田裕美のニューアルバム

なんと太田裕美の新しいアルバム『始まりは”まごころ”だった』が昨年11月に発売になっていました。CDの帯には「22年ぶりオリジナル・フルアルバム遂に完成!」とか書いてありました。22年ぶりですか。そうなんですな。
この人84年にアルバムを出した後、結婚して子供生んで、普通ならもう引退したようなものですが、その後も音楽活動は続けていて、アルバムも童謡を集めたものとか企画物ミニアルバムとかは作っていましたが、まさか今頃フルアルバムを出すとはちょっと驚きです。しかもこんなオバサンの年になっても、昔と全く変わらない少女のような可憐な声を聞かせてくれるのは、もう奇蹟としか言いようがありません。なんてことでしょうか。
アルバム中の楽曲を提供している人達は、皆彼女より若い人達で、それぞれの作家が寄せているメッセージを見ていると、太田裕美という人は、こんなにも多くのミュージシャン達に愛されていたのだなあ、としみじみ思うのでした。

太田裕美オフィシャルサイト


2007/7/1

転校生-さよなら あなた-

この『転校生-さよなら あなた-』は、大林宣彦の『転校生』(1982)を大林宣彦自身が今年リメイクしたものです。しかし今頃こんな映画を作っていたなんてちょっと驚きです。前作を作ってからもう25年も経ってるんですな。

ところでこれ、リメイクという形を取っているけれど、しかし実のところ全く別の話と言っていいです。だいいち前作とはそもそもテーマが違う。今回のテーマのひとつは「俺はおまえの代わりに死ぬのか?」ということ。それからもう一つは「人は死んで何かを残す」ということ。これは大林宣彦も、そろそろ自分も死にそうだからと思ってこういう物を作ったのかもしれないですが、この人は結構昔からこういうテーマで映画作ってます。

それにしても大林宣彦の癖というか、この人の映画はちょっと喋り過ぎで、そういう映画のテーマを登場人物の台詞としてモロに言わせちゃったりするので困ります。「あ、それを言っちゃ駄目だろう!」と俺は見てて何度も思ってしまったのだけど。そう言えばこれと似てる話で東野圭吾の『秘密』(小説のほうね)これなんか、一体何が「秘密」だったのか、小説のラストを読み終わってからふと気付いて愕然としたりするんですが、そういうふうに言葉で核心を語らないあたり、むしろ言葉のメディアである小説だからこそであって、映像のメディアはまた違うのかもしれませんが。

しかしこれ、前作と比べてもかなりエロチックです。いや、前みたいに女の子がオッパイ出したりはしてないですけど。しかしもともとエッチな話なんだからしょうがない。この映画はもともと、原作の小説では主人公は小学生で、それを映画化するにあたって中学生に置き換えているんですが、この違いはとても大きくて、男と女をどう意識するかという変化の境目だから、年齢によって話が全然違ってきます。前回でも結構ぎりぎりだなと思いましたが、今回でも設定は中学生ということになっているけれど、これがどう見ても高校生にしか見えないのです。主演の二人は共に撮影当時15歳だったようですが、前作ではワザと子供っぽく色気を感じさせないようにしていたのが、今回随分大人っぽく見えてしまうのは、これは製作者の意図が有ってのことだろう。前作と違ってこのテーマを語るには、エロ抜きには語れないだろうから。

ところでこの主演の蓮佛美沙子は、なんかいいです。気に入っちゃいました。それから相手の森田直幸は『猟奇的な彼女』のチャ・テヒョンだよな。この二人でこれの日本版リメイクとかどう?

『転校生-さよなら あなた-』オフィシャルサイト


2005/8/5

洗濯物の熱湯殺菌

梅雨時は部屋干しの洗濯物が乾かなくて臭くなる、なんていう話をよく聞きますが、しかし私は今までそういう経験がほとんど無くて、というのも私はもともと部屋が湿気るのが大嫌いなので、常にエアコンで除湿をしているからだと思いますが、しかし私は今北京に住んでいるのですが、ここで初めてそういう経験をしました。北京といえば乾燥していると思われていますが、確かに冬は乾燥していますが、しかし7月から8月にかけてはかなり湿度が高くなり、日本の梅雨時と同じくらいです。といっても雨は降らないので、常にどんよりした湿った空気が漂って、かすんで遠くが見えない日々が続きます。今年7月の上旬に日本から来た知人と一緒に万里の長城へ行った時、暑い中を長城に登って汗をびっしょりかいて、帰りは車に3時間ずっと座っていたら、ジーパンが少し臭くなってしまったので、それを洗って部屋に干しておいたら、あいにく私の部屋は空調の調子が悪くて使えないので部屋の湿度が高くて、それで乾き際になんかすごい嫌な臭いが出てきてしまいました。しかしそのジーパンは、何度洗っても、乾き際に再び臭くなって、どうしても臭いが取れないのです。他の洗濯物は臭くならないから、多分一度臭くなってしまった洗濯物は、雑菌が洗濯しても落ちきれず、いつまでも臭くなってしまうようです。それでスーパー行ってWalchというドイツ製の衣料用殺菌剤を買ってきて殺菌してみたら、結構臭いは少なくなったのだけど、それでもポケットの部分とか、縫い目の厚い部分の臭いが取りきれないのでした。どうしようか思ってたところ、そういえば昔聞いた話で、韓国では衣類を漂白殺菌するのにお湯で煮るのが普通らしく、それ用に洗濯機に加熱装置の付いたものが普通に売っているとかいうので、ちょっと試しにそのジーパンをお湯で煮てみることにしました。大きめの鍋にジーパンを入れてお湯をはって、コンロで加熱して沸騰してから10分くらい弱火で煮て、それから普通に洗濯して乾かしてみたら、なんとあの嫌な臭いが完璧に消えているのでした。これはすごい。さすが韓国人。

2004/11/3

携帯電話

先月事情が有って3週間ほど中国にいましたが、その間に携帯電話がどうしても必要な事があり、現地の人から携帯電話を借りて使っていました。他人から携帯電話を借りると、その人の友達等からかかって来て「お前誰だ?」とか言われたりして面倒ですが、でも役に立ちました。私が思うに、携帯電話というのは海外に旅行している時こそ必要だと感じる事が多いです。日本で普段生活している時は、自宅にも勤務先にも電話はあるし、人に伝言頼む事も出来るし、絶対に携帯が必要という場合はそんなに多くないのです。しかし海外に居て何か連絡を待つとしたら、携帯が無いとしたら、宿泊しているホテルでずっと電話を待っていたりとか非常に不便です。そういう場合もよく有るので、今回もやはり成田で海外用携帯を借りてくれば良かったと後悔したのでした。で、いっその事自分の携帯を海外で使えるようにと思い、私のはauなので、auのグローバルパスポートの機種に変更することにしました。しかしグローバルパスポートに対応しているのはSANYO製の3種類しかなく、どれもいまいちなんですが、今テレビのヨン様CMでお馴染みのA5505SAにしました。この機種だけ韓国でメールも使えます。メールが使えると更に便利なので、今は韓国だけなんですが、そのうち香港や台湾でもメールが使えるようにならないだろうかと期待してます。

2004/9/18

復黑版

最近香港ポップスの少し古いアルバムが「復黑版」と称して再発売されていて、「復黑版」とは一体何?と思ったが、妙に懐かしい開心少女組のアルバムなどが出ていたので、ちょっと買ってみました。そして中から出て来た物は...(下の写真)
開心少女組CD 開心少女組CD
その黒い円盤には、「33回転」の表示とレコード針の溝が…。私はこれを見て一瞬、何か変なモノを間違って買ってしまったのではないかと、約10秒間悩んでしまった。ケースはLPレコードのジャケットをそのまま縮小したようなデザインの紙製で、ちゃんと中袋も付いています。さすが香港人はやる事が違う。
ちなみに「復黑版」とは、「黑」と「刻」の広東語の発音が同じことによる洒落でした。

2004/9/13

ユニコード化計画推進中

最近、このサイトの文書の文字コードを、日本語シフトJISからユニコードへの変換を進め始めています。その理由はこのサイトについてのページにも書いてありますが、こういう訳です。

このサイトを作成し始めた1997年当時に多く使われていたWindows 95では、中国語を表示するためにはフォントのインストールが必要で、しかも当時のインターネット接続はダイアルアップがほとんどで、フォントのダウンロードにも何十分も時間がかかるため、中国語の表示できるパソコンを使っている人は非常に少ないのが現状でした。そのため、ユニコードは用いずに日本語シフトJISでページを作成し、日本語の文字コードで表示出来ない中国語の漢字については日本の漢字を組み合わせる方法で表示していていました。
しかしその後、

このような状況から、そろそろユニコードに切り替えても良いのではないかと判断しました。

ところでもう既に何ページかの文書はユニコードに変換して、中国語は中国語のフォントで表示するようになっていますが、しかしこのサイトのHTML文書は全部で400以上も有り、それを一度に全部ユニコード化するのは相当大変です。なので、それぞれのページを更新する際についでにユニコード化しようと思っていますので、当分の間は2種類の文字コードが混在する状態となると思います。と言うか、実際には頻繁に更新しているページはごく一部だけなので、大部分のページは永遠に日本語シフトJISのままかもしれないですが。


2004/8/29

シュレック2

『シュレック2』、この映画最初は観るつもり全く無かったのですが、たまたま観てしまったら、それが意外にもすごい面白くて、続けて2回観てしまった。それも日本語版と英語版の両方で観たのですが、この日本語吹き替えがまた非常に良いので、これを観るなら是非日本語版でどうぞ。もともと私はアニメ(CGアニメも含めて)があまり好きでなくて、特にディズニーアニメは嫌いでほとんど観ないのですが、実はこの映画、アンチディズニーだったのですな。それなら気に入る筈かも。とにかくこの映画は基本的なセンスと言うか姿勢が非常に良いです。もう徹底的にクール。音楽も渋いしパロディもいっぱいだし。と言うか、これ本当は大人が観る映画なんですな。ひねた子供にも受けると思うけど。それから私はもともと日本語吹き替えが嫌いなのですが、でもこの映画の吹き替えは良いです。多分専門の声優をあまり使っていないからだと思いますが、私は日本語の声優独特の大げさな芝居臭さが嫌で(逆に好きな人は、これが好きなのかもしれないですが)、でもこの映画の吹き替えは、ちゃんと普通の人間が喋っているみたいで、皆さん本当に可愛いです。

2004/5/4

チルソクの夏

『チルソクの夏』観てきました。この映画は、下関と釜山でそれぞれ陸上競技をやっている高校生同士の恋物語を、七夕の織姫と彦星に例えたというものですが、これ個人的に相当良かったです。

この映画の時代設定は1977年から78年になっていますが、これが実は私自身が高校生だったのと全く同じ頃で、この映画の登場人物達はちょうど私の一つ上の学年ということになりますが、しかも高校生の時は私も陸上競技をやっていたので、もうまるで自分の高校生時代を見せられているようで懐かしさに涙ちょちょ切れでした。あの頃の高校生は実際あんな感じだったし、だいたい高校生が陸上競技の大会に行く時の楽しみと言えば、○○高校の○○さんが可愛いとか、○○君がカッコイイとか、まさにあんな事していたので、もうリアリティ有り過ぎ!
(でも1977年当時の陸上競技のユニフォームはあんなダサくなかったですよ。)

この映画の構成は、現在から26年前を振り返る形になっていますが、これと良く似た映画で『がんばっていきまっしょい』という、これもまた20年前のボート部の女子高校生達の青春を描いた映画がありました。これは以前のこの雑記帳でも書いたんですが、あの映画では過去の物語を完全にノスタルジーに封じ込めてしまったため、結果として全く夢の無い暗い映画になってしまったんですが、それに対してこの映画では、過去の物語を現在に結びつける構成にしているので、その結果夢の膨らむ楽しい物語になっているし、観た人は本当に気持ちよく映画館を出られると思う。「800m選手の真里の26年後」とか言って、谷川真里(本物)を出演させてしまうあたりの冗談感覚が良いです。

またこの映画、脚本は全く過不足の無い良く出来ている脚本だと思うし、また演出はかなり押さえていて、ハッタリの無い淡々とした演出が非常に好感持てます。

もしかしたら映画の前半部の、主人公が釜山の高校生に恋してしまう過程が簡単過ぎると感じる人もいるかと思いますが、しかしですね、走り高跳びの選手をしている女の子が、他校の男子選手から「スタートをもう5センチ後ろに下がれ。」なんて言われたら、それだけで恋に落ちてしまう!という感覚は、私にはよーく解る。(意味解りますかね?)

で、過不足の無い脚本とか言っておきながらですが、それにしても女の子達の着替えシーンが3回もあるのはどうして?いや、まあ有ったほうがいいんですが、でも1回で十分ではないかと…。ここだけサービス過剰か?

あと、映画のクライマックス的な部分を「なごり雪」の合唱で盛り上げてしまうというのは、どうしたもんだろう。他に何かアイデア無かったのだろうか?と言うか、あそこは無くてもいいです。男の子が立ち去った次は、翌日先生に叱られているシーンで良いです。それで十分映画が成り立ちます。

出演者に関しては、主演の水谷妃里さんは背がひょろ長くていかにもハイジャンプの選手らしくて良いです。相手の釜山の男の子役(余文樂に似てる)もなかなかイモっぽくて良いですが、実はこいつ日本人らしい。こいつの演じてた韓国なまりの日本語ってどうなの?

『チルソクの夏』オフィシャルサイト


2004/3/25

ベーシストいかりや長介

台湾から帰って来てから、いかりや長介が亡くなったことを知りました。予感は有ったので驚きはしませんでしたが、しかし何だかまるで自分の父親を亡くしたような気持ちでした。同じように思った人は多かったのではないだろうか。

いかりや長介と言えば、多くの人が知るように一人のベーシストでもありますが、それも単に演奏できるという程度ではなく、この人独自の親指を使った特殊な演奏法は「いかりや奏法」として日本人のベーシストならば誰でも知っている有名なものであります。しかしそれは、単に彼が芸能人として有名だから、という理由に留まるものではありません。

彼らの音楽は、例えば「ドリフのずんどこ節」のイントロ部分「ズンズンズンズン・ズンズンドッコ」というフレーズ、これは典型的なブルースロックのベースラインをそのまま人間が歌ってしまっているものであり、また加藤茶と志村けんの「ひげダンス」などは、70年代ソウルの典型的ベースラインを、それだけ取り出してメロディにしてしまっているもので、こういうベースラインを全面に持って来た音楽というものは、それまでの日本には無かったものでした。というのは、それまでの日本の伝統的な音楽には、ベースという概念すら存在しなかったからです。もちろん昭和30年代のグループサウンズの流行以降、ベースという要素は必須の存在になっていましたが、しかし初めてそれをメインに持って来たポップミュージックを作ってしまい、しかもそれを日本全国の小学生達に歌わせてしまったこのいかりや長介という人は、日本の音楽史においてある種偉大な功績を残した人と言っても良い。

この私のようにレコード屋も無い片田舎の農村で育った子供が、最初に受けた音楽的洗礼はドリフターズでした。その後私がソウル音楽を聴くようになり、ベースを弾くようになったのも、このいかりや長介の影響に他なりません。


2004/3/24

阿里山と総統選挙

先日台湾へ行ってきましたが、ちょうど阿里山の桜が満開の季節だったので、阿里山の森林火車(山岳鉄道)に乗ってきました。嘉義から阿里山まで3時間半で標高約2500メートルを登る鉄道で、途中何ヶ所かスイッチバックが有ったりして結構面白いです。山の上は気候も地形もハイキングするのにちょうど良いし、桜や木蘭の花が沢山咲いていてきれいでした。

その日はちょうど台湾の総統選の日でしたが、前日嘉義に着いた時、街の中はモノモノしい雰囲気で、警察や機動隊が沢山出て、街の一番大きな通りには鉄条網で囲まれたバリケードが巡らされて、そこをバイクに阿扁ののぼりを掲げた暴走族が気勢を上げてズドドド走り回っている状態でした。いくら選挙前とはいえここまでするか、と思ったら、少し前にあの陳水扁銃撃事件が起こっていたのだった。さすがにびっくりして、その夜はテレビのニュースに釘付けでした。しかしなんですな、これはやはり言われるように選挙賭博が絡んだ黒社会の仕業でしょうかね。むちゃくちゃですな。しかしあれでは本来勝つと言われた連宋側は納得いかないだろうし、翌日總統府前で夜通し抗議集会しているのを、これまたテレビに釘付けで見てしまった。しかし国民党の次期ホープで台北市長の馬英九が壇上から「皆さん、明日は月曜だから、今夜は早く帰って、ちゃんと学校や会社に行きましょう。」などと言って説得しているのが情けなかった。今回一番困ったのはこの人かもな。


2003/12/13

中國功夫少女組

『中國功夫少女組』というのは今年の中国映画ですが、その少女組のメンバーの一人としてシンガポールの歌手ステラ・ホアン(黃湘怡)が出ていたのでびっくりでした。まさかこんなしょうもない映画に出たりしてるとは思わなかった。映画の中で、ギター抱えて自分の曲を歌うシーンも有ります。映画の内容は、台湾のオーディションで集められたアイドル候補4人組が、大陸で武術の訓練をしたりして、まあ色々、という話です。主役は彼女らのマネージャー役のアニタ・ユン(袁詠儀)です。袁詠儀も最近香港映画に出てないと思ったら、こんなんやってます。

2003/10/14

ネクタイの結び方

ネクタイの結び方というページを作りました。香港映画とは全然関係無いです。

2003/9/3

藍色大門

今日の夕方、無理矢理会社を早く出て『藍色夏恋(藍色大門)』観てきました。来ていた客は若い女ばかりで、なんだか俺だけ浮いていたような。まあいいけど。皆さんせめてアベックで観に来て下さいよ。

しかしこういう映画、なんだか20年ぶりくらいに観ました。いや、20年前の自分達を観たというか。錯覚かもしれんが。今私と同じくらいの年のオジサン、オバサン達で、台湾に夢中になってしまう人が多いのは、この映画を観ればよく解ると思う。そんな感じ。

ちなみにこの映画の中国語の台詞は結構聞き取り易いので、私くらいの初心者でもかなり理解出来ます。字幕を読むよりも地の中国語で聞いたほうが、いい感じがします。


2003/8/20

九寨溝

先日中国の成都へ2週間程旅行に行っていましたが、その間に現地で九寨溝と黄龍の4日間のツアーを見付けて行って来ました。九寨溝には小さな湖が幾つも有りますが、そのうちの一つ、箭竹海という湖は、張藝謀の映画『英雄/ヒーロー』で湖のシーンをロケした場所です。映画を観た人は分かると思いますが、あんな感じの幻想的な湖でした。

九寨溝のある辺りはチベット族が暮らす山岳地帯ですが、チベット族の人というのは顔付きが漢民族と違うので一目で区別が付きます。チベット族の男の顔は、鷲鼻で骨っぽくて人が良さそうな、皆まるでアンディ・ラウ(劉德華)そっくりの顔をしていて面白いです。ひょっとしてアンディ・ラウの先祖はチベット族だったりとか?


2003/7/20

またもやサイト引越しとCGI

ところがどっこい、つい先月姉妹サイト(?)の K's Gallery をFFNetからTripodに移転したばかりなのに、そのTripodがなんと今年の9月からinfoseekのiswebに統合することになり、有料サービスのTripod Plus! は今年の8月末で終了になるのでした。つまりサイトは消滅、またしても引越しする羽目になってしまいました。それで早々infoseekのiswebへ移転しましたが、でもtripodの50MB/980円から、infoseekの300MB/500円に変わるのだから、約12倍お得かも。

そのinfoseekでホームページにカウンターを付けようと思ったら、それがずいぶんセコイものしか用意されてなくて(値が変更できないし、デザインも1種類しかないし)、infoseekによると、ここはCGIが使えるから、そういうのは自分で用意しなさい、なのだそうです。しょうがないからフリーのCGIを探してきて付けたりしてみました。

今までCGIなどという面倒臭い物は使ったことなかったんですが、なんとなく使えそうなので、ついでにこのサイトのあなたのお気に入り香港映画の投稿フォームをCGIで作ってみました。今までの投稿フォームはメールデコードを使っていたので、投稿した内容は一旦私のところにメールとして送られて、それを私が手作業で編集していたので、投稿した記事が公開されるまでに1~3日くらいのタイムラグがあったのですが、今回新たに新着レビューのページを作って、CGIによってそこへ即座に公開されるようにしました。私にとっては編集する手間は以前と変わらないですが、投稿する人にとっては、投稿した内容が即座に公開されて、内容が確認できるし、失敗したら削除して投稿し直すことも出来るので、随分よくなると思います。このCGIは、フリーの掲示板システムを改造して作ったものですが、通常の掲示板のようなスタイルでもいいんですが、サーバーの制約(外部からの直接リンクが許可されていないとか)があるため、少し変則的なデザインになっています。


2003/6/16

Webの引越し先

先日の続きで、FFNetがサービスを終了した後の問題です。

まずメールに関しては、DTIにメールオンリーみたいな月500円の一番安いコースがあったんですが、これが今日見たところ、FFNetからの移行メンバーの特典で1年間だけ月250円に値下げ、とかなっていたので、メールはこれで決まりです。1年間毎月250円でメールアドレスを維持して、その間にアドレスを整理して、その後退会するつもり。

次にウェブサイトの移転先ですが、最初DTIでとも思ったんですが、しかしここの一般的なコースでは、月額1350円でウェブサイトのスペースが15MBしか無い。なんてショボいのだ。現在のFFNetでは月額1000円で30MBだから、これではあんまりです。他の有料無料のウェブサイトのサービスでは、例えば今私が使っているTripodでは、無料で12MB、月額980円で50MB、米国Geocitiesは月額$4.99で25MB、Infoseekではなんと無料で50MB、月額500円で300MBもあるではないか。でもこういうところはサーバーを管理するだけだから、さほどコストもかからないが、しかしアクセスプロバイダーとなると全国何ヶ所ものアクセスポイントや通信網を管理しなければならないので、大変なコストがかかるだろうから、だからこんなに高くてショボくて、すぐ潰れたりするんだろう。仕方ないです。と言う事で、私は現在既に使っているTripodを50MBに拡張して、そこに移転することにしました。

次に、ネットへのアクセスですが、自宅には既にADSLが入っているし、緊急用にはauの携帯が144kbpsで接続できるから全然問題ない。(と言ってもパケット料金が高いから、あくまで緊急用だけど。)なのでダイヤルアップのアクセスプロバイダはもう必要無いです。ADSLが入る前は、アクセスプロバイダを複数持っているというのは意味があったんですが、ADSLを入れて以降は一度もダイヤルアップしてないので、単なる金の無駄遣いでした。まあ、丁度良い機会だったのでしょう。

という個人的な、せこいお話でした。


2003/6/8

FFNet

私はこの『香港電影工作室』の他に、全然別の『K's Gallery』というウェブサイトを作っていますが、それを置いているプロバイダーのFFNet(フジテレビフューチャーネット)が、来年3月で営業を終了することになってしまいました。確かに傍から見ても経営がうまくいっているようには見えなかったので、まあしょうがないんですが、しかし困ったのは、そのウェブサイトをどこかに移転しなければならないとかよりも、私のメールアドレスが無くなってしまうことなのです。

このFFNetとは、その前身は94年に始まったパソコン通信サービスのPeopleで、当時パソコン通信サービスとしてはNifty-ServeとPC-VANが既に幅をきかせていたので、このPeopleはそれらとは少し違うコンセプトを備えて、主に女性をターゲットにするなどしましたが、でもだから駄目だったと言うか、95年にはいち早くパソコン通信をやめてインターネットプロバイダーへと移行しました。私は既にPeopleの会員だったし、その頃はまだ他に大きなプロバイダが少なかったので、だから私が最初にウェブサイトを作って、インターネットのメールを使い始めたのがこのPeopleだったのです。その頃のPeopleは、日本IBM、三菱、日立、東芝などが資本参加していただけあって技術的には優れた物を持っていて、3D仮想空間のPeople Spaceサービスなど今でも決して見劣りはしないと思いますし、他のプロバイダみたいに混んでる時間帯は全然繋がらないということも無かったし、また会員へのサポートも非常にしっかりしていましたが、しかし商売が下手なのか、経営はずっとうまくいっていなかったみたいでした。まあこの世界、「技術」「品質」「サポート」だけでは駄目なんですな。Peopleは、他とは違ってパソコン通信時代はライブラリにエロ画像などを置いてなかったし、プロバイダになってからもアダルト関係のニュースグループはサポートしていなかったから。いやあまり関係ないか?そんなんで2000年にはフジテレビに経営権が移って名前もFFNetに変わりましたが、フジテレビならば何かノウハウ持っているだろう、とも思いましたが、やっぱり大手にはかなわず、と言うか、ここ1,2年のADSLの急速な普及のためなんですが、ついに営業終了となりました。

ところでそのメールアドレス、中堅プロバイダのDTIが引き継いでくれることになっているので、アドレスを使いたい人はDTIに加入しなければなりません。アドレスのために再加入するのか?ちょっと悩んでます。ところでe-mailの良いところの一つとして、そのアドレスが不変であるというのがあります。電話や郵便と違って、何度家を引っ越しても、世界中のどこにいても、その人にメールを送れる。これが良いのですが、しかしそのアドレスがしばしば変わってしまうのはやはり困ります。

ところで私はずっと以前からYahooの無料メールも使っていて、去年の4月に有料化された時に金を払わなかったので、その後アドレスは無効になっていたんですが、やっぱり金を払うことにしました。10MBのメールボックスを持つために年間US$9.99、Outlook ExpressなどでPOPアクセスするために更に年間US$19.99です。まあ安いもんです。


2003/5/1

『小さな中国のお針子』

中国が舞台ですが、フランスの映画です。文革の時代に地方へ下放された知識青年達と地元の女の子達の物語を、甘いノスタルジックな雰囲気で描いた映画です。地元の女の子をジョウ・シュン(周迅)がやっていますが、彼女の話す言葉がすごく訛っていて、いかにも田舎の女の子という雰囲気が出てます。

私はこの映画の詳しいストーリーは知らずに観たのですが、結構いい映画だと思って観ていたところ、映画の終わり近くで突然シーンは現代に変わり、実はこの物語の村は、三峡ダム建設により水の中に沈んでしまった村だったんだということが判るんですが、私はこの最後の部分を見て「それは無いだろう」と随分がっかりしてしまいました。ノスタルジックな物語を水の中に沈めることによって、さらに美化しようとする意図は解るんですが、でも「三峡ダム建設」なんて、何だか夢の無い現実で夢を潰されてしまうようで、ちょっと後味悪かったです。

似たような「がっかり」は『がんばっていきまっしょい』にも有りました。これは大好きな映画なんですが、唯一嫌いな部分が冒頭のシーンなのです。時代は現在で、ボート部の艇庫が取り壊されるシーンから映画が始まります。この壊される艇庫には、20年前こんな青春があったんだよ、という感じで映画が始まります。完全にノスタルジックの映画なんですが、しかし何故こんな夢の無いことをするんだろう、と私は随分がっかりしてしまいました。はっきり言ってこのシーンは必要無い。

ノスタルジーとは失われた物、はかない物ほど美しい、ということかもしれないが、私にはそうは思えない。現在生きているからこそ、ノスタルジーなんではないかと。死んだらそれまで。それは単なる歴史でしかない。

ノスタルジーの映画を、もしこういう「過去と現在」という構成で語りたいのなら、少なくとも現在の部分に何らかの物語なりが存在しないと映画が成り立たないと思うのだ。例えば『初恋のきた道』。この映画は基本的に「頑固なシワくちゃババアと死んだジイサン」の物語である。「このババア、モウロクしやがって、言う事聞かないでしょうがねえな。」と思った息子に対して語られる、ババアが若かった頃の青春物語なのである。思い出話だから、もう思いっきり美化された、笑っちゃうくらいの大甘ラブストーリーなのである。このラブストーリー部分が映画の大半を占めるから、まるでチャン・ツーイー(章子怡)が主演のように見えるが、しかし実はそうではない。主演はババアである。このババアが何故こんなに頑固なのか、というのを1時間半かけて説明するのである。そういう映画の構成が出来ていて、思い出の学校も道も健在で、ババアもちゃんと頑固に生きているからこそ、我々観客は映画のラストで涙が流れてしょうがないのだ。そうじゃないすか?


2003/4/30

香菜

昨日、近所のスーパーへ行ったら、なんと香菜(コリアンダー)を売っていたのでびっくりしました。「タイ料理などにどうぞ」とか書いて売っていたんですが、最近何か東南アジアのエスニック料理とか流行っているんだろうか?しかしごく普通の街のスーパーで香菜を売っているのは初めて見ました。横浜中華街の八百屋とか、マニアックな食材屋とかへ行けば売っているんだろうけど。
そう言えば、今年の1月に味の素から発売された「アジアめん」シリーズがなかなか気に入っていて、これは「ベトナム フォー」「タイ トムヤム麺」「台湾 汁ビーフン」の3種類あって、スープや麺も結構本格的ですが、何より素晴らしいことに、これらには乾燥した香菜が付いているのです。これは日本では初めてではないだろうか。
ところでそのスーパーで売っていた香菜なんですが、それが一束の量が多くて、まるでほうれん草のおひたしに使えるくらいの量があるんですが、でも一束100円なので仕方ないですけど、でもこんなに沢山買っても困るがなあ、と思って、今は冷蔵庫の中に小分けして、少しづつ使ってます。
しかし日本の中華料理屋で香菜を見ることはほとんど無いですが、以前銀座にある超高級中華料理レストランに(自分の金ではなくて、会社の接待でね)行ったときには、ちゃんと香菜が出ていました。香菜って日本では高級なのか?とか思ってしまいましたが、でも一束100円。

2003/1/4

『英雄』

年末にハルピンへ行った時、ちょうど『英雄』をやっていたので、映画館で観てきました。封切りして1週間目位だったので、新聞などでもまだ話題に上っていて、ハルピン市内には既に海賊版VCDが出回っているとか、便乗した類似の作品が5作品も作られているとか、色々載ってました。ハルピンに住むある人から聞いた話では、中国人の中には映画を観て失望した人が多かったとのことです。張藝謀という中国で最も有名な監督が作り、香港中国のトップスターを集めて、多大な製作費も掛け、内容に関しては公開までほとんど秘密だったことから、かなり期待は大きかったようですが、実際公開されてみると、実は娯楽性の少ない、かなり芸術性を狙った作品だったので、面白くないと感じた一般観客は多かったようです。
しかし私はこれ観て思ったんですが、この映画の「芸術性」というのは、何と言うか、あまりにも解り易すぎる、まるで子供向けのような芸術性なのです。この映画のストーリーというのは、幾つもの同じようなパターンの物語が繰り返す構成になっていて、そしてそれぞれのシークエンスには、そのテーマとなる色彩が決まっていて、その色彩の中でひとつ舞台が終わると、別の色彩による舞台が始まる、という美術構成になっているんですが、確かに綺麗なんだけど、でも「さて次は何色だろう?」なんて期待しながら観てしまうようでは、何だか『スターウォーズ』のパドメの着せ替えみたいじゃん、とか思ってしまった。
あと、よく言われるように『グリーンデスティニー』を意識している部分が多くて、かなり似ているんですが、しかし決定的に違うのは、『グリーンデスティニー』が武侠映画であるのに対して、この『英雄』は武侠映画ではないということ。ここで私の言う「武侠映画」とは何かと言うと、それは「お茶目でわくわく胸を躍らせる要素が有る」という意味ですが、例えて言えば、仮にヤクザ、暴力団を扱った映画であっても、そこに義理人情の要素が入っていなければ、それを任侠映画とは呼ばないのと同じようなものです。多くの中国人が失望した、というのはそういうことだろうと思う。
ちなみにハルピンの映画館というのは、冬は夜になると外の気温は既にマイナス20℃くらいで、映画館に入ったら「ここ暖かーい!」とか最初思うんですが、でも実は映画館内の室温は5℃くらいでした。皆さんダウンジャケット着たまま映画観てます。

2002/12/15

Windows 98 と 2000

先日、今までWindows XP で使っていたパソコンを、Windows 2000 に入れ替えてみたら、びっくりする程快調に動くようになった、というのを書きましたが、その後、自宅にもう一台ある、今まで Windows 98 で使っていたパソコンも、Windows 2000 に変えてみたら、これが重くなるどころか、むしろ軽く動くようになったので、これまた驚きでした。もう、Windows 2000 最高です。軽くて丈夫で力持ち。ちなみに、何故軽く動くのかよく解らないんですが、XP の時と同じように、同じパソコンでOSだけを入れ替えてファイルの転送速度を比較してみたら、これがまたやはり、98 よりも 2000 の方が、転送速度が1.5倍から2倍速いという結果でした。
という訳で、今まで自宅にはWindows 98 で動くデスクトップと、Windows XP で動くノートブックの2台のパソコンがあったのですが、今では2台とも Windows 2000 に変わってしまったのでした。

2002/12/14

防寒衣類

今月末にハルビンへ行ってみることにしたんですが、私の会社にハルビン出身の人が一人いて、その人から「寒いから、帽子とか手袋とか靴とか、ちゃんとしてないと駄目ですよ。」とか言われてしまいました。冬は気温がマイナス20℃くらいだったりするので、それに備えて防寒衣類を買い足したりしてます。横浜に住んでいれば到底必要ないような物でも、例えばスパッツ(タイツ)とか、これなんか私はスキーに行く時にしか履かないので、穴の開いたのを1つ持っているだけなんで、20年ぶりに新しいの買ってしまいました。
あと帽子とか靴とか。靴は大事です。先日も首都圏に雪が降った日、新聞を見れば、滑って怪我をした人が220人、とか書いてありましたが、何故これくらいの雪でそんなに怪我をするかと言うと、それは靴が雪国仕様になっていないからです。ビジネス用革靴の底は大抵つるつるになっていますが、雪の上であれを履くのはスキーを履いているのと一緒です。札幌などでは、冬になると靴屋で滑り止め加工をするサービスをしていて、1000円くらいでギザギザのゴム板を靴底に貼り付けてくれます。これは札幌市民にとっては必需品なのです。
それから今日近くのユニクロへ行ったら、暖かそうな長袖シャツとかウールのセーターとか安いので買ってきました。しかし私はユニクロではもう1年以上も買ったことなかったんですが、ちょっと変わった事と言えば、昔はシャツとか襟の所に"UNI QLO"と縫ってあって嫌だったんですが、これが今では単に(L)とかサイズが書いてあるだけだったりして、ほとんど無印良品です。ユニクロもようやくその辺が解ってきたらしい。

2002/12/2

韓国語の直訳

香港でも公開されてヒットした韓国映画『我的野蠻女友』が、来年ようやく日本でも公開されることになりましたが、これの日本でのタイトルは『猟奇的な彼女』というのだそうです。この邦題を最初見たとき、何と言うアホなタイトルを付けるんだと思ったんですが、韓国語の解る人の話では、これの韓国語の原題"Yupgi Girl"にある"Yupgi"という言葉は、日本語や中国語の「猟奇」と同じ語源なので、要するにこれは直訳のタイトルなのだそうです。但し「猟奇」の韓国語でのニュアンスは、「変なやつ」「奇抜で面白い」のような意味で、日本語とは随分意味が違うのだそうです。ちなみに中国語での「猟奇」は、これは韓国語のニュアンスに近いような感じです。

香港のタイトルは適切な訳だと思いますが、日本のタイトルでは、まるで連続バラバラ殺人事件が起こるオカルトサスペンス映画かと思ってしまいそうです。まさかそれを狙っている訳でも無いと思うが、多分想像するに、当時「猟奇」という言葉が韓国で流行したという話は私も聞いた覚えがあるので、おそらく韓国カルチャー通である配給会社の担当者が、それをキーワードとして重要視するあまり、その二文字から逃れられなくなってしまった結果ではないか、というのが私の想像です。配給会社は、日本でも「猟奇」を韓国発のサブカルチャーの一つとして流行させられると思ったのかもしれませんが、それは大きな勘違いと言うものでしょう。もし仮にそれを狙うとしたなら、邦題は『ヨッキ・ガール』とでもしなければならない筈だから。

しかしこれは韓国語だからこそ起こった、変な現象なのかもしれないです。同じような間違いは中国語を訳す場合にも起こり得る筈ですが、実際には中国語でそういう事は殆ど無いような気がします。中国語の場合はもともとが漢字だから、逆にそこから離れようとする意識が働くのかもしれません。香港カルチャーが日本に入って来る場合などでも、例えば「飲茶」は今では誰もが「ヤムチャ」と読めるようになってしまったように、直訳ではなく「ヤムチャ」という広東語の音として流行しているのだから。

香港映画の邦題の場合でも、こういう直訳タイトルというのは有りますが、しかしこれは誤訳とは違って、意味が違うのを承知でワザと洒落で原題の一部を使っているものが多く、例えば『大丈夫日記』とか『玻璃の城』とか、こういうのは、むしろ気が利いていて良いのではないかと思っています。

ところでこういう、同じ語源なのに、日本語と中国語とでは随分ニュアンスの違う言葉というのは多いですが、例えば、メイヴィス・シュウ(許美靜)のアルバムに『快楽無罪』というのが有りますが、最初見たとき、なんかすごいタイトルだなあ、と一瞬思ったんですが、でもこの『快楽無罪』を日本語に訳すなら、おおかた、『幸せになってもいいのね』みたいなニュアンスではないかと思います。こういうふうに日本語というのは、漢字で表現した場合、言葉の持つ意味合いが中国語に比べ非常に重くなってしまうようです。「猟奇」にしてみても、本来の漢字の意味を考えると「珍しい変わった物を追い求める」という意味だから、韓国語の方がむしろ本来の意味合いに近く、日本語の方でニュアンスが重く変化してしまったと言ったほうが正しいのだと思う。


2002/11/30

『我的野蠻女友』

今年観た映画の中でベストワンはこれ。
あの金庸先生もお気に入り。そうだろう。「韓国の女の子は粗暴だねえ。うぉっほっほ。」とか言ってました。
あの李力持大先生も、「『少林サッカー』もこれには負けた。」とか言ってたらしい。
来年日本でも公開になるそうですが、でもあの邦題はやめて欲しいかも。
とにかく最高に可笑しくて感動でした。
『Yupgi Girl』 韓国のオフィシャルサイト (メイキングのビデオが楽しいです。)

2002/11/27

Windows 2000 と XP のデータ転送速度の比較

先日自宅のパソコンで、OSを Windows XP から Windows 2000 にダウングレードしてみたら、途端に快調に動くようになり(2002年11月22日参照)、とても同じパソコンとは思えない程速さが違っていたので、一体それは何故なのか、少し調べてみました。
パソコンのパフォーマンスに関わってくる要因は、CPUの処理速度やメモリ容量等以外にも色々ありますが、データの転送速度は、その中の重要なひとつです。
下の表は、内蔵ハードディスク内に有る約60MBのデータを、別のメディアに転送するのに要する時間を、色々メディアを変えて測定してみたものです。同じパソコンで、OSを Windows 2000 と Windows XP とで入れ替えて比較しています。
使用したパソコンは、東芝製 Satellite 1830 001PK、Pentium III 1GHz、メモリ256MB、ハードディスク20GB(ATA100, 4200rpm, キャッシュ2MB)です。IDEのデータ転送モードは、いずれもUltra DMAモードに設定しています。

記憶媒体 アダプタ インターフェイス データ転送時間 XPを2000と比較して
Windows 2000 Windows XP
ハードディスク(内蔵IDE) - IDE 0'18 0'45 遅い(2.5倍)
ハードディスク(外付けSCSI) - SCSI-II 1'01 1'30 少し遅い(1.5倍)
ハードディスク(外付けUSB) - USB2.0 0'22 0'23 同じ(1.0倍)
ハードディスク(外付けUSB) - USB1.1 1'15 1'15 同じ(1.0倍)
USB フラッシュメモリ 128MB - USB1.1 1'42 4'55 遅い(2.9倍)
Memory stick 128MB Logitec USB1.1 2'47 14'00 非常に遅い(5.0倍)
Memory stick 128MB Sony PCMCIA 2'00 5'25 遅い(2.7倍)
Memory stick 128MB imation PCMCIA 2'37 10'42 非常に遅い(4.1倍)
SD memory card 128MB imation PCMCIA 1'34 3'10 遅い(2.0倍)
CompactFlash 128MB - PCMCIA 1'10 2'05 遅い(1.8倍)

表に示すように、Windows 2000 と Windows XP を比較すると、XP ではデータの転送速度がかなり遅くなっていました。例えば、

この結果は結構驚きでした。Windows XP は、Windows 2000 をベースに作られていることは確かですが、その違いは、ユーザーインターフェースの違いや、マルチメディア関係等で強化された機能の違いだけで、基本部分はほぼ同じであると言われていることが多いですが、どうもそんなことはないようです。こういった、データ転送のような、基本機能の部分でも、大きな違いがあるようです。しかし進化している筈なのに逆に遅くなっているというのは変な話ですが、それが何故なのかは、想像するに例えば、データ転送の信頼性を高めるために、エラーチェックの処理を加えているとか、そういうことがあるのかもしれないですが、よく判らないです。


2002/11/22

Windows のダウングレード

今日、自宅のパソコンで、Windows のアップグレードならぬダウングレードをしました。つまり、Windows XP が入っていたマシンに、Windows 2000 を入れ直したのです。何故かと言うと、それは Windows XP が、あまりに重過ぎたからです。それで Windows 2000 にしてみたら、なんとムチャクチャ快調に動くようになったので、もう驚きでした。このマシンを買ってから約半年間、もうこんなトロいマシンは使い物にならん、と思いながらも我慢して使っていたのですが、この半年間は一体何だったのか。って感じです。皆さんも、もうWindows XP を使うのはやめましょう。とか言って。
それにしてもこの Windows XP、何故こんなに重いのか?マシンのスペックが足りないとか、OSの機能が豊富だからとか、そういう問題ではなくて、どうも何か色々な部分に無駄が有るような感じがするのです。何をするにしても、必ず少しタイムラグが入る。仕様なのかバグなのか判りませんが、Windows 2000 には、全くそういうことが無い。本当にサクサク気持ち良く動いてくれます。同じアプリケーションを操作しても、明らかに Windows 2000 の上でのほうが動きが早いのです。
ところでこのダウングレード、実は結構厄介だったりもします。というのは、OSをインストールするためには、各種ドライバもインストールする必要があるんですが、この必要なドライバというのは、ビデオ、イーサーネットアダプタ、サウンド、モデム等々で、勿論これらが無ければ、画面は小さいままだし、ネットワークは繋がらないし、音も出ません。ところがこのマシン(東芝の Satellite 1830)、これは Windows XP がプリインストールされて売られているもので、Windows 2000 のプリインストールは無いので、ドライバを探しにメーカーのサイトへ行っても、このマシン用のWindows 2000 のドライバは用意されていないのでした。だから、他のマシン用ので使えそうなドライバを探し集めたりして、結構大変。でもまあ面白いけど。

2002/11/17

金馬獎

今年の金馬獎の影后は、アンジェリカ・リー(李心潔)でした。大方の予想では、《男人四十》のアニタ・ムイ(梅艷芳)だろうと言われていたので、意外と思われたようですが、私は《見鬼》のアンジェリカ・リーが非常に良かったと思っていたので、これは納得できる結果でした。と言うか、こういう人が賞を貰わなくちゃ、いけないと思う。サミー・チェン(鄭秀文)が貰っても良かったんだけど、彼女の場合、はっきり言って、もう遅いです。2000年の金像獎の時に、彼女は《孤男寡女》で影后になるべきだったのだが、《花樣年華》のような作品でマギー・チャン(張曼玉)が影后になってしまったことに対して落胆した覚えがあるのだが、あの時既にマギー・チャンは過去の人であり、そして今や、サミー・チェンですら、過去の人に成りつつある。本来評価すべき人を評価出来ないシステム、というか、過去に功績のあった大スターを称えるためだけの賞ならば、そんな物は要らないと思う。今や誰も、香港映画に夢を抱くことは出来なくなってしまったと言うのかもしれないが、いやいや、まだまだ、そんなことは無いのだよ。と言う事で、詳細はこのページ。ちなみに、レオン・ライ(黎明)は、今まで影帝になったこと、無かったっけな?意外な気もするが、これはまあ、良かったですな。

2002/11/11

『停不了的愛』続き

この映画がリメイクらしい、というのをもう少し調べてみたら、その17年前の『停不了的愛』は、なんとそのマンフレッド・ウォン(文雋)が脚本を書いていました。そうでしたか。それから、その映画が出世作となったアイリーン・ワン(溫碧霞)は、このリメイク映画を観て、「内地のあるメディアでは、チン・ハイルー(秦海璐)は最も不細工な影后、とか言っているけど、そんなことない。いいキャラクターを持っているし、演技もいい。」と言って誉めていたらしい。

2002/11/10

『停不了的愛』

『停不了的愛』というのは、今年の夏に公開になったダニエル・チャン(陳曉東)とチン・ハイルー(秦海璐)主演の映画です。チン・ハイルーは、『ドリアンドリアン』が非常にハマリ役でしたが、でもこの人のキャラクターを生かせる映画はあまり無いだろうと思っていたんですが、しかしこの作品はまたこの人にぴったりです。マンフレッド・ウォン(文雋)は『ドリアンドリアン』のチン・ハイルーを見て、この企画を思い付いたんだろうと思う。

文雋と言えば『古惑仔』シリーズで有名ですが、最近この人は、昨年の『我的兄弟姐妹』のような中国内地をターゲットにした作品を作っていて、この作品もそんな部分があるようです。映画の台詞の3割くらいは広東語、あとは北京語ですが、買ったDVDには吹き替えトラックが入ってなくて、同じ音声の 5.1surround が入っているだけでした。この映画の場合、これは中国の山村の女と香港の男の物語なので、そういう言葉のリアリティが大事なんだと思う。ちなみに、その『我的兄弟姐妹』の4人兄弟の2番目と3番目を演じていた二人の子役が、この映画でも小学校の生徒として重要な役で出ていました。

それからこの映画、ある人が何かのリメイクらしいと言うので調べてみたら、84年にアンディ・ラウ(劉德華)とアイリーン・ワン(溫碧霞)主演の同名の作品があるので、これのリメイクなのかもしれない。古い作品でVCDなども出ていないので、ちょっと確認できないですが。

また、この映画のテーマとなっている曲が、フェイ・ウォン(王菲)の『我願意』をダニエル・チャンが歌ったもので、映画の中ではチン・ハイルーも歌ってます。チン・ハイルーはさすが京劇役者だけあって歌も上手いです。ところでこれ、フェイ・ウォンの曲の中でも私自身はあまり注目していなかった曲なんですが、しかしこの曲はフェイ・ウォンのコンサートでは必ず最後のアンコールで歌われる曲でありました。しかしこの映画の中で使われると、あまりに映画とぴったりなんで、音楽がずーっと頭の中に残ってしまうのであった。

映画のストーリー等は説明してもあまり意味無いんですが、映画の雰囲気というのは、この映画の監督イップ・ワイマン(葉偉民)の作品に皆共通していることですが、感傷的でかなり切ないんだけど、何故か妙にすがすがしい感じがして良いのでした。


2002/11/2

パソコンのメモリ

今日、自宅のパソコンにお絵かきソフトのPainter 7をインストールしたのを機に、増設メモリを入れることにしました。今まで128MBしか入ってなかったので、256MB増設しようと思い、近くのパソコンショップへ行って、SDRAM、DIMM、256MB、PC100、CL2、ECC無し、の物を探すと、メーカーのパッケージ品では大体9,980円とかするのですが、これがバルク品では3,500円で売ってました。半値以下。で、そのバルク品を買って来て装着してみたら、なんとBIOSはメモリを128MBしか認識しないのでした。なんかマザーボードとの相性が悪いんだろうか。こういうことはままあるらしいです。まあ、半値以下だから半分使えればいいか、とか思ってみたり。

2002/10/29

広告収入

このサイトのホームページの下のほうに、YesAsia の広告バナーを貼っていますが、これをクリックしてくれる人がたまにいるみたいで、広告収入が私のところに、ほんの少しだけですが、入って来ます。年に1回くらい、$120とかそのくらいの小切手が送られてきます。この手の広告料は、大抵小切手で送ってくるらしいですが、しかし海外の銀行の小切手を日本で換金すると、手数料が2,000~3,000円かかるのが普通らしいので、広告料がもし数千円程度だったら、これではほとんど残らなくなってしまいます。ところがCITIBANKだけはこの手数料が安くて1,000円なので、私もここに口座を持っていたので良かったでした。これでプロバイダの費用くらいはまかなえているという感じです。

2002/10/20

なごり雪

随分久しぶりに大林宣彦の映画を劇場で観たのだが、しかしあれはちょっと苦しかったかな。映画のヒロインは、まるで現実味の無い夢見る少女だったりして、あの変な台詞の喋り方もワザとなんだろうけど、でもあれをやるなら演じる女優は、この世の物とは思えないような美少女がやらないと、映画が成り立たないと思うのだが。いや、せめて昔の中江有里とか、その程度でいいんけど。それから、あの宝生舞のたるんだお腹は一体…。あそこで美しい体を見せてしまうのは映画的に間違いなんだろうけど、ワザと太ったのか宝生舞? …いや、そんなことは無いだろう。

2002/9/23

Windows 2000

最近会社の仕事用にWindows 2000を使い始めたんですが、これは結構いいです。98とXPの良い部分を合わせたような感じです。XPはいろいろ良い点もあるのだが、なにせ動きが重いし、デザインがダサくて、いまいち駄目です。動きを軽くする設定も色々あるのだが、一番軽い設定にしてもまだ重いです。その点、2000は軽くてシンプルで良いです。一つ面倒な点は、ネットワーク共有でのユーザーの管理がかなり厳密で面倒臭いです。企業で使う為には重要ですが、初心者が家庭内LANで使うのには向かないと思います。"Windows 2000 Home Edition"みたいなのが有ればいいんだがな。

2002/9/11

Episode II

今頃になってやっとEpisode IIを観てきたんですが、今回も見所は、やはりパドメの着せ替えですな。次はどんな格好して出て来るのかいちいち期待しながら観てしまった。帰りに渋谷のタワーブックへ行ったら、案の定パドメの着せ替えブックとか売ってました(もちろん子供向け)。それから今回はヨーダがむちゃかっこいい、と言うか、笑えると言うか何と言うか。

2002/8/24

昆明

夏の休みの間、9日間ほど昆明へ行っていましたが、なかなか良い所でした。昆明は標高が2000メートル近くあるので、とにかく涼しい。と言うか、寒い。夏だというのに、フリースとか何か防寒上着が必要で、あるお寺で案内してくれたお姉さんなどは、ダウンジャケットまで着てました。夏は雨季にあたるのでよく雨が降るんですが、日本の梅雨みたいにジメジメしてなくて、短く降って上がるとカラっとしてすがすがしい、要するに山の天気なのです。位置的には亜熱帯なので街には緑が多くて植物の種類も豊富です。空気もきれいだし、と言うか、空気が薄くて、人によっては昆明へ行くと高山病になるらしい。
それから、昆明の人達は、随分ホノボノしていて良いです。地方都市なせいかせこせこした所がないし、街で会う人達が皆明るくて、話しているとすごく楽しいです。街にはまだ自転車が沢山走っているし、中山装を着ているオジサンまでいて、ちょっと20年前の中国みたいなところもあります。
あと面白かったのがバス。昆明のバスの運転手は若い人、それも女性が結構多い。中国のバスは知っての通り、むちゃくちゃ運転が荒いんですが、どう見ても隣のお姉さん、て感じにしか見えないジーパンにTシャツの運転手が、警笛かき鳴らしながら、ガーッとバスを走らせているのはすごい格好いいです。またあるバスでは、運転手が20歳くらいの若い兄ちゃんで、運転手の横に若い女がずっとべったり立っているので、何かとよく見たら、二人は恋人同士で仕事中にデートしているのであった。それから、昆明のバスの中には、必ず鉢植えの木が何故か置いてあったりして、なかなか変です。

2002/8/2

CPUの発熱

 私は現在自宅で2台のパソコンを使用しているのですが、そのうち1台は今年の3月に購入した東芝製ノートパソコン(Pentium III 1GHz)で、しばらく快調に動いていましたが、それがこの7月に入ってから、使用中に突然電源が落ちる、というトラブルが頻繁に起こるようになったのです。最初原因がさっぱり判らず、メーカーに問い合わせても明確な回答が得られなかったのですが、色々調べているうちに、どうやらその原因は、CPUの発熱によって内部がある一定以上の高温に達すると、パソコンの危険防止機能が働いて電源が自動的に落ちてしまうようなのでした。まあ、夏だしね。パソコンも暑さに耐えられないんですな。
 そうは言っても、そのパソコンは、ちゃんとエアコンの効いた部屋の中で使っているのだし、室温も30℃以下にはなっているのだから、いくら夏だと言っても、室内で使えないようでは、これは家電品としては欠陥じゃないかね。どうすか、東芝さん?
 しかし、使用中に突然電源が落ちてしまうのは、非常に困ったことではある。これでは怖くて使えん。解決策として、パソコンの下に濡れタオルを敷いて冷却したり(少しは効果があった。でも現実的な策とは思えんな。)、とか色々試してみた結果、たどり着いた解決策はCPUの速度を低下させることでした。ノートパソコンというのは、省電力のためのパワー制御の機能があるので、それでCPUを遅くしてしまえば、発熱が抑えられて問題の発生は防げるのだった。しかし、なんだか後ろ向きな解決策だよな。
 同じようなトラブルは最近多いのか、ノートパソコン用外付けクーラー、なんてのも売っているらしいです。そう言えば、最近日立が水冷式のノートパソコンを発売したそうですが、こういうのは絶対必要だと思う。デスクトップパソコンでも、ファンの音がうるさい、というのは何年も前から大きな問題となっているのだから。CPUだけ速くなっても、それに伴って、こういう細かい周辺技術が発達していないと駄目だと思うぞ。軽自動車のボディに3000ccのエンジンを載せても駄目なんだから。

2002/7/30

倉木麻衣

今日の夕方、倉木麻衣のコンサートに行ってきたんですが、会場が逗子マリーナで、海辺の屋外ステージは夏の雰囲気でなかなか良かったです。もうこんな夏なのに、部屋に閉じこもって香港映画のDVDなんか見ているようじゃ駄目ですな。しかし、客席でずっと立ったまま半分踊っていたりすると、終わった後で足腰が痛くなっていかん。昔はそんなこと無かったんだが、もういい加減トシなんだろか。
ところで、鎌倉駅から逗子マリーナへ向かうバスの中に、香港人の女の子が一人いたのですが、わざわざ香港から来たんだろうか。

2002/7/14

『Memento Mori』

 『Memento Mori』というサブタイトルの付いたこの映画は韓国の作品で、日本でのタイトルは『少女たちの遺言』、香港のタイトルは『幽異戀人』、韓国の原題はハングル読めないからよく判らないです。私の場合韓国の映画は、香港からの情報を通じて興味を持って香港からDVDを買うことがほとんどなので、この映画の場合も、日本で公開していた『少女たちの遺言』のことだったんだと、観た後になって気が付いたりしてしまいました。普段忙しいので、香港以外の映画については、それ程細かくチェック出来ていないのでした。
 ところでこの映画はどんなかと言うと、女子高を舞台にしたオカルトめいたサスペンス、という形を表向き取っているけれど、その実本当は、高校生達の微妙な心の揺れを描いた青春映画、と言うか、女子高校生の生態が観ていて面白い映画、というか、そういうのです。部分的にはちょっと日本映画の『櫻の園』に似てます。出て来る女の子の一人はつみきみほみたいだし。ちょっと意識しているかも。
 話はそれますが、ところでその『櫻の園』は、確かその年のキネ旬日本映画ベストワンか何かに選ばれたという映画だったと思いますが、しかし実を言うと私はあの映画があまり好きではない。何故かは良く判らないのだが、多分その映画が、「オジサンの目を通して描かれた女子高生像」だったからかもしれない。私もその「オジサン」の一人なのであるが、だからこそ好きになれないのか、あるいはその「オジサンのロマンチシズム」が好きになれないのだと思う。多分評論家受けは良かったかもしれないが、一般観客にはそれ程評価が高くなかったんではないだろうか。
 それはどうでもいいですが、この『Memento Mori』は非常に良いです。何が良いかと言うと、それは単純に「観ていて面白い」からです。当たり前ですね。これでは全然説明になってませんな。しかし敢えて言うなら、感覚が非常に瑞々しくて、生き生きしているのが良いです。それから登場キャラクターが結構良くて、特に3人目の主人公、赤いカバーの交換日記を拾ってしまう女の子のキム・ミンソン(金泯洗)がかなり面白いです。

『Memento Mori』のオフィシャルサイト(要ハングルフォント)

2002/7/7

少林…

『少林サッカー』DVDも持ってて、もう何回も観ているのに、あの感動を映画館で味わうべく、今日また大金払って映画館に観に行ってしまったよ。

2002/6/30

YesAsia

YesAsiaのグローバルサイトのデザインが最近リニューアルして、表示言語が、英語、繁体字中国語、日本語、ハングルの4種類になり、しかもそれぞれGraphical TextのON/OFFも切り替えられるようになってます。なかなか便利になりました。YesAsiaは以前から通販サイトとしての利便性や信頼性はとても良かったし、今では結構儲かっているみたいなので、インターネットの通販サイトとしては、かなり成功している部類なのではないかと思う。私も数年前から他の幾つかの通販サイトも試しに使ってみたりしましたが、そのほとんどは今では潰れて無くなっています。ちなみに、YesAsiaの日本語サイトというのは無くなったようです。そりゃそうだろう。

2002/6/22

『十七歲的單車』

これは中国の映画ですが、『十七歲的單車』というタイトルは台湾のもので、大陸では上映禁止で公開されていないらしいです。日本では去年の「アジアフォーカス福岡映画祭2001」で『北京の自転車』というタイトルで上映されたそうです。私が買ったDVDは韓国版なので、ハングルは全然読めないから、パッケージに何が書いてあるのか詳しいことはよくわかりません。ちょっと値段が高くてUS$13もすると思ったら、サントラCDが付属していました。
映画の内容は、まさにタイトル通り『十七歳の自転車』の話です。これは十七歳でないといけない。私も観ていて中学生の頃を思い出してしまった。(いや、中学生なら十七歳じゃないな。)まあ、私はべつにあんなじゃなかったですけど、でも気持ち的にはすごく解る。
主演の少年二人は全くの新人で、それから他に、『スパイシー・ラブスープ』で録音マニア少年の話に出ていた女の子、カオ・ユエンユエン(高圓圓)が出てました。今回もあの映画とまるで同じような役柄なんですが、この人は絵に描いたような「憧れの美少女」なので、私がプロデューサーだったら、やっぱり彼女を選ぶと思う。それから、怪しい謎の女の役でジョウ・シュン(周迅)出てます。
それからこの映画、俳優の台詞が、北京訛りの人が多かったので、なんだか全然聞き取れないのでした。私の場合台湾訛りのほうがまだ聞き取りやすいような。

2002/5/26

『天下無雙』の音声

『天下無雙』をDVDで観たんですが、これ、音声が少し凝っていて、広東語トラック、北京語トラックの両方とも、撮影現場の同時録音を元にアフレコを重ねて作っているようです。だから、広東語トラックではトニー・レオン(梁朝偉)とフェイ・ウォン(王菲)その他広東語俳優の声は本人の声で、北京語トラックではチャオ・ウェイ(趙薇)とチャン・チェン(張震)その他北京語俳優の声は本人の声で、あとはそれぞれ声優の吹き替えをアフレコで入れてます。ただし、北京語トラックのフェイ・ウォンの声だけは、本人が吹き替えているようです。この映画は主演4人とも声に結構特徴があるので、これはなかなか良いです。と言うか、この映画の面白さを味わうには、やっぱり生の声でないと駄目だと思う。全部吹き替えにしたほうが、作業としては楽なんだろうけど。しかし、と言う事は、実際の撮影現場では、広東語北京語入り混じってそれぞれ皆適当に会話しているってことなんでしょうな。そういうのも観てみたい気がする。

2002/5/12

蕭亞軒の香港コンサート

エルバ・シャオ(蕭亞軒)が去年の夏に香港で行ったコンサートのライブVCDを今日観てたんですが、やっぱりエルバ・シャオはかっこいいです。CDとかだけ聴いていても、それ程迫力感じないんですが、ライブで聴くと、あのドスの効いた中低音がグリグリ来ます。もう最高です。ステージでのパフォーマンスとか、結構地味で特に何もやってないんですが、でもなんかかっこいいのだ。歌いながら客席にぬいぐるみ配って歩いたりしてたのとか、なんか可笑しいけど。これは香港でやったコンサートなので、曲の間は広東語で喋っていて、広東語の曲も何曲か歌ってました。でも彼女は広東語の勉強は大変で、発音もうまくいかない、とか言ってました。しかし何故か今日特に思ったのは、彼女は頭の形が、非常に格好良いということ。ステージでは髪の毛を結わえてポニーテールにしていたんですが、そうすると、頭の形がなんとも美しいのですよ。あの顎からうなじの辺りに惚れちゃいました。(そんなところ気に入ってどうするんだ。)

2002/4/30

陳淑芬+平凡

陳淑芬と平凡というのは、最近日本でも人気の出て来た台湾のイラストレーター(夫婦)です。非常に繊細で詩的な女性のイラストを中心に制作している人達です。イラストなどに興味の無い人でも、中華なものが好きな人なら、どこかで彼らのイラストを見たことがある筈と思います。小説の表紙やコミック、PCゲームのキャラクター、映画のポスター等々に彼らのイラストはよく使われているので、香港や台湾ではよく見かけます。香港映画関係なら、『君のいた永遠(心動)』をイラストにした、イラストストーリーブックが台湾で出版されていて、金城武とか梁詠琪とか莫文蔚とか、妙に美しく描かれてたりします。それで私も随分昔から気になっていて、台湾に行くたび彼らの画集やらポストカード集やらCD-ROMやら、沢山買ってくるんですが、そういう画集というのは大抵大きくて重いので、帰りの荷物は大変です。私は大抵、台北駅前の誠品書店で買うんですが、しかしレジに持っていくと、「包装しますか?」とか聞かれます。こういう美少女画集みたいなのは、台湾では大抵女の子が買う物らしくて、私みたいな「おっさん」が買うと、贈り物だと思われるらしい。まあ、それはいいけど、ところで彼らの画集は、日本でも小学館プロダクションから既に2冊出版されていましたが、最近新たに日本で3冊目の画集が発売されて(今日買ってきたのだ。)この画集の出版を記念して彼ら2人が来日し、4月28日から5月7日にかけて日本全国どさ回りをしているらしい。大変ですな。

陳淑芬と平凡のウェブサイト
小学館プロダクションの陳淑芬+平凡のページ

2002/4/29

我的兄弟姐妹

『我的兄弟姐妹』というのは、去年公開された中国映画で、電影雙周刊では「催涙弾」とか紹介されてましたが、大陸では皆感動してかなりヒットしたようです。映画の内容は非常にシンプルで、子供の頃に離散した4人の兄弟姉妹が、20年後に再会する、というお話。子供時代の4人と、20年後の現在の4人とが対比で描かれるんですが、この子供時代を演じた子役達が皆すごい良くて、なかなかでした。一番下の子なんかまだ4歳くらいなんですが、もう迫真の演技で、あれはどうやって演技指導してるんだろうかと感心してしまった。子供達のお父さんを演じているのが、なんとロック歌手のツイ・ジェン(崔健)。何故崔健かとも思ったが、しかしこれが妙に似合ってて結構いいです。一応役柄も音楽教師だし。主役は一応ジジ・リョン(梁詠琪)ですが、これも何故ひとり香港から梁詠琪か、とも思ったが、マーケットを考えてのことだろうか。この梁詠琪、最近色々な映画で妙に怪しい雰囲気を醸し出している人ですが、この映画ではごくまともでした。
ところでこの映画、台詞の中国語がとても聴き取り易いので、中国語を勉強するのに良いです。台詞の内容も簡単だし、声が非常にはっきりしているので、大方の台詞は聞き取ることが出来ると思います。と言うか、実は私は普段中国語の映画やドラマをよく観ているんですが、しかし大抵、喋るの速かったりして、全然聞き取れていないのでした。
ちなみにプロデューサーはあの『古惑仔』シリーズ等のマンフレッド・ウォン(文雋)。

2002/4/1

Yahoo!奇摩高校

台湾のYahoo!奇摩に、漫画のページがあるんですが、ここに連載している『Yahoo!奇摩高校』がすごい面白です。是非見て下さい。私は2年くらい前から愛読しているんですが、なかなか中国語の勉強にもなります。

2002/3/25

蔡智恆

蔡智恆というのは、台湾の小説家で、若い人向けの恋愛小説などを書いている人です。この前台湾へ行った時、本屋でこの人の「7-ELEVEN之戀」という恋愛小説の短編集を買ったのですが、それがかなり面白かったです。

私がこの人を知ったのは割と最近で、今年の1月に上海へ行った時、書店で「LOVE POST」という恋愛小説を集めたオムニバスの本を買ってみたのですが、その表題作の「愛爾蘭咖啡」というのがこの蔡智恆の小説でした。この「LOVE POST」というシリーズ本は、もともと台湾で出版されている本で、それが大陸でも全く同じ内容で、文字だけ簡体字にしたものが出版されているのでした。

もちろんこれらの本は中国語で書かれているので、何故こんなものを読んでいるのかというと、それは中国語の勉強の為だったりとかします。もっとも日本にも中国語の教材は色々有りますが、でも大体どれも面白くなくて、なんか妙にお堅い内容だったりとか、変に子供っぽかったりとか。むしろ私が日頃読んでいる中国語の芸能ニュースなど、これは必要に駆られて読んでいるので、むしろそのほうが面白いし、身に付くような気もします。

で、この人の小説の何が面白いかと言うと、それはこれが、私が初めて「中国語として面白い」と感じた文章だったのです。単に小説の内容が面白いとかだけでなくて、この人の書く文章は、何か言葉の感覚がすごく良いのです。中国語とは、こんなに格好良いものだったのか、とか思ってしまいました。

ちなみにこの人は、もともとウェブ上で小説を発表し始めたことで知られていて、ある意味先端的というか、結構とんがった感覚の持ち主なのかもしれません。この人の小説はウェブで読むことも出来るので、下のサイトでちょっと読んでみるといいかもです。

蔡智恆のウェブサイト:痞子蔡的創作園地


2002/3/10

孫燕姿

先週台湾へ行ってたんですが、夜ホテルでテレビを見ていたら、スン・イェンツー(孫燕姿)が出ていて、「3日に台北駅の三越前でイベントやります。」とか言っていて、それでわざわざ行った訳ではないのだが、ちょうどその日台北駅前を通り掛ったら、孫燕姿が来てました。割と間近で見ましたけど、可愛いすね。いや、別に私はファンとかいう訳ではなくて、せいぜい彼女のマウスパッドを愛用している程度なんですが。しかし、そこに集まってたファンの人達は、男の子ファンよりも、むしろ女の子のファンが多かったのは意外でした。女の子の目から見ると、割と格好良く見えるのかもしれないですね。孫燕姿が今ちょうどプロモーション中の新しいCDというのは、カバー曲ばかりを集めたもので、CDショップで聴いてみたら、ビートルズから始まって、王菲とか、阿妹なんかもやってます。まあ、怖いもの知らずと言うか何と言うか。買わなかったけど。

2002/2/17

戴佩妮

今日、ペニー・タイ(戴佩妮)の武漢でのライブのVCDを見てたんだが、彼女は地味なTシャツにジーパンで歌っていて、そういう地味な格好してると、すごい幼く見えて、まるで高校生みたいです。彼女はマレーシアに住んでいるので、マレー民謡とかも、ちょっと歌ってました。

2002/2/2

ADSL

今日からやっと私の家にもADSLが開通しました。56Kのモデムに比べると、もう100倍くらい速い。すごいです。しかも常時接続だから、インターネットの中国語ラジオ放送も垂れ流し状態に出来るし、友達から「お前のところに電話しても、いつも話し中だ」なんて文句言われなくて済むし、電話代もずっと安くなるし、良い事ずくめです。まあ、世の中便利になったもんだ。
それからLANのほうは、今まで2台あるパソコンをクロスケーブルで繋いでいたんですが、ハブを買ってきて繋ぐと、2台とも同時にインターネットに接続できて非常に便利です。
しかしADSLにすると、なんだかブラウザの表示が速すぎて、今まで表示に時間がかかっていたのがある種のリズムとして体に馴染んでいたのか、今度は妙にせわしなく感じてしまって、落ち着かないというか、却って疲れるというか、それも何だか変な話かも。

2002/1/24

デジタルカメラ

この前デジタルカメラを買いました。ソニーのCyber Shot DSC-P5というやつで、割と最近発売になったものだと思います。
デジタルカメラというと、私は今でも一つ持っていて、それは4年前に買ったRICOHのDC-2Lというのですが、これは何とCCDが38万画素という恐ろしいもので、しかもまるで弁当箱のようにデカイ。まあ、こんなものでも少しは役に立っていたのだが、しかしとても旅行に持って行って使えるものではないので、いい加減新しいのを買うことにしたのです。どれを買うかは色々検討したのですが、結局Sonyのこれが、一番コンパクトで、扱い易くて、手に馴染んだので、スペックよりもそれで決めました。
ちなみに、デジタルカメラを店頭で試しに使ってみるなら、新宿東口のヨドバシカメラなんかいいです。全機種ともバッテリーが入っていて、実際に撮影してみたり出来ます。
それは良かったんですが、ところが一つ問題が。カメラからパソコンにデータを転送するのにUSBポートを使うのですが、ところが私のパソコンのUSBポートが何故か死んでしまって、使えなくなっていたのでした。接続したカメラやメモリーリーダーは一応認識したりするのですが、異常に遅かったり、途中でハングアップしてしまったりして、こういうのは大抵ハードウエアの接触不良とかそういうのが原因だったりするんで、それで色々調べたけれど、結局原因が判らずUSBポートは諦めてしまいました。まあ、パソコンも3年前のだし、これも買わないと駄目かも。それで仕方ないから、SCSIで接続するPCカードリーダーという時代遅れの物を買ってきて、これでやっとデータが読めるようになったのでした。めでたしめでたし。
でも、カメラは非常に良いです。なかなかおすすめ。

2002/1/16

幾米

幾米というのは、台湾の人気絵本作家で(「幾米」は「ジミー」と読む)、私はこの人の絵本が気に入っているので、台湾に行った時には本屋で買って来たりしてます。最近この人の絵本が何冊か日本でも日本語訳が発売されたらしく、プチセブンの後ろの方に場違いなように宣伝が載っていたので、多分同じ出版社から出ているんだと思います。(と言うのも、プチセブンの読者がこのような本を好んで読むとはとても思えないすから。)絵本と言っても、どちらかと言うと大人向けのやや硬派な内容の作品を作っていますが、何と言ってもこの人の描く独特の繊細な絵が非常に魅力的です。代表的な作品としては、例えば1999年の「向左走・向右走」というタイトルの本、これはどういう物語かと言うと、ある若い男女が出会って意気投合し、電話番号を交換し合うけれど、別れた帰りに雨に降られて二人とも書いた紙が読めなくなってしまい、連絡が取れなくなってしまう。それから二人とも、お互いを探し合うのだが、全然出会うことが出来ない。ところが実はこの二人、なんと同じアパートのお互い隣の部屋の住人だったのだが、一人はアパートから左に向かって出て行く習慣があり、もう一人は右に行く習慣があったため、今まで一度も出会ったことが無かったのだった。こんなに近くにいながら、幾ら探しても出会えない二人は…、というお話。ちょっと切ない大人の絵本なんですが、こういう、ある種寓話的な要素も含んでいる内容です。しかし何と言ってもこの人は絵がすごくいいので、興味のある人は下のサイトでも見てみて下さい。台湾で出版されたものも割とやさしい中文なので、ちょっと中国語を勉強してる人にも良いかもです。

幾米のウェブサイト http://www.jimmyspa.com/


2002/1/15

中国語のドラえもん

上海行った時に、中国語版のドラえもんのVCD(国語吹き替え、中文字幕付き)を買って来たんですが、子供向けだから割と簡単かと思ったら、そうでもなくて、やっぱり字幕を見ないと全然解らないのだった。結構みんな癖のある喋り方をするので、特にジャイアンなんて、モゴモゴしていて何言ってるのか全然わからんかった。ドラえもんがどんな声なのかと期待したのだが、案外普通でした。まあ、面白かったけど。ちなみにドラえもんは中国語で「叮噹」または「多啦A夢」。

2002/1/13

女闖天關

『俠女闖天關』というのは、香港のATVと上海永楽電視の共同制作で、台湾でも放映されたテレビドラマです。私は名前だけは聞いていて、チャオ・ウェイ(趙薇)が主演しているという事を知っている程度だったんですが、この前上海へ行った時に教えてもらったところ、なんとこれ、監督はチュー・イエンピン(朱延平)とレイモンド・リー(李惠民)、アクション監督は、なんとあのチン・シウトン(程小東)という何とも私好みの顔ぶれだったのでした。それは知らんかった。このところ香港映画界はずっと不況ですが、こんなところで無駄に、じゃない、才能が有効に使われているのですな。ちなみに主演はチャオ・ウェイ、ニッキー・ウー(吳奇隆)のほか、ラウ・シュン(劉洵)とか、郝劭文(金城武のコメディに必ず出てくるあの太った小坊主)とか、色々出てます。上海でVCD20巻セットを買ってきたので少し観てみたんですが、まるで香港映画でした。いや、しかし私はまだ『情深深雨濛濛』を半分も観ていないので、まずこっちを先に観ないと。

2002/1/12

上海の大学生

年末の休みに上海へ行って、上海の大学生何人かと話をする機会がありました。その中の一人とは映画の話で随分盛り上がって、2時間くらいずっと映画の話ししてました。例えばその人は、チョウ・ユンファ(周潤發)が好きだと言うので、最近のハリウッド映画や『臥虎藏龍』なんか観ているのかと思ったら、「いや、チョウ・ユンファの代表作と言えばそりゃ『上海灘』でしょ。」とか言うので、「そんなの、テレビでやってた頃、お前まだ生まれてないだろ。」と言ったんだが、どうやら最近でも再放送をしているらしい。上海のCDショップへ行ったら、VCDもしっかり売っていて、若かりし頃のチョウ・ユンファの顔が映ってました。他に好きなのは『喋血雙雄(邦題:狼 男たちの挽歌・最終章)』で、「あのラストシーンはすごかったよね。」と言ったら、「そう、そう!」と、その当時彼女は13歳で、動揺のあまり、ワンワン泣いてしまったという。そりゃそうだろう。「サリー・イップ(葉蒨文)も出てたね。」と言ったら、「よく知ってるね。全然有名じゃないのに。」と言われてしまった。好きなんだけどなあ。もう忘れられてる人なのか。その他にも、黄飛鴻のお父さんの話で盛り上がったりとか、『少林足球』は大陸では上映が許可されてないけど、みんな海賊版で観てるよ、とか、『半生緣』の吳倩蓮は目が細いけど美人だよね、ああいうの好きか?とか、周星馳の『西遊記』は女優がみんな美人だから好きだと言ったら、あれは二人とも周星馳とできてたんだとか、『甜蜜蜜』は良かったね、とか、許美靜は声が風邪ひいて鼻詰まってるみたいだとか、阿妹よりCoCo李のほうが歌が上手いだろ、とか、「成龍より李連杰がいい」と言ったら、「あんな奴のどこがいいんだ」と迫られたりとか、「鈴木保奈美って誰?」とか言ったら、「あんた、本当に日本人か?」とか言われたり、でも上海の若い人と話すると、大体皆、浅野温子とか鈴木保奈美とか常盤貴子とか織田裕二とか江口洋介とか、そういう話をしてくる。やっぱり日本のテレビドラマは相当人気あるらしい。なんか、そういう馬鹿みたいな話をしてたんですが、これも私にとっては中国語の勉強のひとつだったり。

2001/12/23

Bonnie Pink

今一番気に入って聴いているアルバムは、Bonnie Pinkの"Just a Girl"。中でも先にシングルで出ている"Take Me In"とか"眠れない夜"とか(これも既に買って持ってるんだけど)、すごいいいです。感動しますよ。是非聴いてみてください。

2001/10/14

情深深雨濛濛

最近、中国のテレビドラマ『情深深雨濛濛』にハマってしまい、なんかこればかり観てます。(どうもはまり易い性格らしい。) この連続劇は1回1時間のドラマが全部で49回まであり、これを若し週に1回のペースで観ていたら、最後まで観るのに1年かかってしまいそうです。私は香港のYesAsiaからVCDを買って観ているのですが、北京語音声、中文字幕付きの物を、とりあえず、1-20集までを買って観始めて、それで昨日、続きの21-49集までを買おうと思ったら、なんと最近香港で、広東語吹き替え、字幕無しのVCDが発売になっていて、YesAsiaで扱っているのもそれに替わってしまい、以前の中文字幕付きは無くなってしまっていたのでした。これはうっかりでした。私は音声が北京語でも広東語でも、字幕が無いとやっぱり駄目なのです。しょうがないから、今度台湾に行ったときにでも字幕付きを探して買ってこようかと思ってますが。
ちなみにこのドラマ、主演はチャオ・ウェイ(趙薇)、レオ・クー(古巨基)、ルビー・リン(林心如)、スー・ヨウポン(蘇有朋)で、1930年代の上海が舞台です。レオ・クーが主演というのは、ちょっと意外ですが、中・港・台のそれぞれから俳優を起用するという意図もあるようです。台詞は北京語なので、レオ・クーの部分だけ吹き替えになってます。

2001/9/30

情迷大話王

これ、あんまり期待しないで観たら、それが意外と面白くて気に入ってしまった。レオン・ライ(黎明)は何と言うか、真面目な顔して変な事するから、本当に可笑しいです。この役柄はこの人にしか出来ないと思う。
この映画の監督はウォン・チン(王晶)なんですが、実際には執行導演をレイモンド・イップ(葉偉民)がしていて、この人の味がかなり出ているような感じがします。私はレイモンド・イップの映画が非常に好きなんですが(例えば『ミラクルマスクマン』とか『不道德的禮物』『洪興十三妹』『友情歲月山雞故事』などなど)、この人の独特の感覚は一体何と形容しましょうか、とにかくなんか、いいんですよ。
それでこれ、また2回観て、途中音声を広東語にしたり北京語にしたりして観てたんですが、しかしセシリア・チャン(張柏芝)とかン・マンタ(吳孟達)なんかは本人の生の声でないとやっぱり雰囲気出ないんですが、でもセシリア・チャンの北京語吹き替えの声が結構きれいだったんで、それはそれで気に入って観てました。
それから、音楽をマーク・ロイ(雷頌德)が担当していて、これが全編ジャズだったりして、それがまたいいです。
ところでこの映画、今度の東京国際ファンタで上映されるそうですが、一般公開もするんだろうか?

2001/9/23

少林足球

なんか、面白くて何回も観てしまいました。私が買ったのはDVDソフトで、これには劇場公開時と同じ普通版と、これに10分の追加シーンが加わった加長版の両方が観られるようになっているんですが、はじめ加長版の見方が解らなくて、結局2回通して観てしまいましたが、その後もメイキング見たり、いろいろ部分的に繰り返し見てしまったり、もう何回も観てしまった。ちなみに、他でも書きましたが、この加長版の追加の10分のシーンが、実はすごく面白いのです。これなら普通版を観た人でも、VCDを買ってもう一度観たいと思う筈。加長版で追加になったシーンというのは2ヶ所あって、ひとつは饅頭屋の店の前でのダンスシーン、もうひとつは美容室でメイク(!)したチャオ・ウェイ(趙薇)がチームのメンバーに愛想振り撒いて饅頭屋のおかみとやり合うシーン、この二つが普通版ではそのまま抜けているのです。

でもこの映画、初め観たときは、映画の最初のほう観ていて、大丈夫かなこりゃ、と少し不安になったりもしたんだが、と言うのは、この映画の主人公達というのは、日頃虐げられている人達が、団結して努力して、そしてサッカーの試合に勝っていくという、ある種正統派スポ根ものなのだが、しかしその日頃の虐げられ方がハンパじゃないのだ。黃一飛なんか、なんでそこまで、とヒドイ目に逢ってるし、ン・マンタ(吳孟達)もだし、趙薇のあれなどは、一体何と申しましょうか。これはきっと中国人にしか理解できない感覚じゃないかと思う。日本では絶対に作れない映画ではないかな。もちろんハリウッドなんかでも。ちなみに日本の趙薇ファンの間では、この映画は不評だったみたいですが、そりゃ当たり前、と思うのが日本人で、あれを喜んでしまう私はやっぱり変なんだろうか。

それから思うに、チャウ・シンチー(周星馳)の映画というのは、いつもテーマが可愛いと思う。本当。映画の中のキモとなるキーアイテムとして出てくるのが、この映画では「穴の開いた靴の継ぎはぎ」なんですが、これが『食神』では「叉焼飯」だったし、『喜劇之王』では何か有ったかな?、そういうちょっと可愛いものが映画の中心として存在しているというのが、すごく気に入ってしまいます。

それからCGの使い方がすごくいいです。サッカーの試合のシーンでのCGなんか、もう完全に漫画なんですが、それが見ていて妙に盛り上がってしまって、本当に使い方が上手いと思う。それと、やってる事がいちいち可愛いんですよ。例えば、趙薇が店先で小麦粉をこねるシーンで、グルグル回る小麦粉の塊をCGで作っているんですが、その小麦粉の隣で小さいゆで卵が一緒にクルクル回ってたりとか。それとか、瞳の中に炎が燃えるやつとか。最後の得点シュートで、相手方キーパーとか、すごい可笑しい。

あと、定番のブルース・リー(李小龍)ネタが今回も頻繁に出てくるんですが、今回のは非常にデキが良いです。ちょっと感動しますよ。

それから、チャオ・ウェイ(趙薇)は、台詞の大部分が北京語で、多分吹き替えはしていないようでした。それに合わせてチャウ・シンチーもチャオ・ウェイと話す場面では北京語で喋っていましたし、チャウ・シンチーはこの映画のために北京語のトレーニングもしたのだと思う。こういうのは今までの香港映画では割と珍しいですが、この映画ではロケも大陸でやっていたし、大陸を意識したひとつのスタイルかな、という気もします。

それから、ゲストでカレン・モク(莫文蔚)とセシリア・チャン(張柏芝)の二人が1シーンだけ出てくるんですが、これが結構いいです。カレン・モクは相変わらずお尻が可愛いです。


2001/9/8

エルヴァ

かねてから噂のあったエルヴァ・シャオ(蕭亞軒)の日本デビューCDが昨日売ってました。日本での芸名は「エルヴァ」です。3曲入りのシングルCDで、タイトル曲の「Never Look Back」というのは、彼女の99年のデビューアルバムに入っていた、「shuaile shuaile(漢字が書けないので、ピンインで書いてます)」の英語バージョン。しかし何故よりによってこんな曲で日本デビューしたんだろか。いや、この曲、私は個人的に大好きなんですが、でもかなりアナクロ受け狙い的な曲だと思っていたんですが、そこが却って今風(?)で良かったのかも。曲を書いたのはマレーシアのAzlan Abu Hassenです。蕭亞軒の日本デビューより、Azlan Abu Hassenの日本音楽界での活躍が嬉しい気がする。あとの2曲は、1枚目のアルバムから「突然想起你」の英語バージョンと、2枚目のアルバムの「薔薇」を北京語のままのやつ。しかしとにかく、日本語なんかで歌ってくれてなくて良かった。安心しました。
それから、エルヴァ・シャオと言えば、最初私は、この人は格好は良いけれど、顔はそんなに可愛くないな、とか思っていたんですが、台湾に行ったとき、彼女のビデオクリップVCDを買って来て見てみたら、それがなんとむちゃくちゃ可愛いんですよ。びっくり。こんな人だと思わなかった。彼女の台湾でのうたい文句が「両岸三地唯一文武色三全超級青年女歌手」ですからね。確かに。

2001/8/26

身男女

この映画について多くは語りますまい。とりあえず、みんな観てね。

でも、ちょっとだけ。これね、サミー・チェン(鄭秀文)が可愛いんだよ。ほんと。もう可愛くて可愛くて。彼女はだんだんダイエットに成功してスマートになっていくんですが、でも太ってた時のほうが良かったかも、とか思ったり。

ところで今朝、アリーヤが飛行機事故で死んだと聞いてかなりショックだった。


2001/8/25

蜀山傳

今月公開になったばかりの「蜀山傳」の中国大陸版VCD(もちろん正規版)を観ました。
しかしこれ、何だかのっけからクライマックスの連続で、ひたすらテンション高くてCGは派手派手、息継ぐ間も無く観終わって、「ああーっ疲れた」とため息が出ました。しかし派手なCGばっかりなんで、たまに実写の風景なんかが出てくると、妙にホッとしたりしました。しかしやはり、緩急のリズムというのは必要ですよ。例えば「風雲」なんかでも、派手な部分は派手、でもスー・チー(舒淇)の出てくる部分なんかは妙にのどかでポワ~ンとしてたりとか、そういう対比やリズムは大切です。徐克の意気込みは解るけど、やり過ぎなんだよな。そういう意味では、彼の新作「ドリフト」を観て、「蜀山傳」が心配だなあ、などと思った人の予想は当たっているかもしれない。

ところでセシリア・チャン(張柏芝)、美しいです。徐克はそれだけに全身全霊かけたんじゃないかと思うくらい。イーキン・チェン(鄭伊健)なんかが一緒に出てきても、彼はただ立っているだけだったりするのに、セシリア・チャンは、しっかり美しく演出してるんだもん。でもまあ、それでいいのだ。私は満足。イーキン・チェンは、あまりぱっとしなかったです。彼の持っている三日月型のブーメランみたいのとかCGで作っていて面白いんだけど、それはイーキンの格好よさでもないからな。それからルイス・クー(古天樂)の羽とかは、結構面白いです。そしてケリー・リン(林熙蕾)は、ルイス・クーの掌にも乗ってしまう小さな赤い蝶々。これがなかなかいいです。綺麗な虫には毒がある、って感じなんですが、こういう毒のある役をやらせたら、ケリー・リンはぴったりだと思う。あと、チャン・ツーイー(章子怡)、彼女はゲスト出演だみたいに聞いていたんですが、これが結構活躍していました。あのブリッ子チャン・ツーイーが、妙にワイルドで汚れた渋い役をやっていて、こういう使い方も出来るんだと関心しました。この映画の中で唯一香港映画らしいアクションしているのも彼女だけでした。で、まあ男二人があまりぱっとしない中、実は一番活躍していたのは、脇役のパトリック・タム(譚耀文)とジャッキー・ン(吳京)の二人。まあねえ、そうなんだよな。あと、なんかわからない白髪髭もじゃのオッサンが出ていると思ったら、サモ・ハン(洪金寶)でした。ちょっと痩せたかな。


2001/8/19

北京

8年ぶりに北京へ行って来たんですが、なんだか浦島太郎になった気分でした。昔はあんなじゃなかった。びっくり。中国は日本の何倍もの速さで時間が進んでいるようです。
それから北京で「我的父親母親(初恋のきた道)」を観て来ました。私は日本で一度観ているんですが、観客のリアクションが日本と全然違うので面白いです。映画の前半部なんか、もう大爆笑の連続で、北京の若者は手を叩いて喜んでました。日本では、まるで文芸作でも観るかのように、皆シーンとして観ていたんですけど。こういう微妙な感覚の違いは重要ですね。海外で映画を観てみるのは良い経験だと思います。

2001/8/6

中華英雄

昨日、今更ながら「中華英雄」を観たんですが、面白かったー。いや、別に、映画としてはそんなに面白くもないのかもしれないけど、でも面白かったですよ。(何が?)

私が観たのは香港版のDVDで、これにはあの噂の「イーキンが月に飛んでっちゃった」シーンはカットされてるのでした。残念。見たかったのになあ。日本で劇場公開されたものにはしっかり入っていたそうですが、日本版DVDも入ってないのだろうか。

しかしこれは基本的に漫画だからね。楽しいです。知らない人が普通の映画だと思って観たら、びっくりするだろうけど。CGも、とにかく楽しいです。楽しければ何でも良いのだ。それにこの映画、超豪華オールスターなんですが、と言っても、いつもの同じメンバーなので、なんだか新春かくし芸大会を見ている気分になってしまった。まあ、香港映画は皆そうかもしれないけど。

ところでン・ジャンユー(吳鎮宇)の着物、襟が「芸者」になってました。ちょっとずっこけ。これに限らず、香港映画に出てくる日本人の和服の襟は、大抵「芸者」になってます。そういうものだと思っているんだろうな。香港は、ハリウッドなんかに比べると、日本文化に対する理解が良いほうなんですが、ここはまだまだですね。スー・チー(舒淇)の着ている和服もつんつるてんで格好悪いです。彼女の体型なら、お腹に綿を入れるとかしないとサマにならないです。和服というのは、日本人体型に似合うようになっているから、スマートな中国人には基本的に似合わないと思う。

それからマーク・チェン(鄭浩南)、また日本人やってました。マーク・チェンが日本大好きなのは有名ですが、香港人にとってマーク・チェン=日本人というイメージがあるのか、単に本人がやりたがっているのか、どっちなんだろう。

またスー・チー(舒淇)、この人は何をやっても似合いますね。あんなに強い個性があるにも関わらず。今回の役もぴったりです。この人は、やたら引っ張りだこになるのは、人気があるからというより、何をやってもサマになるからなんだと思う。しかし不思議な人です。

で、マーク・チェン率いる日本の忍者部隊(!)が、なんとガクランにマント、という出で立ちで、サム・リーは変な頭で、女のスー・チーもガクラン着て、格好いいす。それに、特撮で作った忍者の動きが怪しくてキッチュ。もう気に入っちゃいましたよ。この人達で何か別の映画撮って欲しいくらい。

それから、あの生き別れになった双子の妹はどうなったんだろう。私はてっきり、グレース・イップ(葉佩雯)が実はニコラス(謝霆鋒)の妹でした、だとばっかり思って見ていたんですが、違ったかな。中文字幕で見ていたんで、聞き逃したかも。でも、グレース・イップ、結構いい登場の仕方の割に、その後あんまり活躍しなくて残念。本当ならもっと彼女のエピソードもあるんだろうと思うけど。それから、ユン・ピョウ(元彪)、格好良いですね。あのブルース・リー(李小龍)のキビキビした動きが出来るのは、この人だけかもしれない。ジェット・リー(李連杰)なんかは、動きが優雅過ぎて(遅いという意味ではなくて)きれいなんだけど、なんか物足りないんだよな。

あと、ニコラス(謝霆鋒)の傘のアクションとか、いいよあれ。それにクリスティ・ヤン(楊恭如)も可愛いしね。しかしなんか、こういう美味しいネタがあちこちに沢山有り過ぎて、すごく面白いんだけど、面白すぎて逆に映画のストーリーそのものは全然盛り上がらなくて、何だかよく解らないうちに終わってしまうという、変な映画でもあった。まあ、新春かくし芸大会なんだから、それでいいか。?違うか。


2001/8/2

ビール

今日、近くのスーパーでアメリカ産のノンアルコールビールが1本98円で売っていたので買ってきて飲んでみたんですが、結構美味しいです。これなら、最近流行りの「発泡酒」なんかよりも全然ビールみたいで美味しい。と言うか、そもそも私はあの「発泡酒」が大嫌いで、あんな物、いくら安いからといって、よくみんな飲むと思う。まああれも、変わった味のチューハイだと思えば美味しく飲めなくもないが。ならいいのだが、なまじビールに似ているのが良くないです。ところで、日本の大手メーカーのビールは、皆なんか美味しくないですね。最近見られる地ビールなんかでは、かなり美味しいのあるんだけど。しかしアサヒなんか、全然美味しくない。キリンは、あれはビールのくせに日本酒の味がするんですよ。本当。米麹が入っているからなんですが、日本人好みの味なんでしょうね。サッポロの黒ラベルとかは、苦味が好きで飲んだりしますけど。それから、私の場合、ビールはあまり冷やさずに飲んでます。そのほうが美味しいと思う。大抵の人は「ギンギンに冷えてないのはビールじゃない!」とか言ったりしますが、それはやっぱり、あまり冷えてないキリンを飲むと、米麹の味がするからじゃないのだろうか。そういう訳で、海外に行ったときなどは、必ず毎晩現地のビールを何種類か買って飲んでます。日本のビールはどのメーカーも画一的な味しかしませんが、他の国では種類によって色んな変わった味がするから面白いのです。しかしまあ、日本のビールが変なのは、そもそも日本のビールの税率が異常に高いのが諸悪の根源なのだ。商品開発の方向が間違った方向へしか行かないんだよな。美味しいビールを作るんじゃなくて、不味いビールもどきを一所懸命作っている。

2001/7/29

Aaliyah

Aaliyahの新譜、買って来ました。もう随分久しぶりのアルバムですが、やはり素晴らしいです。しかしこの人は、つまらない映画なんか出てないで、歌っているほうがいいですよ。でもまあ、美人だから、映画に出てもいいんだけど。

それからついでにaikoの「夏服」も買って来たんですが、この人はやはり天才ですね。日本のポップス界では10年来の才能だと思う。


2001/7/28

この「を」という文字は、近代の日本語において、一旦は消滅しかかって、そして再び復活しているという、妙な文字です。
五十音のワ行の文字のうち、「ゐ」「ゑ」「を」の3つの文字は、かつての日本語ではそれぞれ"wi","we","wo"のように発音されていましたが、近代ではそれぞれの実際の発音は「い」「え」「お」と変わらなくなっていたため、昭和初期に現代仮名遣いを制定する際に、この3つはそれぞれ「い」「え」「お」に置き換えられました。その結果、「ゐ」と「ゑ」の2つは、日本語から消滅することになりましたが、しかし「を」は、助詞として使う「を」に限って使い続けることに決めたため、かろうじて消滅を免れました。この現代仮名遣いを決める際、何故か助詞に関しては、歴史的仮名遣いをそのまま踏襲したものが幾つかあります。例えば、
「お爺さん散歩に連れて行きました。」
この文は、実際には、
「お爺さん散歩に連れて行きました。」
のように発音されます。
何故このように決めたのかは謎ですが、それによって「を」という文字は、文字としては存続することになったのです。
ところで、昭和初期に一旦消滅しかかって、文字としてだけ生き残ったこの「を」が、昭和の中ごろから音としても再び復活し、「を」を"o"ではなく"wo"と発音する人が増えてきたようです。(実は私もそう。また、ある日本語の研究家によると、昭和初期でも、一部の老人や地方の方言では、「を」を"wo"のように発音する人がいたそうです。)ある国語研究家は、これは英語の学習や外来語が影響しているのではないかと推測しています。英語などにある"wo"という音に慣れたため、日本語としても「を」を"wo"と発音する人が増えたのではないか、とのことです。

ところで、あまり関係ないですが、あのフェイ・ウォン(王菲)のことを、「フェイ・オン」と書く人がたまにいます。新聞とかにもそう書いてあったらしいです。私の会社のある人も、「フェイ・オン」と言っていましたが、「ウォ」も「を」と似たようなもので、"wo"の発音が出来ない人は結構いるようです。

それから、中国語の発音を習うときに、ピンインの"wo"は「ヲ」ではなく「ウォ」と発音するんだ、と教えられたりします。これは何処が違うかと言うと、英語なんかの"wo"を発音する場合は、上の前歯が下唇に接近して摩擦音に近い音が出ますが、中国語の"wo"を発音する場合、歯は唇に接近せず、単に母音が変化するだけなので、「ヲ」と「ウォ」は全然違うのです。


2001/7/14

歯の治療

ここのところ毎週、歯医者に通って歯の治療をしてます。 と言うことで、治療する前は、左の親知らずが上下共に外側に向かって生えていたので、1ヶ月くらい前から、噛む度に歯が頬の内側を挟んでしまって、痛くて飯が食えなかったんですが、なんとか良くなりました。めでたしめでたし。

2001/7/1

韓国ポルノ

最近、中国語(北京語)の聴き取りの練習の為に、香港映画のVCDを観るときに、音声を北京語にして観たりしているんですが、しかし広東語を北京語に吹き替えたものは、喋るのが速くて、全然聞き取れないのです。ところが今日、韓国のポルノ映画を北京語に吹き替えたVCDを観たら、これが結構ちゃんと聞き取れるのでした。まあ、ポルノなんてどうせ簡単な台詞しか喋らないからなんですが、それだけでなく、多分韓国語というのは、広東語よりもテンポがゆっくりしているから、それに合わせると、北京語もゆっくりになるようです。
ところで、私が今まで北京語の聴き取り練習を色々してみた中で、最も聴き取りやすかったは、それは張惠妹の話す北京語。彼女は少数民族だから、学校で習う言葉をちゃんと話しているからだろうか。

ところで関係無いけど、昨日、歯医者行って親知らずを抜いたので、昨日は痛くて寝てました。歯茎にすごいでかい穴が開いてしまったんですが、ちゃんと埋まるんだろうか。心配。


2001/6/24

中国語検定試験

今日、中国語検定試験を受けてきたんだけど、さすが3級になると結構むずかしくて、あれ落ちてたかもしれないな。どうせ勉強してないし、まあいいや。

2001/6/13

ドリフト

私が思うにこの映画は、ストーリーなどはどうでも良くて、単にそれぞれのシーンのシチュエーションだけを楽しめばいい映画だと思った。当たってますかね?ツイ・ハークさん。

映画の冒頭で、ニコラス・ツェー(謝霆鋒)が酔って間違って寝てしまった女(キャシー・チュイ徐子淇)、これがレズビアンの女で、しかも実は潜入麻薬捜査官の刑事だった、というシチュエーションが出て来ます。しかもすごく格好良い、掴みのいいオープニングなのである。普通ならここから何か麻薬絡みのストーリーが展開する筈だと思うだろう。しかしそうではないのである。次のシーンは9ヶ月後に移り、この女は妊娠した腹を抱えて刑事を辞めてしまい、ただの女としてスーパーで買い物をしてたりする。ニコラスはお腹の子供のためにお金を稼ごうと思ったのが実は物語りの始まり。そしてこの女はその後、ほとんど何もしないで、ただ妊娠しているだけ。つまりこの女がレズビアンである必然性も、女刑事である必然性も、全く無いのだ。だから「そりゃねーだろ。」と私はここでいきなり出鼻をくじかれてしまった感じ。「はっはっはっ、冗談だよ」というツイ・ハークの笑い声が聞こえてくるようだった。
しかしところで何故ここで、女刑事とかそういう設定にしたかと言うと、それは単に「そのほうが面白いから」なんだと思う。もしあれがごく普通の会社員の女とかだったら、面白くも何ともないから。つまり単にそのシチュエーションが面白ければ良いという、それが全てなのだ。要するに、そういう映画だったのである。

それから、二人目の妊婦、キャンディ・ロー(盧巧音)が、「生まれる~!!」と叫びながら銃で敵を撃ってしまう、前代未聞の出産バトルシーン。これも、ストーリー的にこの女が臨月である必然性など何も無いんだけど、単にシチュエーションが面白ければ良いという、ただそれだけ。

それから、部屋がガスで爆発する、という時に、「冷蔵庫の中は安全だ」とか言って、中身を掻き出して冷蔵庫の中に入るお茶目なニコラスとか。(ツイ・ハークの作った映画で、同じシチュエーションが昔あったような。)

それから、激しい銃撃戦の後、ジョン・ウー(吳宇森)の例のアレやって、「馬鹿もん。先に撃ったほうが勝ちなんだよ。」とか。あと鳩も飛んだりとか。

結構楽しんで作ってますよね。これが真面目な映画である筈がないです。一見真面目に作ってあるけど。だから映画を観ている間、「あの伏線はどうなったんだ」とか、「ストーリーが解らんぞ」とか、「人間関係がよく解んねえぞ」とか思ってしまった人は、多分駄目だったかも。確かに全然解らないんですよ。ストーリーとか、人間関係とか。でも、解らなくても、観ていれば面白いというのが、この映画なのですよ。

と言っても、決してこれはお馬鹿なウォン・チン映画などではなくて、やはり一番の見ものは、アクションの凄さです。特にロープを使って上へ下へと空間を自在に動き回るアクションと、それを追うカメラは滅茶苦茶格好良い。それから、CGを多用した特殊効果や、コマ落とし等も多く使っていて、かなり劇画チックです。人により好みもあると思いますが、私は結構こういうの気に入ってます。

ところで、出演者は、皆光ってました。やはりその点はさすが。ニコラス・ツェーは、もう一人前のスターですね。ウー・バイ(伍佰)が格好良いのは前からだったんですが、でもこの人はステージで歌っているほうがもっと格好良いと思う。しかし、キャシー・チュイ、この女、いいですよ。気に入っちゃいましたよ。見たのは初めてでしたが、香港ではCMモデルとかずっとやってたらしいです。なんかちょっと猿っぽい顔がたまんないです。可愛い。それにキャンディ・ローは、この人本当に歌手なのか?よくまあ、お産なんかするよな。

と言う訳で、面白かった。


2001/6/10

現実の続き 夢の終わり

これ、結構面白かったんですが、でも日本台湾合作だけあって、ちょっと中途半端な感じもします。映画のストーリーは基本的に台湾ヤクザの抗争を描いたものですが、その抗争で殺された男の恋人だった水野美紀が、台北にやってきて相手のヤクザに復讐する、という話が絡んできます。で、この水野美紀が一応主演となっているんですが、この水野美紀の扱い方が中途半端な感じです。と言うのは、大体、ごく普通の日本人の女の子が、恋人が死んだからといって、単身で台湾にまで乗り込んできて、初めて使う拳銃でヤクザ相手に闘う、なんて、かなり非現実的な話だからです。この場合、水野美紀の扱い方は、次の二つのどちらかにすべきだったと思うのです。

  1. 水野美紀を映画の中心にして、殺された男と愛し合っていた過去の話から、相手の台湾ヤクザに対する恨みのドロドロした部分も描いて、女一人でヤクザを相手に立ち向かっていく壮絶な姿を描いた物語にする。
  2. 逆に台湾ヤクザを映画の中心にして、ヤクザ同士の抗争の最中、そこに正体不明の謎の日本人復讐女がターミネーターのように神出鬼没に現れては、無言で銃を撃ちまくっていく、というクールなもの。

多分台湾側スタッフは、後者のほうを作りたかったような感じがします。しかし日本側の奥山なんとかいうプロデューサーは前者のほうにしたくて、結構もめたんじゃないかと思う。もし後者のような話なら、柏原崇の演じた役は全く登場する必然性が無くなってしまうのだが、日本制作側は前者のような話を狙って彼に重要な役を与えていたのに、しかし実際には後者のような作り方をされてしまったため、柏原崇は一体何のために登場したのかわかんない、という映画になってしまったのでした。

合作映画といえば、香港日本合作の「もういちど逢いたくて 星月童話」とか、香港韓国合作の「ミスティー」や「攝氏32°」とかも、まったく同じような印象でした。まあ、しょうがないですね。

ところで、水野美紀は、使い方によっては結構いいかもです。演技はよくわかりませんが、体は鍛えているみたいなので、アクションは出来そうです。クールなイメージも良いと思う。しかし柏原崇というのは、ナヨナヨしていて気持ち悪いよな。女性ファンはともかく、これでは男のファンは付かないと思う。


2001/6/9

超速伝説ミッドナイト・チェイサー

映画のオープニングは、まるでSF映画のように映像処理されたゲーム風画面で、そこに台湾のセクシー女優ケリー・リン(林熙蕾)のアップが右から左から「見て見て見て」って感じで、こりゃケリー・リンのプロモーションビデオか、って感じ。ある意味そうなんだけど。この人も、スー・チー(舒淇)の柳の下として連れて来られたチョン・チェン(鍾真)、ティエンシン(天心)と同じ、いずれも台湾のセクシー女優の一人みたいなもの。しかし香港では、裸になるのは日本の女優、セクシーなのは台湾の女優、と決まっているようで、地元香港の女優はそういうのやらないですね。まあ香港の女は気が強いから。と言うより、日本の女が馬鹿なのか。ま、それはいいけど、ケリー・リンと言えば、何と言ってもやっぱり、黒の紐のように細いセクシーな下着、ですね。これは定番。彼女はこれだけ見せれば十分、という感じで、途中で死んでしまいます。そこで後半活躍するのがセシリア・チャン(張柏芝)。この人はまた、全然セクシーじゃないですね。まったく。途中脱いで見せたりするんですが、イーキン・チェン(鄭伊健)に「子供が何やってんだよ」とか相手にしてもらえなかったり。いや、しかしそこがいいんですが。それから、イーキンの片腕的メカニックで、セシリア・チャンの兄の役でパトリック・タム(譚耀文)が出ているんですが、最初判らなくて、なんか似ている人が出てるな、とか思っていて後でクレジット見直したらパトリック・タムだったのでびっくりでした。癲癇持ちの役を演じているんですが、全然雰囲気が違っていて、結構役者です。それからレースものと言えば欠かせないのがブラッキー・コー(柯受良)。なのにあんな役。しかしあの人が演じるからこそ、今はこんなだけど、昔は走り屋だったんだぜ、というのがリアルで納得できるのですよ。と言っても、普通の日本人の観客には全然解らないけど。そしてライバル役にはサイモン・ヤム(任達華)。結構豪華な配役。そのサイモン・ヤムの女で助手席にいつも座っているのが、チャン・シウチョン(陳小春)の昔の彼女だったステファニー・チェー(車婉婉)。この人、ただ座っているだけで台詞も無いのに、こんなに目立つ女も珍しい。結構いいよな、この女。それから、チャン・ホウ(陳豪)、この人、いつもこんな役ばかりだな。香港の情けない役ナンバーワンです。あと、ジェリー・ラム(林暁峰)も出てるし、リョン・チョクムーン(梁焯滿)も出てるし、なかなか脇役が豪華です。しかしこれ、言ってみれば「古惑仔レース版」みたいだよな。まあ、同じ人達が作ってんだから当たり前だけど。

2001/6/4

あしたはきっと…

吹石一恵主演の映画「あしたはきっと…」、なんだかのどかで良かったですよ。しかしこの映画、モチーフにしている元ネタ映画が露骨に判り過ぎ。これはまさに、大林宣彦の「転校生」と「時をかける少女」と「さびしんぼう」を3つ足して3で割ったような映画ではないですか。そうは言っても、決して「モノマネ」とか「パクリ」という感じは全然しなくて、かと言って「パロディ」でもないんだけど、何と言うか、わざと好きで面白がってやっているところがあるので、観ていて結構楽しいし好感持てます。例えて言えば阿妹がジャネット・ジャクソンやってるようなものか。ちょっと違うか。ただ作品としては、少し構成や脚本が弱いし、脇役の力が足りないので、もう一歩という感じ。高校生の描き方が全然今風じゃないのは結構好きなんですけど。それから吹石一恵、この人キャラクターが面白いです。なんかポワーンとしてるし、声はガラガラだし、浴衣なんか着るとツンツルテンで全然似合わないし。結構気に入ったりとか。

2001/6/2

温水洗浄トイレ

今日の朝日新聞を読んでいたら、新幹線の車内トイレに温水洗浄機能付き便器を来年あたりから設置することになったそうです。そういえば先週の朝日新聞の夕刊では、新幹線の座席に、パソコン対応のテーブルを設置するとかいう記事も載ってました。まあそれはいいけど、しかしJRも、そんなことに金を使うくらいなら、他にやること沢山あるだろ、お前ら、とか思ってしまったのだけど。JRだけとは限らないが、電車のホームでの事故で人が死んでも、その最たる原因はホームの構造に安全対策が無かったからなのだし。それに、朝の通勤時に東海道線の上りで横浜から新橋なんかに乗ったら、もう自殺したくなってしまうぞ。よくみんな我慢してるよな。

それは置いといて、ところで、その温水洗浄トイレというもの、これ、今や日本の家庭の4割に普及しているそうですが、本当だろうか。便器メーカーの陰謀じゃないだろうか。こんなのが有るのは世界中で日本だけで、日本に旅行に来た外国人が一番驚くのが、この洗浄機能付きトイレだそうです。もしかしたら、水でお尻を洗う習慣のあるイスラム地域の人なんかは喜ぶかもしれないけど。
ところで私は、幸い痔を病んでないし、自宅のトイレはこれにしていないんですが、この洗浄機能付きトイレというのは、実を言うとまだ一度も使ったことが無いのです。会社のトイレにも有るし、街中でもこの便器は見かけますが、一度たりとも使ってみようと思った事が無い。何故かって?うーん、それは自分でもよく解らないんですけど。しかし第一、温水シャワーなんかで洗ったって、お尻に付着したウンコは、完全に洗い流せないと思うのだが。場合にもよるでしょうが、例えば硬めのウンコがツルンと出た場合など、肛門付近は殆んど汚れないし、逆に水に近いような下痢便が出た場合など、これは温水で簡単に洗い流せそうです。問題は、練り歯磨き様ペースト状の奴がネトッと出た場合。これは難しそうです。やはり一度ペーパーで大方拭き取ってから、最後の仕上げで温水を使うしかないだろうな。しかしそもそもウンコというのは、どちらかと言うと水溶性ではなく油溶性なのです。赤ちゃんのオシメを替えるときに、赤ちゃんのお尻に付着したウンチを、これをウェットティッシュなどで拭き取っても、あんまりキレイにはならないんですが、実はこれ、オイルで拭き取ると、サッとキレイになるのです。知ってましたか?

話は変わりますが、ドラッグストアなどで売っている「ベビーオイル」が、ここ数年結構売れていて、それも赤ちゃん用に買っていくんではなく、若い女性が自分で使う化粧用に買っていく場合が多いそうです。確かに「ベビーなんとか」という名前に若い女性が惹かれるところはあると思います。女性にとっての理想の肌は、それは透明感が有ってキメの細かい、まさに赤ちゃんの肌なのだから。しかもベビー用ならば敏感肌にも優しそうだし。でもちょっとよく考えてみると、そもそもベビーオイルって何?何故赤ちゃんにオイルが必要なんだろうか。生後まもない赤ちゃんというのは、幼児や子供に比べ、むしろ皮脂が多く、あせもにも成り易いので、ベビーパウダーなどで脂や汗を抑えてあげるほうが大事です。オイルは一体どこに使うのか。そう、それはお尻に付いたウンチを拭き取るのに使うんです。日本の若い女性は、赤ちゃんのウンチ拭きを、自分の顔に使っているのですよ。まあ、ウンチがキレイに拭き取れるのだから、メーク落としに使うには効果的だと思いますけど。


2001/5/22

ファイターズ・ブルース(その2)

『ファイターズ・ブルース(阿虎)』でアンディ・ラウ(劉德華)と愛し合う女性記者を演じたタイ人女優、この人『ナンナーク』に主演しているインティラー・ジャルンプラ(Inthira Charoenpura)という有名な女優でした。『ブロークダウン・パレス』にも出ているようです。そんなお方だったとは露知らず、どうも失礼しました。

それから、この映画の香港版VCDも買って持ってたりするんですが、日本の劇場で公開されたのと比べると、実はこれが違うんですよ。香港版の方は、常盤貴子の声が全部吹き替えです。常盤貴子は結構がんばって(?)英語、広東語、タイ語を喋っているんですが、まあしょうがないですね。いや、別に広東語が上手に喋れなくてもいいんだけど、でもあの演技で吹き替え無しではとても見ていられないと思った。日本の観客は「がんばって外国語喋ってるね」なんて誉めてくれるかもしれないけど。


2001/5/21

ファイターズ・ブルース

『ファイターズ・ブルース(阿虎)』、結構良かったです。アンディ・ラウ(劉德華)はもちろんですが、アンディ・ラウと愛し合う女性記者をやったタイ人の女優が渋くて良かったですよ。何て名前だろうか。今度調べておこう。それから、娘の役をやったタイ人の女の子がまた非常に良くてですね、駅のシーンとか、すごく好きですよ、ああいうの。ところでそれはいいんですが、しかし哀れなのは常盤貴子。あれじゃ何のために出て来たのかわかんないですね。あれではとても主演とは呼べないですよ。まるで取って付けたような役柄で、あれなら、常盤貴子の登場するシーンを全部カットしてフィルムを繋ぎ直しても、事実上ほとんど同じ映画が出来上がるじゃん。(実際、そういう別バージョンが存在したりして…。)それに、常盤貴子の演技は、ほとんど演出されていないです。「貴子ちゃんは好きなようにやってていいよ。」って感じ。ダニエル・リー(李仁港)の演出した他の映画を見れば解りますが、ダニエル・リーという人は、非常にスタイリッシュで、きっちり演出する人だから、常盤貴子がいかに邪険に扱われていたかというのがよく判ります。役柄の設定から脚本の段階で既にそうなんだから。客寄せパンダかな。

2001/5/20

ふたりの人魚

『ふたりの人魚(蘇州河)』、すごい面白いです。と言うか、かなり引き込まれて観てしまいます。撮影が、手持ちカメラを多用しているんですが、でも撮影が非常に良くて、また美術も良いので、映像的にすごくいい映画になってます。妙なリアリティーが有りながら、夢のようなファンタジーのような映画。ちょっと、三枝健起のドラマに似ている感じ。それから語り口が非常に上手。ちょっとトリッキーだけど、ミステリーって程じゃない。それからチョウ・シュン(周迅)、ああいう童顔の人が派手なメイクすると、妙に色っぽいですね。

2001/5/15

哈日杏子

今月号の「中国語ジャーナル」の付録CDに、なんとあの哈日杏子のインタビュー録音が入っていました。それが意外にもこの人は、ずいぶん太い声で大人っぽい喋り方をするのでちょっとびっくりでした。もっと軽いミーハーな人かと思った。巻頭の台湾案内の漫画も面白いです。台湾の本屋に行くと彼女の著書が沢山売られていますが、結構面白いです。日本語訳も1冊出てます。

2001/5/13

夢の島少女

今日NHKで、佐々木昭一郎演出の74年製作のドラマ『夢の島少女』の再放送をしてました。中尾幸世さんが主演する佐々木昭一郎の一連のドラマの中で一番最初の作品に当たりますが、これが最も初々しく感性豊かな感じがします。なんだかこれは「つげ義春の世界」だとか思ってしまった。それからこれに主演している中尾幸世さん本人が、なんとドラマ放映の前後に登場したのでびっくりでした。もうオバサンだしね。しかしドラマ終了後のインタビューがあまりにたるかったので、ああいうのはやめて欲しいな。ドラマだけ見せればそれで十分じゃん。
NHKアーカイブスのページ

2001/5/12

CDの並べ方

最近部屋にCDが溢れかえって山積み状態になってしまっていたので、CDが約200枚入る棚を買ってきて今日整理していました。家にはこれとほぼ同じ棚が全部で3つになり、これでなんとかCDが全部納まってます。CDの内訳は洋楽が約200枚、香港、台湾が200枚、邦楽が100枚くらい。しかしその他に大量の映画のVCDが、これは押し入れの中に埋まっている状態。

ところで、このCDをどういう順番で並べて整理しているかというと、洋楽と邦楽は、どちらもABC順に並べてます。ただし洋楽はファーストネーム、邦楽は苗字のABC順。そういえば輸入CDショップの老舗タワーレコードでは、昔から店舗の陳列をファーストネームのABC順に並べてますが、以前横浜にHMVの店が出来たとき、最初これをラストネームの順に陳列していました。つまりマイケル・ジャクソン、ジャネット・ジャクソン、ジャクソン5が隣に並んでいるという感じで、考え様によっては便利でもあります。しかしタワーレコード方式に慣れてしまっていた私は結構戸惑いが多く、そういう意見が多かったのか、そのうち現在と同じファーストネーム順に変わりました。

それはいいとして、今日CDの整理をしていて困ったのが香港、台湾のCDをどういう順で並べるかということ。色々悩んでいい案が浮かばず、結局何かの順に並べることはせず、適当に姓ごとに並べて、その代わりにそれぞれ姓のインデックスの札をCDの間に挟むことにしました。紙に「張」とか「黄」とか書いて、見出しとして挟んで、すぐに見付けられるようにするのです。

しかし、日本の輸入CDショップでの香港、台湾のCDの並べ方を見て思いますが、あれは結構判りにくいです。よくABC順とかに並んでいるんですが、これが姓の頭文字の場合と、英名の頭文字の場合とが混ざって並んでいて非常に判り難い。さらに張惠妹はA-Meiだから"A"だったり、金城武は何故か"T"だったりとか、結構無茶苦茶。新宿のTSUTAYAの場合は、以前からアイウエオ順で判りにくかったですが、最近棚の配置が変わったらもっと見づらくなってしまった。新宿のHMVは、元々あんまり分類していないので、まあいいやって感じ。渋谷のタワーレコードは以前は姓の漢字順で漢字の札も付いていて判り易かったんですが、今は英名のABC順になってすごい判り難くなってしまった。しかもタワーレコードは、何故かCDの背に全部紙を貼って、手書きでカタカナ名を書いてあるので、もう無茶苦茶見づらい。韓国のCDとかは、ハングル読めない人の為にカタカナでってのは解るんだけど、こっちは漢字なんだからさ。「張國榮」と書いてあってこれがレスリーだと解らないような人は、CDなんか買っちゃいかんと思うよ。

とか思って、ふと最近日本で公開された香港映画のパンフ、チラシの類を見てみたら、これが何と10枚中10枚まで、俳優の名前がカタカナだけで書かれていて、漢字が併記されているのは1枚も無い。これはびっくり。我ながら。これじゃ、レスリー・チャンが張國榮であることを知らない人の方が多いということだ。一方、英語でLeon Laiとか併記されているものは幾つかある。これは多分そのほうがカッコよく見えるからということだろうか。漢字はそんなにダサいのか。香港映画って、そんなにオシャレだと思うのか。これはウォン・カーウァイ(王家衛)が悪いのか。多分タワーレコードが漢字で札を付けていたのを、「これじゃ解らない」とか文句つけた人がいたんだろうな。しょうがないな全く。日本人は英語が出来ないんだから、せめて漢字くらい覚えたほうがいいと思うぞ。どうせレスリーのCD買うのに"R"のところ捜したって見付からないんだから。

で、結局私はどこのショップが一番好きかというと、それはほとんど順番に並べていない新宿HMV。この店は、「香港男性」、「香港女性」、「台湾グループ」とか分かれているだけ。これが一番見やすくて実用的。


2001/5/9

グラン・ブルー

私の友人にフリー・ダイビングをやっている人がいて、その人から「観ろ」と言われて観たのが、かの有名な『グラン・ブルー』。(『グレート・ブルー』のフランス語完全版というもの。)これ、もっと硬派な映画かと思っていたら、意外と軽いラブコメみたいでびっくりでした。(そんな風に見てしまう私がヘンだろか?)描いている物は、これは男のロマンの世界ですよね。でもこれはむしろ女性に人気の出る映画だとも思った。映画の中では、男は、女なんかより海やイルカと遊ぶほうが好き。女は、子供が欲しいとか、セックスしたいとか、妙に現実的。(ま、実際そういうもんかもしれないが。)で、そんな男に愛想尽かして一旦別れるけど、女は忘れられなくて舞い戻ってハッピーエンド、なんて書いてしまうと、これじゃまるで安っぽいハリウッド映画みたいじゃん。オレはそんな映画が観たかったんじゃねーよ、女なんか出てこなくたっていいんだよ、男のロマンなんだからさあ、とか思ってしまったのだけど。ところで監督のリュック・ベッソンという人は、『ニキータ』とか、すごいクールで好きなんだけど、でも『レオン』とか、格好良いんだけど、なんか途中たまに観ているこっちが恥ずかしくなるような臭い演出してしまったりして、この人ちょっとアレかなあ、とか思っていたら、『フィフス・エレメント』なんか、もうベタベタに臭くなってしまってました。なんかこう、フランスの映画というのは監督の個性で作っているのに、ハリウッドの映画というのは、スポンサーのお偉方が集まって、会議しながら映画を作っているんだな、というのが判ってしまう感じ。『グラン・ブルー』もね、見方によっては危ないです。多分この、何とも言えない海の美しさが感動的な映画にさせているんだと思うが、これが無かったら、やっぱりただのラブコメ。

2001/5/8

少女小漁

『少女小漁』というのはシルビア・チャン(張艾嘉)監督の1995年の台湾映画で、レネ・リウ(劉若英)の映画デビューになる作品です。恋人(庹宗華)の後を追ってニューヨークへ不法移民した女(劉若英)が、グリーンカードを得るために60歳過ぎの老人(Daniel J. Travanti)と偽装結婚するという話。原作は嚴歌苓という人の小説で、この人は『シュウシュウの季節(天浴)』などの原作も書いている人です。そういう割と文芸っぽい映画で、いろいろ賞とかも取ってます。ところでシルビア・チャンの演出というのは、『君のいた永遠(心動)』なんかでもそうでしたが、あんまりドラマチックなあざとい演出はしないで、キャラクターの様子を淡々と見つめているという感じ。ただ、その対象を見つめる視線が非常にやさしいというか、シルビア・チャンの目からは、このレネ・リウの演じる女の子が、いじらしくてしょうがないんだろうな、と思えるような感じがします。これは『君のいた永遠』を観た時もそう思いました。ちなみにレネ・リウ、意外と結構太ってたりします。

2001/5/2

観葉植物

今日、近くの花屋に行って観葉植物を買ってきました。ドラセナ・マッサンギアナ(幸福の木)という熱帯植物で、7号鉢に50cmくらいの丈で1980円でした。引っ越してから(と言っても随分経ちますが)部屋が広くなったので植物を置いてみましたが、こんなもんあるだけで結構部屋の雰囲気変わります。しかし一度買い始めると段々凝り出して、そのうち部屋中が木で埋まってしまいそうな気がする。

2001/4/30

香港電影金像獎

金像獎の授賞式が昨日行われましたが、なんだか最も恐れていた、あまりに順当な結果になってしまったようです。納得はするけどつまんねーよな。
こうじゃなくて、例えば影后を鄭秀文にあげるくらいの気概が無いと、香港映画に未来は無いような気がするんだが。張曼玉の女優としての実力は認めるけど、でも5年前と何も変わってないじゃん。いわば過去の人ではないか。
でもまあ、『花樣年華』に最佳電影や最佳導演をあげる訳にはいかないが、さりとて無視もできないので、主演男優女優にしとこう、という感じだろうか。でもあの映画は美術と衣装だけで十分なような気がする。
最佳電影は『臥虎藏龍』でいいんだが、台湾の李安を最佳導演にせざるを得ないのは情けないと思う。

2001/4/27

それはないだろ

本日(2001/4/27)の朝日新聞の夕刊で、ジャストシステム社長の浮川和宣さんのインタビュー記事に次のような文がありました。
(前半部分略)
 いま学校のパソコンの85%から90%にはATOKが入っているという。学年別にかな漢字変換の設定ができるからだ。 「小学校3年生に大人と同じ漢字を見せてどうするんですか。読めない漢字が出てきたら授業にならない。日本語はどうあるべきか、基本から考える会社はうちだけになった。」
(後半部分略)
聞き手:原淳二郎
全文はここ参照
この浮川和宣さんの考え方は、三つの意味で間違っていると思う。

(1)小学校三年生に大人の漢字を見せるのは意味が無いのか
小学校三年生だって、高学年向けの漫画も読むし、新聞も本も読むし、テレビに出て来る漢字だって読む。そりゃ、確かに読めない漢字は沢山出て来る。でもそうやって字を憶えるんではないか。授業で憶える漢字なんてたかが知れているし、教科書だけが勉強ではない。私だってこの年になって、ワープロのお陰で沢山漢字を憶えたぞ。
(2)学校の教師の視点からしか考えていない
生徒の立場なんかどうでもいいらしい。生徒に読めない漢字が出てきて困るのは、これは教師のほうです。「授業にならない」と言うのは教師です。既に習った漢字しか出て来なければ、いちいち余分に教えなくて済むし、生徒に聞かれても、「教科書に出て来たでしょ!」で済むんだから。先生は楽です。だから「学校のパソコンの85%から90%に」入っているんです。そのほうが先生が楽だから。子供の学習意欲なんて、関係ないのです。ジャストシステムにとっては。
(3)日本語はそうあるべきなのか?
「日本語はどうあるべきか」ではないでしょ。「文部省が定めた学習指導要領にどのように沿っているか」とか、「教育現場はどうしたら効率化できるか」と言うべきでしょう。少なくとも、本来の日本語教育はそうあるべきではないと思う。あくまで学校という大きなマーケットに売るための商売上の手段であるのは明らかなんだから。


字幕翻訳家の戸田奈津子さんの著書「字幕の中に人生」(白水社刊 1994)の165ページに、次のような文がありました。

『E・T』が公開されたときは、一枚の葉書をいただいた。『E・T』のあの家庭は父親不在の離婚家庭という設定だった。主役の少年が父親の置いていったセーターに鼻を埋めて「『シー・ブリーズ』のにおいがする」という。その葉書は「シー・ブリーズ」という商品名を、字幕でなぜ「オーデコロン」にしたかというお叱りであった。
「シー・ブリーズ」のあの香り、また「シー・ブリーズ」をつける男のイメージを知っている人には、たしかに許せない字幕だろう。だが『E・T』からすでに十年たったいまでも私はたぶん「オーデコロン」と字幕をつけるだろう。道行く人を十人とめて尋ねても「シー・ブリーズ」を知っている人は、現在でも二人以上いるとは思えないからだ。
この戸田奈津子さんの考え方は、三つの意味で間違っていると思う。

(1)本当に十人に二人しか知らないの?
戸田さんが実際に道行く人をとめて尋ねたかどうか知らないけど、『E・T』公開当時、既にテレビコマーシャルをしていた「シーブリーズ」を、知らない人がそんなにいたのでしょうか?知らなかったのは戸田さんだけ?
(2)二人知っていれば十分
仮に、十人中の二人が知っている単語だったとしても、それなら、それはもう十分に有名だと判断していいです。二割というのは、かなり多いです。十人中の二人くらいしか知らない単語なんて、洋画を見てれば幾らでも出て来ます。警察や、軍隊や、裁判を舞台にした映画とか、歴史上の人物が登場するものなんか、みんなそう。もし百人に二人、とかだったなら、無名と判断して良いと思いますけど。
(3)映画は学校であり、憧れである
戸田さんに欠落している最も重要な視点は、「映画とは、学校であり、憧れである」ということ。そして、だからこそ映画が楽しいのだということ。
戸田さんには、字幕翻訳家としての彼女なりの理念があって、それは「字幕とは、誰もが見て直ぐに理解できるものでなくてはならない」というものです。確かにそれに一理はあります。「理解できない単語が一つでも入ってくると、観客は消化不良を起こし、十分に映画が楽しめない」のだと。戸田さんの理念は、ある面で正しいのだが、それは「映画」に対してではなく「お茶の間のテレビドラマ」に対してあるものではないか。
そもそも、「何故映画は楽しいのか」ということを考えて欲しい。そして、何故若い人は外国の映画が好きで、日本映画は年寄り臭く感じるのか、ということも。
外国の映画を観れば、日本に住んでいる我々には見たこともない、外国の街の風景や、日用品や、服装や、といった異文化が沢山出て来ます。そういった物を感じる楽しさというのが、外国の映画を観る楽しみの大きな要素なのです。もし仮に「シーブリーズ」がまだ日本に入って来ていない商品だったとしても、映画を観た観客は、そのシーンとセリフを見るだけで、子供が父親を思い出す香り、「海の微風」という名前、その位は理解できるし、十分イメージが湧くでしょう。そして見たことが無いからこそ、憧れを感じるのです。それが楽しいのですよ。
それからまた、私のような片田舎(※注)に育った子供は、映画を観なかったら、レストランでの食事の仕方も、酒の飲み方も、女の子の口説き方も、何も覚えられないのである。映画は学校なのだ。子供の頃私の親は「勉強しなくてもいいから映画を観ろ。」と言った。知らない事が出て来るからこそ意味があるのだ。既に十人中の十人が知っている事柄しか出て来ない映画なんて、もうすぐ死ぬような年寄りが観ればいいのだ。

まあ、そうやってさんざんハリウッド映画を観まくって大人となった末に、今度は香港映画の中華な雰囲気に憧れを感じてしまった、というのが多くの香港映画ファンの実態なのかも。

(※注)家の周りは見渡す限り田んぼと唐松林で、村には本屋もレコード屋も信号機も無かった。


ジャストシステム社長の浮川和宣さんと、字幕翻訳家の戸田奈津子さんの考え方に、共通点のようなものを感じてしまった。我々パソコンユーザーや、映画の観客は、なんと馬鹿にされていることか。


2001/4/22

だめだこりゃ

「だめだこりゃ」って、私が言ってるんじゃなくて、これは本のタイトル。先日発行された、いかりや長介の自伝です。一昨日大阪に向かう新幹線に乗る前に、東京駅の書店で見付けて読んで行ったんですが、面白くて一気に読んでしまいました。ドリフターズのあのメンバーがどのように集められたのか等は、結構びっくりです。彼らのあの芸名も、実はハナ肇が酔っていい加減に付けたんだとか、色んな話が出て来ます。「8時だョ!全員集合」の苦労話とか、コント作りの苦労とか、それぞれの個性的なメンバーの話とか、語り始めたらきりが無いと思いますが、あの1冊だけではとても語り尽くせていないような感じです。ところで、私は日本のお笑い芸人というもの(特に関西系)が好きではないんですが、あのドリフターズだけは例外で、ものすごく好きなのです。もう尊敬しているくらい。彼らは、他のお笑い芸人とは根本的に何かが異なっていると思う。よく言われるのは、彼らは子供に受けるし、それに、日本語が苦手な外国人が見て笑えるのもドリフだけだといわれる。言葉の理屈で笑わせるんではなくて、リズム感で笑わせているからだと思うが、それは本を読んだら確かにその通りだと思った。やっぱりミュージシャンだからだろうか。

2001/4/4

花様年華

今日、会社をサボって『花様年華』観てきました。ちょうど映画サービスデーだったので1000円で観られてラッキーでした。
しかし、この映画に出てくるマギー・チャン(張曼玉)は、なんか「着せ替えジェニーちゃん」みたいでした。彼女は常にチャイナドレスを着ているんですが、シーンが変わる毎に毎回違う柄のを着ているんで、一体こいつは何着チャイナドレスを持っているんだって、そればかり気になってしょうがなかったのでした。多分20種類くらいは着ていたような。今度数えてみようか。
ところで、このチャイナドレスの柄は、実は映画にとって非常に重要なのでした。シーンが次に変わったときなどに、二人が前のシーンと同じ場所で同じ様な事をしているのに、来ている服の柄が違っているから、これは別の日の別のシーンなのだということが判るようになっているのです。そのため、非常に少ないカット数で、日数の経過や、二人がデートを重ねたことが、描けてしまったりするのです。さすがですねえ。

2001/3/30

台灣電影資料庫

今日、ネットサーフィンしていたら、『台灣電影資料庫』というサイトを見付けました。ところが何とこれ、私の作ってるサイトと何故かホームページのデザインがよく似てるんです。でも別に私はここを見て真似した訳じゃないのですよ。誤解しないでね。きっと偶然です。でも、台湾映画のデータベースが少し不足していたので、これは結構助かります。台湾や大陸の映画を調べるには、『中文電影資料庫』というサイトが、香港、台湾、大陸の映画をかなり網羅していて良いんですが、しかし範囲が広いぶん、個々の情報は少なくなってしまうので、たまに困ることもあったのでした。

2001/3/29

西門町

先週台湾に行ってきたので、ショップガイド(台湾)のページを更新してます。主に西門町情報を追加しています。しかしこの西門町、このキッチュな感覚が私はすごい気に入っていて、ここは香港の旺角よりも面白いと思う。去年地下鉄駅も出来たし、周辺も開発が進んで道も広くなったし、最近すごいきれいになってます。
それから、思うにやっぱり台湾は、なんだか人間がみんないいです。性格が可愛いという感じ。女でも、男でも、若い人も、年寄りも。あれは何なんだろね。出会う人達がみんな可愛いんで、台湾は楽しくてしょうがない。本当、不思議なところです。
ところで、私はここ1年の間、中国語の学校に通っていたのですが、それでどう変わったかと言うと、それは「筆談」の必要が無くなったというところでしょうか。相手の話している内容があまり理解出来ないのは相変わらずですが、こちらの言いたい事は口で伝えられるようになったかな、という程度ですね。

2001/3/25

スイート・ムーンライト

この映画の最後のエンドロールの部分のバックは、なんと映画の撮影打ち上げ宴会の時のビデオが使われていて、日本式の宴会場でスタッフや出演者が盛り上がっている模様が流れているんですが、ここで酔っ払って騒ぎまくっているスー・チー(舒淇)やサム・リー(李燦森)の後ろで、ひとり大人しく座ってニコニコしているアニタ・チャン(陳穎妍)がなんかクールで可愛いです。このアニタ・チャンという人、映画で見るのは初めてですが、何故か名前だけはよく目にします。地味だけど、典型的な香港小姐という感じで、結構いいです。

2001/3/11

東京攻略

昨日『東京攻略』観てきたんですが、初日にもかかわらず映画館ガラガラでした。映画もあんまり面白くなかったし、大丈夫だろうか。
しかし、トニー・レオン(梁朝偉)が結構アクションしていて、そんなに若くないのによく頑張ってるなあとか思ってしまった。梁朝偉が敵と戦う時に使う武器というのが変わっていて、傘、掃除機、ゴルフクラブ、マウス、電動スケボー(あんなの実際あるのか?)、接着剤、その他モロモロ。他にもバックミラー付きサングラスとか、結構小物に凝っていましたが、どうせならもうちょっと「007」や「スパイ大作戦」くらいになってれば面白かったかもしれないが。
ケリー・チャン(陳慧琳)はますます美人になってますが、しかし映画の中での陳慧琳の扱いというか、恋愛的感情の絡め方が中途半端でいまひとつかなという感じ。でも、陳慧琳の「ラーメン食べたいよー」という顔は良かった。
それから、阿部寛がヤクザの組長の役で出ているんですが、これがいつも鼻グチュグチュで、ちょっとヤク入ってそうで、無精髭の不健康そうな感じをやってるんですが、これがまた結構良くてですね、これは多分監督のジングル・マ(馬楚成)の演出ではなくて、阿部寛が自分でやっているんじゃないかと思う。私はこれ見て、昔の草刈正雄とか思い出してしまったのだが、草刈正雄もモデルから役者に入っていった人ですが、それまで格好いい二枚目だったのが、ある時突然イメチェンして、三枚目の、いつもオロオロしている情けない男の役を演じたことがあったんですが、それ見て私は草刈正雄をえらく気に入ってしまったのでした。こういう人は格好いいからこそ、汚い役や情けない役が似合うのであって、例えば『カリフォルニア』のプラッド・ピットとかもそう。こういう、最初モデルをしていた人だと、必要以上に「格好いい」面ばかりが強調されて、却って役者として低く見られることもあるらしくて、阿部寛はそれで悩んでいたらしいですが、そうでなくてもこれはプラスだと思う。そう言えば、ちょっと違うんですが、最近ヤクザをやらせたら右に出るものがいないVシネマの帝王と呼ばれている竹内力ですが、この人なんか、大林宣彦の映画に出ていた頃は、非常に爽やか清清しい好青年だったんですが、いつの間にかあんなになってしまって、これはどうなんだろうね。
それからセシリア・チャン(張柏芝)、ゲスト出演のくせに、一番格好いい美味しいところを持っていってますが、ああいうのをもっと登場させないと駄目だよな。本来なら梁朝偉の手下で出ている日本人女優がやるべきだろうけど、何故か皆へらへら笑って下手な広東語を喋ってみせてるだけだったり、格好悪いったらありゃしねえ。

2001/2/25

盲目者の杖

今日の夕方、池袋駅東口前の人ごみの中を歩いていた時のことですが、私は特に急ぐでもなく普通に歩いていたところ、突然何か棒のようなもので顔面を思いっきり叩かれてしまいました。びっくりして、とっさにその棒を手で掴み、そして振り返ると、それはなんと視覚障害者の持つ杖でした。杖の先は私の顔の左まぶたの上に当たり、危うくもう少しで目を突かれるところだったので非常に危険でした。(数時間たった今でも、まだ左目が少し痛い。)私は杖の持ち主に、「気を付けろよ。」と言おうとしましたが、一旦躊躇して、「いや、もしかして、気を付けなければならないのはこっちの方なのか?」とか思って、手で杖を掴んだまま数秒間考えて、結局何も言わずに杖から手を離しました。躊躇して何も言わなかったのは、その人が障害者だったからですが、しかし何と言ってやれば良かったのか。
障害者というと、つい、社会の弱者であり、真面目で礼儀正しい人ばかりであるかのように思い込みがちでしたが、しかし彼らも障害者とは言え、我々と同じ人間であり、真面目な人もいれば常識をわきまえない人だっている。だから、道を歩けば障害者も歩いているし、中には杖を顔の高さに振り回している非常識な障害者がいてもおかしくはない。気を付けなければならないのはこちらの方なのか?
私はその後しばらく、左目を押さえながら、その障害者の姿を追っていました。その人は人ごみを抜けると、車の走っている車道に向かって歩いていきました。杖がガードレールに当たると、そこで立ち止まりました。もしガードレールが無かったなら、その人はそのまま車道に出て行って、車にはねられて死ぬかもしれない。そんな障害者の姿を見て、手を差し出す人は誰もいない。彼にとっては、杖の先が私の目を突いたなんてことはどうでもよく、そうしなければ彼は死ぬかもしれないのだ。

2001/1/31

臥虎藏龍のVCD

先日『グリーン・デスティニー(臥虎藏龍)』のDVDとVCDのソフトが発売になり、ちょうど香港へ行ったので、DVDソフトを買おうと思ったんですが、なんとこれがリージョン3だったので、私の家のDVDプレーヤーでは再生出来ないのでした。すごい残念。VCDのほうは、これがまたえらい高くて、香港のHMVでなんとHK$120の値が付けられていました。(ちなみに普通VCDはHK$35が相場で、高くてもHK$55、安いのはHK$10のもある。)それでもHMVのその週のVCD売り上げチャート第1位になっていたから、やはり人気は高いようです。ちなみに私は少し安い店を探してHK$85でVCDソフトを買いました。私はこの映画を中文字幕で観たくて、待ちきれず買ったんですが、そのうち日本版のDVDソフトが出たら、悩むだろうな。

2001/1/21

ユニクロ

私の住んでいる近くにユニクロの店があるんですが、近くを通り掛るたびに「あ、安い」とか言って何かしら買ってしまうので、最近家の中で着る物は全てユニクロ化しつつある今日この頃でした。安いことはいいことだ。

2001/1/14

はつ恋

田中麗奈主演の「はつ恋」なんですが、これ結構難しいです。よく指摘されているのは、話の展開に無理があるとか、こいつら何考えてるのかさっぱり解らん、とか。確かに前半はそうでした。田中麗奈が馬鹿な事に熱中してしまうのは別にいいんですが、真田広之がやってる男は相当変です。だってそうでしょう、ある日突然知らない女の子がやってきて、初恋の相手の娘です、なんて言われても困るけど、でも相手の立場もあるだろうし、自分にも色々思いはあるだろうし、どうしたらいいかぐらいは自分で考えるでしょ普通。それなのに何も考えてない。ただ一人の女の子の言い成りに振り回されているばかり。それでも終わり近くに、彼女のいいつけを無視して勝手に病室へやって来た時には「あ、良かった」と少し安心したのでした。段々そうやって考えてるみたいに成って来て、そして映画のラストで急展開、結局最後に肩透かしを食らったのは田中麗奈のほうで、子供っぽい彼女の思いは空回り、大人達は自分で幸せを見付けに行ったのだった。最初何考えてるのか全然解らなかった真田広之が、段々その姿が見えてくるあたりの輪郭を、もう少しはっきり描いていれば解りやすい映画になったと思う。私も観終わってから、1時間くらい考えて、ああ、こういう映画だったんだ、と理解できたほど。それにしても、この映画に出てくる男達はあまりに不器用で、それを人の良さとして描いているのはあまり好きじゃない。田中麗奈が可愛いからまあいいけど。

2001/1/13

ロミオ・マスト・ダイ

なんだかアリーヤのほうがリー・リンチェイよりも20倍くらい格好良いから、この二人全然つり合わないですね。で、結局二人は少し仲が良くなる程度で、全く恋愛的な関係には成らなかったから、まあそうですよね。映画のストーリーは、ミステリーっぽく進んで、結局「なーんだ」って感じで、あれは政治的配慮でそうなってんのだろうか?でも絵はきれいだし、音楽が良くて気持ちいいです。

2001/1/7

タイム・リープ

1年くらい前に香港へ行った時、VCDショップで『タイム・リープ』という日本映画の香港版VCDを見つけて買って来ていたんですが、ずっと忘れていたのを今日押し入れの中から発掘して観たりしていました。全然期待していなかったんですが、これが意外と面白くて、結構引き込まれて観てしまいました。映画の内容は『時をかける少女』みたいなSF青春もので、かなり入り組んだ複雑なストーリーなんですが、SF的な構成が非常に緻密に計算されていて、全く先が読めないし、しかし決して難し過ぎて混乱することも無いし、山場の盛り上げ方はゾクゾクするほどSF的で、すごく良く出来てました。ストーリー全体の構成が、キスから始まって同じキスに戻って終わるというのも青春ぽくていい。これは元々の原作(高畑京一郎作)が非常に高い評価を得ているSF小説で、原作の良さをそのまま生かして映画化されているようです。ちなみに監督は今関あきよし、主演、佐藤藍子、川岡大次郎で、この主演二人の天然ボケ気味の演技が、またいい味出してました。

2001/1/5

初恋のきた道

この映画『初恋のきた道』、東京では渋谷のル・シネマ1館のみで上映していますが、あんな小さい映画館で定員入れ替え制なので、普通に観に行っても観る事が出来ない状態です。3時の回に観るつもりで2時頃チケット買いに行くと、既に5時の回も7時の回も満席で、本日はご覧になれません、という感じなのです。映画館側も困って、更に9時頃からの追加上映とかもしているらしいです。しかしこの映画のような物語は、今の日本が舞台ならばまず成り立ち得ない物語だから、こういうのを求めてしまう人はやはり多いのだろうか。
この映画の原題は『我的父親母親』ですが、一人の中年に差し掛かった男が、自分の父親と母親の物語を語る、という形になっているのがいいと思う。最後の部分なんかそれですごく良かったし、やっぱりあまり年寄りを邪険に扱っちゃ可哀想だよな、なんて思ってしまったりとか。
映画の作りは、『あの子を探して』でもそうでしたが、無茶苦茶シンプルで、何のヒネリも無いって感じ。でもそれがいいんだろうと思う。例えばチャン・ツーイーが餃子持って走り出した時にゃ、「あー、これは転ぶな」って判っちゃうんだけど、判っていながら一所懸命見てしまうこの微笑ましさというか何というか。

2001/1/4

琦琦

『流星』を観てきたんですが、これにモデルの琦琦が主演で出ていました。琦琦と言えば、何と言ってもサイモン・ヤム(任達華)の奥さんです。しかしところでこの琦琦、実を言うと私が中学生の時に好きだった女の子にそっくりなのです。まあ、あんなに美人じゃなかったかもしれないけど。でも映画観ていたら、表情とか仕草とか、もうそくっりなんで、どうしようかと思って困ってしまった。うーむ。ところで、琦琦の呼び方、映画の広報関係では「キーキー」と書いていますが、広東語なら「ケイケイ」、北京語ならば「チーチー」って感じでしょうか。まあいずれにしろ、カタカナで書くと変な名前。

2001/1/1

『孤男寡女』の吹き替え

『孤男寡女』をVCDで観たんですが、面白かったので2回続けて観て、一度は音声を広東語で、もう一度は北京語にして観たんですが、この北京語の吹き替えがなかなか良かったのでした。と言うのは、この映画、サミー・チェン(鄭秀文)の喋りの面白さがこの映画の重要な部分なのですが、北京語吹き替えの声のほうも、オリジナルの広東語に負けないくらい、いい味出しているのです。大抵の場合、香港映画を北京語に吹き替えると、広東語の喋りの面白さが全然無くなってしまう事が多いのですが、こういうのは結構珍しいです。

2000/12/24

趙薇のニキビ

『決戦・紫禁城』を観たんですが、アンディ・ラウ(劉德華)とかチャオ・ウェイ(趙薇)とか、やっぱりスターだから、顔がアップになるカットが結構多かったんですが、しかし趙薇の顔がアップになるたび、なんかニキビが気になってしょうがなかったのでした。彼女のニキビは口の下の辺りにポツポツとあって、これは典型的な「大人のニキビ」ですね。やっぱりストレスとか結構あるんでしょうかね。一方のアンディ・ラウは、髪にメッシュなんか入れると、あの歳だからもう完全に「オジサン」にしか見えないんですが、でも肌はツルツルしてたりします。そう言えば、「ブラック・マスク」を観たときには、ジェット・リー(李連杰)の肌が荒れているのが妙に目立ってて結構気になったし。やはりスターは顔がアップになってしまうからあれですね。でもそんなのVCDで観たら判らないから、別に気にしてないのかもな。

2000/12/17

蔡健雅

今日CDショップで、Tanya(蔡健雅)の12曲入りカラオケVCDを見付けたので、買って来て観たり歌ってしまったりしてますが、私はこの蔡健雅のこと、そんなに美人じゃないけど、「ひょうきんで可笑しい女の子」というイメージを持っていたんですが、このVCD観てたら、もしかして「きれいなお姉さん」かもしれないなあ、と思い直してしまいました。それだけ。

ところで、先月発売されたbirdのアルバム"MINDTRAVEL"は最高。日本のポップスも棄てたもんじゃないです。


2000/11/23

中国語会話番組の章子怡

今週のNHK教育の「中国語会話」の番組にチャン・ツーイー(章子怡)が出て、インタビューに答えてました。しかしこの番組は、毎月1回あるこのインタビューコーナーのゲストがやたら豪勢で、先月はアン・リー(李安)監督だったし、リー・リンチェイ(李連杰)が出たこともあったし、あと誰が出てたかな、なんかいろいろすごいです。中国香港映画ファンには結構それだけで観る価値あると思います。ちなみにチャン・ツーイーの素顔は、映画とは大分違って、なんか昔の原田知世みたいでした。

2000/11/13

食べる演技

「グリーン・デスティニー」の中で、チャン・ツーイー(章子怡)が、肉にガツガツと食らいつくシーンがあるんですが、これがまた迫真の演技で本当に飢えてるように食べてるんですが、もしかして実はこれ、チャン・ツーイーに2日くらい何も食べさせないでおいて、腹が減ってるところに「ほれっ」と肉を与えて、パクッと食いついたところを撮影したんじゃないか、なんて思ってしまった。そういえば、「あの子を探して」の中でも、腹の減ったウェイ・ミンジ(魏敏芝)がテレビ局で弁当を一心不乱に食べてるシーンがあるんですが、これもそうやって撮影したんじゃないかなんて、観ていて思ってしまった。
というのは、よくテレビのコマーシャルなんかで、出演者が物を食べたり飲んだりするのがありますが、そういうの見てると、顔は美味しそうな表情に演技してるけれど、でも口や喉は拒否してるよな、みたいに判ってしまうものがあるからです。コマーシャルなんかの場合は、きっと何十回もテイクを取って、その都度飲まされたりしてるから、もう最後のほうになると嫌々どころか、役者根性で必死に頑張って飲んでるって感じで、こういう生理的な反応というのは、演技じゃ作れないところがあると思う。

2000/10/9

『オーディション』

この秋『漂流街』が公開を控えている三池崇史監督のあれ、『オーディション』を観てしまいましたよ。
大人の男なら一度は観ないといけませんな、これは。

「きりきりきりきりきり~」
です。

ここも面白いので見てね。


2000/10/1

横浜西口名画座

きのうから横浜西口名画座で『マヌケ先生』をやっているので観に行きました。この映画館は、私は横浜に住んでいながら行ったのは初めてだったんですが、なんだかすごくアンティックな渋い雰囲気で、ちょっとびっくりしてしまいました。と言っても、別にわざとアンティックにデザインされているとかいう訳ではなくて、単に古いだけなんですが、しかしまるで昭和30年代に迷い込んだような、石原裕次郎と浅丘ルリ子でもスクリーンに映っていそうな雰囲気は、なんかすごくいいです。特にトイレが最高。これは新横浜のラーメン博物館とか、あのデザインの感じ。あれの本物版ですね。
ちなみにその『マヌケ先生』は、キャスティングが結構良かったです。谷啓とか出てるし。しかし南野陽子はお母さんやるようになってしまったし、洞口依子があんな役やるとは思わなかった。

2000/9/15

CD-R/RW + DVD-ROM ドライブ

最近、DVD-ROMドライブが欲しい、というのと、CD-Rドライブが欲しい、という両方があって、今日近くのパソコンショップへ行ってみたら、なんと1台でその両方になっているものが売ってました。知らなかった。しかも23,700円と安い。Logitecの製品ですが、ドライブはRICOH製のOEMで、ほぼ同じものがIO-DATAとRICOHからも出ていて、3種類並んで店頭に置いてありました。
ちなみに、パソコンのリムーバブルメディアとしては、私は以前MOを使っていましたが、どうしても汎用性が少ないので、自分で使うバックアップ用ツールとしてしか役に立たなかったのでした。しかも最近は、バックアップにはMOよりもハードディスクを使うようになっていて、というのも、10GBもあるハードディスクが1万円くらいで買えるのだから、230MBのMOディスクを50枚とか買うよりもはるかに安くて速くて便利だからです。という訳で、MOは最近ほとんど使っていませんでした。
しかし、CD-Rならば、汎用性はすごく高いので、データ配布用として非常に役立つし、その他にカセットテープやMDのような音楽録音用の使い方も出来るのです。しかもメディア単価は1枚約100円と安いです。

2000/8/26

「あの子を探して」

なんだかこれは、随分ストレートで単刀直入な映画でした。全く何のヒネリも無い。でもそれがいいんだよな。
主演の女の子、ウェイ・ミンジ(魏敏芝)が始終無愛想な顔してるのとかもいいです。
この映画観てたら、なんだか自分の子供の頃とか思い出してしまった。いや、別にあんなに貧乏じゃなかったけど。でも、「子供って、こうなんだよ」と妙に共感してしまうようなところがあるのです。あれも元はと言えば、単にお金のためだった筈なのに、いつの間にか何で自分がこんなことに一所懸命になっているのか解らなくなってしまうようなところとか。
この映画は面白いので結構おすすめです。

2000/8/17

千葉すず

MSNジャーナルに掲載された記事に対して読者から寄せられた投稿を紹介した「MSNジャーナル・セレクト」の本日の配信の中に、次のような投稿が掲載されていました。これはMSNジャーナルの「スポーツコラム」に掲載された「本当の勝者は千葉すずだ」(マーティ・キーナート:8月10日)に対する投稿です。

(冒頭部分略)
それではオリンピックの意義とはなにか。それはやっぱり国威発揚ではないでしょうか。(中略)

そう考えれば、千葉すずの落選も納得がいきます。国家を代表してオリンピックに行くのであるのですから、その国にふさわしい人物が選ばれるべきなのです。アメリカは個人主義、実力主義の国ですから、それにふさわしい人物がオリンピックに行くでしょう。

でも残念ながら、日本はそうではありません。実力があることは大切ですが、もっと大切なことは忠誠心、協調性です。(中略)国威発揚の目的でオリンピックへ行くのに、日本代表選手がアメリカ的個人主義の人間では意味がないのです。

この点において千葉すずは完全に日本代表失格です。(中略)オリンピックに行きたいんだったら自分の行動を考えるべきだったと思います。
(末尾部分略)

投稿者:岩村成剛さん
(全文はこちらを参照)

投稿者の年齢は書かれていませんでしたが、戦前生まれの方かもしれません。しかしいまだにこのようなことを考えている人がいるというのは、びっくりです。というより、悲しいことにこれが日本の社会の有り方なのだろう。千葉すず選手は、こういうことを言っている人たちと戦ったのだよ。オリンピックに行きたかった訳ではない。

2000/8/6

揚州商人

今日、私の住んでいる近くにあるラーメン屋の「揚州商人」という店へ行ってきましたが、ここはなんとも店のデザインが最高です。店の前に立つと、もうそこは中国の田舎町。店内の雰囲気も、まるで台湾や香港の下町にある安食堂のようで妙に落ち着いてしまいます。あそこまで凝っているのはすごい。ホームページがあるので、写真を見て下さい。
http://www.whistle-miyoshi.co.jp/yousyuu/
味のほうは、割とあっさりめの日本風ラーメンで、結構美味しいです。

2000/7/31

「ジュブナイル」

これは「ドラえもん」ですね。今上映中の夏休み向けの映画ですが、まあまあ良く出来ている優等生的な映画だと思います。香取慎吾は結構面白いです。

2000/7/30

「アナとオットー」

これは今年単館で上映されていた映画で、見逃してしまったのでビデオで観ました。スペインの映画で、ANAとOTTOという二人の男女が不思議な偶然や運命で結びついていく様子を描いた恋愛映画です。しかし随分と描き方がクールで、恋の甘さや、出会いや別れに伴う感動とかいうものは一切と描いていないのがいいです。でも例えば、「彼が彼女を見つめる視線」とか、「椅子に座って何かを待っている彼女」とか、「手渡した紙切れのメモ」とか、そういう非常に冷たい方法で描かれている情感は、表現方法があまりに的確なので、見ていてきりきり痛いくらいに感じてしまいます。映像もすごく魅力的でした。

2000/7/29

「北京原人 Who are you?」

今日ビデオで「北京原人 Who are you?」観てしまいました。噂に違わず凄い映画でした。次々と巻き起こる「そりゃー無いだろ」という理不尽の数々。これは絶対に観てみるべきです。私は何だか子供の頃に「レインボーマン」とか「人造人間キカイダー」とかのテレビ番組(夕方5時くらいにやってたやつ)を観ていたときのようにワクワクしてしまいました。思うに多分、この映画の製作に携わった人達のほとんどは、最初からこの映画を笑えるキッチュな映画にしようと企んでいたに違いない。でなければ、あのようなキャスティングはしないだろうし、ああいう発想は出て来ないと思う。早坂暁脚本、佐藤純彌監督という名前に騙されてはいけません。でも表向きは、真面目に感動作を作っていることにしていたのだと思う。しかし、それで騙されて裸になってしまった片岡礼子なんかちょっと可哀想かも。見ていて結構ドキドキしちゃいました。
ちなみに、ジョイ・ウォン(王祖賢)出てます。相変わらずきれいですが、ジョイ・ウォンが北京語喋っていたので、あれれっと思ったんですが、考えてみたら彼女は台湾出身の外省人だから当たり前でした。確かにそういえば香港映画では広東語を喋っているところしか見たことがなかったでした。それから、ジョイ・ウォンは主題曲の「Who are you?」という歌を日本語で歌っていますが、これがまたとても上手でした。あの「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー3」の日本公開版のみに付けられたエンディングテーマとは随分の違いです。

2000/7/16

暗戦

最近仕事が忙しい上、引越しなんかしたので大変で、映画も全然観ていなかったのですが、今日ようやくキネカ大森へ行って『暗戦 デッドエンド』を観てきました。これも杜琪峰の最近一連のシブシブシリーズ(?)の一つかもしれませんが、これは随分判りやすくて普通っぽかったです。しかし劉青雲は最近、ただ立っているだけでも格好良く見えるようになってます。それから蒙嘉慧、この人もただバスに座っているだけなのに、あれだけ強い印象を残すとはすごいです。というか、演出などが上手いのかな、やっぱり。

2000/7/9

引越し

7月7日の金曜に会社の休みを取って引越しをしました。引越しは今まで何回もやっているけれど、今回は結構大変でした。ちょうど仕事が忙しくて準備もろくに出来なかったので、前の晩に徹夜で荷造りしたりしてました。それで、新居に入ってまだ全然片付いていないのですが、取り合えずパソコンだけ動くようになりました。しかし今度住むところはすごく場所が良くて暮らし易そうなのです。歩いて2分の範囲にスーパー、コンビニ2軒、歩いて5分の範囲に地下鉄駅、ショッピングセンター、銀行、区役所、映画館、その他もろもろ。しかも家賃は安いのです。(でも部屋はボロかったり。)

2000/6/25

中国語検定試験

今日、中国語検定試験を受けてきたんですが、なんかすごい簡単だった。と言っても、受験者の8割が合格するという一番簡単な準4級なのです。でもヒアリングがちょっと怪しかった。私は例えば an と ang みたいな区別が出来なくて、私の習っている先生が発音すればなんとか区別が付くんですが、他の人の発音だと全然わからなかったりするのです。

2000/6/10

部屋探し

新しい部屋に引っ越そうと思って、2,3週間前から賃貸の部屋を探していたのですが、今日不動産屋で、安くて条件の良い掘り出し物が見つかったので、部屋を決めてきました。その部屋というのは、なんと、7つの映画館が入るシネマコンプレックス「109シネマズ港北」から歩いて3分!という素晴らしい場所で、いや別にだからそこに決めた訳ではないんだけど、でもその109シネマズ港北は、ほとんどのプログラムが夜9:00以降のレイトショーを毎日やっているという珍しいところなので、なんだか毎晩、仕事の帰りに映画を観てから家に帰るようになってしまいそうで、どうしようかね。

2000/5/28

スパイシー・ラブスープ

97年の中国映画、「スパイシー・ラブスープ」のDVDが今月発売になったので、買ってきました。これは噂通り面白いです。この映画はオムニバス形式で、5つの小さいエピソードと、それらを縦に繋げる役割を果たしている1つのエピソードから成っています。どのエピソードも面白いんですが、私は3番目の、若夫婦がおもちゃに熱中していく話が一番面白かったです。ちゃんとオチもあるし。

ところでこの映画は、決して特別でもない、普通の日常のドラマなんですが、でも、今の中国の社会の明るさを感じさせるようなところがあっていいです。中国といえば、日本などと比べて遅れている国、という意識が日本には結構あると思いますが、確かにそういう面もあるとは思いますが、ぼやぼやしていたら、もう既に抜かれているかもしれないです。中国の映画といえば、チャン・イーモウ(張藝謀)の映画が有名ですが、あれは中国の遅れた部分を強調して描いているからこそ、海外(日本や欧米)での評価が高いんだ、というところもあると思う。私は95年に北京へ行って以来、中国へは行っていないのですが、その後中国へ行った人の話を聞くと、もうあの頃と全然違うよ、行く毎にどんどん変わっているよ、と聞いていたのですが、97年に製作されたこの映画に出てくる北京の人達を見ても、ああ、もうこんなに変わっちゃって、と思ってしまうのでした。それに引き換え、日本の社会って、全然変わらないですね。他の、例えば台湾だって、韓国だって、どんどん変わっているのに。

関係無いですが、そう言えばたまたま最近台湾で、選挙によって新しい総統が選ばれ、政権が交代するという、民主的な国の姿を見ている傍で、この日本では、現首相が急病で入院しているうちに、国民の全く感知しない所で、別の新しい首相に替わったりしていて、我々国民はあんたなんか選んだ覚えないぞ、という、あんな人が首相になっている。しかもそれを誰も反対できない。こんな日本の国民であるのが、私は本当に情け無い。

日本は遅れている国だと思う。


2000/5/27

はな

NHK教育の中国語会話の番組にレギュラー出演している"はな"さん、この人、本業はモデルなんですが、独特のキャラクターと喋り方が面白いせいか結構いろいろ人気のようで、今日J-Waveを聴いていたら、チャーとはなさんがパーソナリティーを務めるロックの番組というのがありました。その中で、彼女は海外のアーティストへのインタビューとかしていましたが、なんと英語がすごく上手でした。すごいですね。その上中国語番組にまで出ているとは。しかし彼女の場合、中国語が適度に上手で適度に下手な加減が絶妙で、番組を見ている初心者の人が親近感を感じてしまうようなところが、またいいんだと思う。

2000/5/27

キックボード

今日家の近くを歩いていたら、3歳くらいの子供をキックボードの上に立たせて、ズルズルと引きずって連れて歩いている若い母親がいました。そうか、こういう使い方もあるのかと関心しました。

2000/5/24

張惠妹

一昨日台湾で行われた陳水扁の総統就任式典で、張惠妹が中華民国の国家を歌ったのは日本の新聞でも報道されていました。ところが今日のApple Dailyの報道によると、これによって、大陸の中央から阿妹は台独支持者とみなされ、彼女は今後3年間は大陸への立ち入り禁止、コンサート開催は不可、彼女のCDの大陸での販売は禁止、ポスター、テレビ広告も禁止、となってしまったらしい。現在彼女のコカコーラの清涼飲料のCMが大陸で放映されているそうですが、これも中止だそうです。まあ、CDは、おそらく大量の海賊版が今後出回ることでしょうが、しかし考えようによっては、これで彼女も第2のテレサ・テンになると言えるかもしれない。しかし最近の阿妹を見ていると、彼女はあまりに働き過ぎだし、それに、彼女のコンサートのDVDなどを見ていると、彼女はあまりにスターとして輝き過ぎていて、こんなにエネルギーを発散し過ぎて早死にするんじゃないか、なんて心配になってしまうのだ。そういうとこまで第2のテレサ・テンにはならないでくれ。

2000/5/24

中国語会話番組の李連杰

今日のNHK教育の中国語会話の番組に、ジェット・リー(李連杰)が出演していました。ファンの人は知っていたのだろうか。5分間位のインタビューでしたが、この番組のために行われた録画で、結構面白い話をしていました。香港の映画とハリウッドはこう違うとか、こんな苦労をしたとか、いろいろ。ちなみにこの中国語会話の番組は、毎週1回の放送に再放送を2回(つまり週に3回)やっていますが、私はいつも水曜深夜0:20からの回を観ています。出演者が面白いので、なんとなく見ていても楽しい番組です。

2000/5/19

AUBEのケリー・チャン

今月号のCanCanを読んでいたら、花王のAUBEの見開き広告にケリー・チャン(陳慧琳)の大きな写真が入っていました。ケリーはずっと以前から日本でテレビドラマに出たり、コマーシャルに出たりしていましたが、しかしコマーシャルなどは映像に凝りすぎていて、モデルがあんまり目立たない使い方をされているので、全然有名になっていないみたいで、例えば私の会社のパソコンにはケリーのスクリーンセーバーが入っていたりするのですが、周りの人達は皆これを見て、「誰これ?」とか言ってるのです。しかしこのAUBEの広告写真は、一見してすぐにケリーだと判るし、彼女の個性を生かした写真になっているので、結構いいです。これで少しは有名になるだろうか。
花王のAUBEのページ。http://www.sofina.co.jp/aube/index.html

2000/5/14

アナキン・スカイウォーカー役に女優

昨日の続きで、そのYahoo Japanなどのインターネットで流されるニュースは、早くて良いので私は毎日読んでいますが、(他にCNNとかMSNとか色々)、でもたまに間違いがあるのもご愛嬌です。
2000年5月13日(土)の芸能記事で、
 『次回「スターウォーズ」のアナキン・スカイウォーカー役に無名女優(ロイター)』
という記事があり、な、なんとエピソード2、3は、宝塚のようなラブストーリーが見られるのか、ジョージ・ルーカスやるなあ、と期待してしまったのだが、翌日、
 『訂正:見出しおよび本文3行目の「女優」を、「男優」に訂正します。』
という訂正記事が入っていました。がっかり。
ここ

2000/5/13

「ン」

昨年、ジャッキー・チェン(成龍)が女優のエレイン・ン(吳綺莉)さんに子供を作らせてしまったという話題が香港を賑わせていた頃、このニュースが日本でも少し報道されていました。そのなかで、Yahoo Japanのニュースサイト http://news.yahoo.co.jp/headlines/ent/の記事(日付とニュースの情報元は、ちょっと忘れてしまいました)の中で、「香港の女優エレイン・チンさん」と書かれていたので、ずっこけてしまいました。まあ、もし本当にエレイン・チン(金燕玲)さんに子供を作らせてしまったとしたら、そりゃすごいニュースです。ジャッキー・チェンも侮れない。
ところでこの、香港の人によくある「ン(吳)」という姓、おそらく大抵の日本人には、そんな姓があるなんて、思いもよらないのではないかと思います。例えば日本の「シリトリ」では、最後に「ん」の付く言葉が出たら負け、となっているように、「ん」から始まる言葉は無いというのが常識で、ましてや「ん」一文字の言葉があるなんて、しかもそんな名前の人がいるなんて、普通の日本人には思いもよらないのでしょう。だから多分その記事を書いた人も、日本語で書かれた元の原稿を見て、この「ン」というのは何かの誤植ではないか、と思って香港の女優について調べてみたところ、エレイン・チンという女優がいることを発見して、多分この間違いではないかと勝手に判断してそう書いてしまったのだと思います。
しかしこの「吳」姓の日本での書かれ方は、最近でこそ割とちゃんとしてますが、10年くらい前のビデオなんかみてると結構変な書き方しています。新宿TSUTAYAへ行ってビデオパッケージの裏なんか眺めていると、例えば「リチャード・ウン」(吳耀漢のこと)とか、「サンドラ・NG」(吳君如のこと)とか、「フランシス・ング」(吳鎮宇のこと)とか、面白いのが沢山あります。

2000/5/9

ジャッキーズキッチン

今日、中国語会話学校の帰りに、横浜駅西口のジャッキーズキッチン(成龍厨房)へ行ってきました。ジャッキーズキッチンというのは、ジャッキー・チェン(成龍)が日本で経営する點心のチェーン店で、97年に名古屋に出来た店が最初で、その後しばらくして横浜に、それから今年の5月には渋谷に開店するそうです。(他にもあるかもしれないですが、確か名古屋の店は閉店したとかいう話も聞きました。)横浜の店は、横浜駅西口の東急ハンズの正面にありますが、ずっと前からあったのに、行ってみたのは今日が始めてでした。メニューは結構色々あって楽しいです。麺、飯類が15種類くらい、點心が15種類くらい、その他中国茶や中国酒もあります。味のほうは、ちょっと日本人向けの味付けになっているので、そんなに感動するほどではありませんが、でも最初に出される茶色いプラスチックのでっかいコップが香港の下町っぽい雰囲気を醸し出していてナイスです。
営業時間 AM11:00~PM12:00

2000/5/7

花火降る夏

今日は渋谷のユーロスペースで『花火降る夏』を観てきました。横浜の自宅から渋谷まで車で行って、映画の始まる時間の1時間半前に出て、渋谷の区役所前駐車場には45分で着いたのだが、停めるまでに30分も並んで待ったので、結構ぎりぎりになってしまった。あの駐車場は渋谷では一番空いているほうなんですが、時間が日曜の昼間だったので、やはり混んでました。
で、『花火降る夏』は、面白いんだけど、マジなのか冗談なのか判らないような、結構変な映画。でもなんか格好良くて、でも笑えて、シリアスで切なくて、まあ色々です。なんか、「オヤジ、あんたやるねえ。」みたいな映画。シナリオか編集のどちらかのせいなのか、なんだか随分荒削りで、話の展開や主人公ガーイン軍曹の心の動きが掴みきれないところが多かったです。でも、彼の心の動きなんて、掴める筈ないのだから、それでもいいんだと思う。元軍隊の仲間達と銀行強盗をしよう、と計画して実行するんですが、これが失敗して、でも金だけ手に入ったりして、でも友達は1人死んじゃって、という、このなんとも中途半端な結果。で、どうするか、なんて全然わからない。とにかく置き場のない不安感や苛立ちはいっぱいって感じ。
それからこの映画、「そこまでやるか!」みたいんが多くて、例えば女子中学生の顔面にウンコをべったり擦り付け、それからトラムの2階の窓から憎らしい女子中学生を放り捨てたり(あんた、女子中学生に何か恨みでもあるのか?)、少年の顔には穴が開いていて向こうの景色は見えるし、うーむ。
でも花火は妙に綺麗だった。昨日の『玻璃の城』でも同じ花火が使われていました。
それから、谷祖琳という女優は、なかなか渋くていいです。

2000/5/6

玻璃の城

今日、神保町の岩波ホールで「玻璃の城」を観てきました。期待したほど良くもなかったんですが、しかし予想外にダニエル・ウーとニコラ・チャンの二人の子供が良くて、私はあの二人を主人公として観ていました。それぞれの親の死をきっかけに出会った二人の物語として観たほうがしっくり来る感じがしたのです。自分の親とかが、どんな恋愛をして、どんな人生を生きていたのか、なんて、普段考えたりしないものですが、でもいつか考えるときは来るし、それは誰にとっても一つのドラマだと思う。子供にとっては本当ならそんな話、聞きたくないし、自分の親が、別の愛人みたいなの作っていた、なんて知ったら、嫌悪感でいっぱいになってしまうだろう。でもそれを、段々素直に受け止めて行く過程が丁寧に描かれているのです。そして、レオン・ライとスー・チーの恋愛の物語は、その説明のための単なる劇中劇としてしか、私には見えなかった。というのも、この二人の物語が、あまりに美化されていて、単なる美しい思い出、あるいは、他人の目から見た客観的なストーリーとしてしか描かれていないように感じたからです。でもそれはそれで、いいのだろうと思う。監督のメイベル・チャンにしても、ノスタルジーいっぱいに、美しい青春の思い出を、丁寧に葬り去りたい気持ちでこの映画を作ったんだろうから。

それから、今日の岩波ホールに来ていた客層というのが、なんかちょっと変わっていて、レオン・ライが好き、みたいな20代後半の女性の2~3人連れ、みたいな人が多かったんですが、その他に、50代くらいの「カルチャー・おばさん」とでも言おうか(今日名付けてしまった)、文芸映画大好き、って感じのおばさん達が沢山いて、なんかヤな感じがしました。いや、別に映画を観に来るのはいいんだけど、でもそのおばさん達、ちらし置き場やパンフレットなどの関連グッズ売り場に群れをなして貼り付いて、買うでもなし、ただあーだこーだとベチャクチャしていて、すごいヤな感じなんです。近寄れなくて、覗き込むことも出来なくて、私は「パンフレットあるのかな?」と思って暫く待っていたけど、諦めて帰ってきてしまった。なんだろあれは。

それから、戸田奈津子の字幕はいまいちだった。あの人、観客をバカにしてるな。解り易ければ良いというもんじゃないと思う。余計な解説しないで、直訳すればいいのだ。

それから今日、久しぶりに神保町へ行ったついでに、内山書店という、中国図書専門店へ寄って来ました。この店には、中国、台湾、香港などの中国語の出版物のほかに、中国に関係のある日本の出版物や語学関係の本も沢山揃っていて、色々見ていると飽きないです。今日は「新華字典」という、中国の小中学生が使うような、いわゆる中中辞典を買ってきました。これは中国語の勉強をするのには、結構参考になる辞書です。


2000/5/2

Microsoft Chat

Microsoftが提供しているチャットのツールでMicrosoft Chatというのがありますが、これ、結構昔の5年前くらいからあって、今も当時とあんまり変わっていないのですが、このソフト、会話をするのに各自のキャラクターが出てきて、発言が漫画の吹き出しとして表示されるのが面白くて、コマ割りが絶妙だったりすると結構笑ってしまうこともあって楽しいです。昔少しやっただけで、しばらく全然使っていませんでしたが、先日久しぶりにチャットをしてみたところ、このソフト、今ではユニコードに対応しているので、中国語で書き込んでいる人と会話することが出来るのです。簡体字、繁体字、どちらも日本語の漢字に自動的に置き換えられて表示されるし、こちらが日本語の漢字で書き込んでも、向こうの人にもちゃんと読めているようです。それで昨夜、中国語でチャットしている部屋に入って、台湾や中国の人と話して遊んでました。

2000/5/1

Linux

昨日、近くのパソコンショップへ行って「Turbo Linux Workstation 日本語版 6.0」を買ってきました。今家には使える状態のパソコンが2台あるのですが、1台はほとんど使っていなかったので、それにインストールしました。Linuxを新しく導入したのは特に必要性があった訳ではないのですが、ずっと前からDOS, Windows以外のOSを使ってみたいと思っていて、しかし今更Macを買うのも何だし、そんなお金もないので、非常に安いLinuxを使ってみることにしたのでした。

それを昨日の夕方思い立って、買って来てから数時間格闘の末、なんとか動いてインターネットも繋がるようになりました。しかし何だかまだ仕組みが全然よく解っていないのでした。でも以前、私の勤めている職場に、UNIXで動いているネットワークのシステムがあって、少し使っていたことはあるから、なんとなく雰囲気だけは解るかな、みたいな感じです。

しかし、インストールするのに、Windowsと共存させようと思って、System Commanderをインストールしてデュアルブートにしたのですが、Linuxをインストールしたのが、IDEのハードディスクが3台あるうちの、プライマリー2台がWindows用で、セカンダリーの1台をLinux用にしたところ、Linuxはセカンダリーのハードディスクからはブート出来ない(場合がある)のだそうで、それで仕方なく、今はフロッピーディスクからブートしている、という情けない状態になっているのでした。だからまたインストールし直さないといけないので結構大変。


2000/4/29

『時をかける少女』とノイズ

以前、大林宣彦監督の1983年の映画『時をかける少女』を家でビデオで観ていたときのことでした。ビデオが始まって最初の、まだ画面が真っ黒のときに、まだ文字も映像も何にも出ていないのに、何故か私はここで突然、妙に「ワクワク、ドキドキ」する感覚が湧き上がってきてしまったのです。「おやや、これは!?」と自分でもびっくりしてしまったのですが、私は別に原田知世の大ファンだとかいうのでもないし、そんなにワクワクしてビデオの再生を始めた訳でもないのですが、一体どうしてしまったのだろう、と疑問を感じながらも、そのまま乗せられて映画を観ていました。

その時には気が付かなかったのですが、それから暫くして、もう一度このビデオを観たときに、「あっ!これは…」と気が付いてしまったのでした。それは何かというと、なんとこの最初の部分のバックに、ほんのかすか、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな音で、映写機の「カタカタカタ」という音が入っていたのです。

大林宣彦という人は、もともと8ミリカメラが好きで、8ミリの自主制作映画の作家から、映画監督になった人です。私も子供の頃、8ミリカメラを持って撮影をし、自分で編集もして、家で部屋を暗くしてそれを写していました。映写機が回りだすときの「カタカタカタ」という音は、「映画が動き出すぞ」というワクワクする感触そのものです。 また、私が学生の頃は、名画座と呼ばれる小さな映画館が街に幾つもありました。そういう20人も入ったら一杯になってしまう小さな映画館では、映写室からカタカタ言う音が客席にまで聞こえてきたものです。それはまた、「映画が始まるぞ」というワクワクする合図なのです。
(この感覚は、ビデオと大きな映画館しか知らない今の子供たちには、多分解らないかもしれません。)

こういうカタカタいう音、通常こういうものは、本来ならノイズと呼ばれるて嫌われる雑音です。映画の邪魔になるので、映画館を設計する人なら、映写室のノイズが客席まで聞こえないようにしようと考える筈です。雑音は聞こえないほうがいいに決まっていますが、しかし『時をかける少女』という映画では、敢えてこの雑音を効果音として入れることで、独特の効果を出すことに成功しているのです。

アナログレコードはデジタルのCDよりも音に温かみがある?

そういうこともあるんだ、と考えたとき、CDとアナログレコードのことを思い出しました。

従来のアナログレコードよりも、デジタルのCDのほうが音質が良いことは、全ての音響技術者が認めています。私もそう思いますし、大体皆そう思う筈です。しかしごく一部ですが、「アナログ盤のほうが音に温かみがあって良い」と主張する人達がいました。1980年代の、アナログ盤からCDに移り変わる過渡期には、そういう議論が至る所で出ていました。アナログ盤愛好者の主張では、デジタル録音では20KHz以上の高音域がカットされているため、全ての音が聞こえていないから、というものでした。しかし音響技術者達は、そういう20KHz以上の音は人間の耳には聴こえないから音質には関係しないのだと説明しました。しかしアナログ盤愛好者は納得せず、その人間の耳に聴こえない超音波でも、人間の精神に何らかの作用をするはずだと考え、中には大学で実験を行った研究者もいました。しかしこれは以前から知られていたように、20KHzを超える超音波は、人間の精神に対して悪い影響は有りこそすれ、決して音の温かみを感じさせるようなものではなかったのです。そうこうするうちにこの「アナログの音は温かみがある」という議論は、だんだん消えていってしまいました。

しかしここで、議論されていなかったことがあります。アナログの良さを証明するのに、デジタルの欠点、つまり、20KHz以上の音がカットされている、という部分だけしか見ていなかったのですが、その逆の、一方のアナログの欠点と言われているもの、例えば、音の歪み、ノイズ、といったもの。これは本当に単なる欠点だったのか?

アナログレコードを聴いていた人には解ると思いますが、レコードをかける時の事を思い出して下さい。針をレコード盤の上に置くと、プツッという針の落ちる音に続いて、「ゴロゴロゴロ」というような、小さな低いノイズが聴こえた筈です。このかすかな音に、「曲が始まるぞ」というワクワクする感触を覚えませんでした?

ノイズは無いほうが良いに決まっている。と、誰もそれを信じて疑おうとしません。しかし『時をかける少女』を製作したスタッフは、疑っていたかもしれません。ちなみに『時をかける少女』の音響デザインは林昌平氏。大林宣彦作品はほとんどこの人の担当で、他の例えば『転校生』(1982)の音響デザインもまたすばらしいです。


2000/4/24

北京語で歌うpuffy

昨日の夜1:00からのInterFMの番組「華人天地 (Inter Community Square)」を聴いていたら、北京語で歌うpuffyの歌が2曲と、やはり北京語で歌う酒井法子の歌が2,3曲、かかっていました。酒井法子が北京語のCDを出しているのは知っていましたが、puffyは知らなかったのでちょっとびっくりしました。しかも北京語が上手い。香港や台湾でpuffyの人気があるとは聞いていましたが、結構本格的にやっているので感心です。もうそういう世の中になっているんですね。
ちなみにそのInterFM(東京76.1MHz、横浜76.5MHz)日曜深夜1:00-2:00の「華人天地」は、多分関東地方で放送している唯一の北京語のFM放送です。

2000/4/21

深層水

最近「海洋深層水」というものが、ちょっとした流行になっています。これは2年ほど前にある化粧品メーカーが、深層水を使った化粧水のシリーズを発売してこれがヒットし、その後他のメーカーからも相次いで深層水を使った化粧品が発売され、化粧品の他にも飲料水、醤油などの食品にも利用されています。

ところで深層水とは何かというと、あるメーカーの説明書によると、

長い歳月をかけて深海をゆっくり循環する水。
太陽光の届かない低温に保たれた水は清潔で、窒素やリン、海洋中のミネラルなどの栄養素を豊富に含んでいます。
日本では、高知県沖の深層水や、その他、富山、福岡、沖縄などで利用が試みられています。先の化粧品メーカーでは、深層水を採取している高知県沿岸部に新しい工場も作ったそうです。

この深層水、微生物がいない、栄養が豊富、などの特長の他に、イメージも良いものを持っていると思います。この深層水は、決して海面に出てくることが無く、海底の深い部分を何百年もかけて北大西洋からインド洋、太平洋と巡りめぐっています。光の届かない真っ暗闇の海底で、澄みきった水の中に、白いマリンスノーが音も無く降り積もっていくという、神秘的な光景も浮かんできます。

まあ、それはいいとして、ここでちょっと話が変わります。

1999年9月10日の朝日新聞朝刊の論壇に、『し尿の海洋投棄なぜ悪い』という題の投稿が掲載されました。これはある環境工学の専門家によるもので、投稿の記事を要約すると、大体次のような内容でした。

現在日本の幾つかの地方自治体などが、し尿の海洋投棄を続けていることに対し、批判の声が上がっているが、しかしし尿は栄養源を多く含み、それを栄養分の貧弱な遠洋へ投入するのは、魚を育ててあげる海洋牧場への栄養供給と言えるもので、決して悪いことではない。
というものでした。
これに対し数日後、やはりある環境工学の専門家から反論の投稿があり、同じ論壇に掲載されました。この反論を要約すると、大体次のような内容でした。
海洋に投棄されたし尿は、海洋の自然浄化能力では分解しきれず、その栄養源はプランクトンや魚を育てるものとはなっていない。海水よりも比重の重いし尿は、海底深くの光の届かないところまで沈むと、微生物も生育しないため、分解が進まず、そのまま残ってしまう。
というものでした。

これを読んで思ったのですが、もしかして、深層水とはこれのことだろうか。
確かに栄養は豊富そうです。


2000/4/16

字幕と吹き替え

インターネットのニュースグループで映画の話題を扱っているところ、例えば fj.rec.movies などを読んでいると、「洋画は字幕と吹き替えのどちらが良いか?」という話題がよく話題に上ります。ほとんど周期的に出ては消えする、定番の話題であります。

ニュースグループに寄せられる意見をみると、大体、字幕支持派が3割、吹き替え支持派が7割くらいの感じです。

字幕支持派の意見は

吹き替え支持派の意見は といった感じで、確かに吹き替えのほうがメリットが大きそうです。

ところが、一般に劇場で公開されている洋画は全く逆で、そのほとんどが字幕なのです。吹き替えは一部子供向けの作品にあるのみで、しかも必ず字幕版と吹き替え版が併映されています。実際にはほとんどの人は字幕が好きなのです。そんな大してメリットも無い字幕が、何故好きなのか?これに対してちゃんと説明した人はなかなかいません。ニュースグループでも、吹き替え支持派の意見が圧倒的に優勢で、「俳優の声が聴ける以外に何がいいの?」と言われて、「英語の勉強になるんだ」とか色々言ってはみても、説明にはなっていません。

ところで、私のことを言うと、私は絶対的に字幕支持派なのです。私も最初、字幕のメリットとか、生の声のメリットとか、色々考えてみても理由はよく判らなかったのですが、しかしある時ふと気が付きました。実は理由は単純、それは「吹き替えが嫌い」だからなんです。

何故吹き替えが嫌いなのか、という理由は、それは日本の声優というのは、「声で演技をし過ぎる」からなのです。普通の人や、普通の映画の俳優ならば、そんな話し方しないだろう、というような、感情たっぷり、アクも癖も強く、妙な台詞回しで、話すのです。しかもそれらが全部パターン化されていて、老人のパターン、荒れくれ者のパターン、可愛い女の子のパターン、軽薄コミカルのパターン、というものが出来上がっていて、どの映画をみても、皆同じような喋り方しているのです。台詞回しで言えば例えば老人。「~じゃて」という台詞回しを吹き替え台本では必ずしますが、普通そういう喋り方をしている老人なんかいないでしょう。普通の日本映画の俳優でもいません。これは吹き替え独特の世界なのです。恐らくこの吹き替え独特の世界が出来上がった原因は、日本のアニメにあるのではないかと思います。アニメは、特に手塚アニメ以降の日本のアニメーション映画は、低コストで作られるために、キャラクターの表情はほとんど変化しないで、口だけ動いていたりします。多分音を消して画像だけみていると、日本のアニメは、まるで能面みたいに見えるに違いありません。その感情の欠落を埋める役割を、日本の声優がしてきたんだと思います。もちろんこれは立派な文化だと思いますし、日本では声優というものに対して非常に人気があるのは理解できます。ただ、間違ってしまったのは、「それを洋画の吹き替えに持ち込んでしまった」ということなのです。

だから洋画の吹き替え版を観ていると、すごく違和感がある。アメリカの映画を観ている筈なのに、「なんでこの人はルパンで、この人は不二子なの?」みたいになっちゃう。

ところで、「日本の吹き替え史上最悪」と言われ、現在でも語り草になっているものに、83年頃にテレビで放映された「スターウォーズ」があります。これはテレビ局が話題作りのために、吹き替えに通常の声優を使わずに行ったもので、ルークの声に渡辺徹、レイア姫に大場久美子、ハン・ソロに松崎しげる、という配役をしました。これを放映したところ大不評で、なんでこんな奴らにやらせたんだと散々で、今でも事ある毎に話題に上っています。しかし実を言うと私はこれが結構好きで、ビデオに撮っていたものを今でも観ていたりするんです。何故かって、それはこの渡辺徹や大場久美子の、下手くそな、台詞棒読みみたいな吹き替えが、これがまた「耳から聞こえる字幕」みたいでいいんですよ。余計な演技をしていないから、元の映画のイメージが壊されないのです。プロの声優よりも、こっちのほうが、余程いいのです。

ちなみに、私は香港映画の北京語吹き替えも、好きではないのです。北京語吹き替えって、なんだか妙にキンキンしてカン高く聞こえませんか?実際の中国映画をみたり、北京の人の話すのを聴いてみると、北京語というのは本当はもっと柔らかく落ち着いて聞こえるものです。どうも吹き替えの声優だけが、そういう話し方をしているみたいです。私は今中国語会話を習っていますが、テキストの教材テープなんか聞いてみると、普通の文例では普通に喋っているのが、劇仕立ての会話例の部分になると、同じ人が喋っているのに、何故かトーンが一段高くなって、キンキンした喋り方になっているのです。多分北京語では、感情を込めて演技をすると、声のトーンは高くなるようです。もしかしてそれは、京劇などの伝統の影響なのかもしれません。だから吹き替えの声優は、皆あんなキンキン声で、喋っているのだと思います。このあたり、日本と似てますよね。


2000/4/15

プーアール茶

香港でお茶といえば、プーアール茶です。香港の安い食堂に入ると、味も香りも無いただの黒いお湯のようなものが出てきたりしますが、あれはプーアール茶の出涸らしです。

このプーアール茶、私は初めて飲んだときに、「ああ、なんか懐かしい!」と、思ってしまったのでした。「多分昔飲んでたことあったよな。」と、そのときは思っただけなのですが、後になって考えると、いつプーアール茶などを飲んだのか、実は全く記憶に無いのです。おかしいな、と疑問を感じると気になってしょうがないたちなので、私は一体いつプーアール茶を飲んだのか、悩み始めてしまいました。もしかして私が赤ん坊のときに、親が冗談で哺乳瓶にプーアール茶を入れて私に飲ましていたんじゃないかと疑い(実際そういうことをしかねない親なのだが)、一度親が横浜に来た時に、飲茶の店でプーアール茶を黙って飲ませてみましたが、「これは初めて飲んだ。」と言っていたので、どうもその容疑はシロだったようです。

最近の推理では、有力な説は「腐葉土」説です。このプーアール茶は後発酵茶で、独特の香りがあり、日本人の中には「カビ臭い」と言って嫌う人もいるようです。最近気が付いたのですが、この香り、腐葉土の臭いにそっくりなのです。プーアール茶は、乾燥前の茶葉を堆積して発酵させるという作り方で、これは腐葉土の作り方と同じです。私は子供の頃、盆栽や菊の栽培が好きで(なんてジジ臭い趣味!)近くの山から腐葉土を掘ってきたり、自分で枯葉を穴の中に堆積させて腐葉土を作ったりもしていましたから、その臭いを思い出してしまったということなのかも、と最近思っています。

そうでもなければ、「自分の前世は香港人」説しかないもんな。


2000/4/12

フィルタリング

私はこの「香港電影工作室」とは別に、もう一つのウェブサイトを作っていますが、先日そのサイトに、私の勤めている会社のネットワークからアクセスしようと思ったら、

http://www.people.or.jp/~uchi/ は、Adult Entertainment に分類されているため、アクセスできません。

というメッセージが出て、アクセス出来なくなっていました。

これはどういうことかと言うと、私の会社のサーバーが、フィルタリングのシステムを新たに導入し、有害情報を含むサイトにアクセス出来ないようになったからです。そして私のサイトが、有害情報を含むアダルトサイトに分類されてしまっている、ということです。

しかし、私のサイトがアダルトサイトに分類された、ということに、私は少なからず驚いてしまいました。と言っても、アダルトに分類された事自体に驚いたわけではなく、その、サイトを分類する作業、というものを想像してみたら、途方も無く気が遠くなってしまったからです。

この有害情報を排除するためのフィルタリングのシステムには幾つか種類があり、有害サイトを予めデータベースとして登録しているものや、有害情報と関連するキーワードによって自動的にフィルタリングするものなど、いろいろあるようです。今回会社のサーバーに導入されたのは、メッセージの内容からすると、データベース型のフィルタリングシステムのようです。

ところでこの有害情報データベースというものは、実際に人がサイトを見て、有害であると判断して登録しなければなりません。私のそのサイトというのは、私の描いたイラストを数十枚展示しているものなのですが、しかしサイトそのものは特にアダルト向けではありませんし、一見して、決してアダルト向けとは思えないデザインになっています。しかしイラストの中には、1,2枚ではありますが、裸体画に陰毛の描写されているものもあるので、有害情報の判定基準からすると、アダルト情報に分類されてもおかしくはありません。しかし、そんな細かい部分までチェックされているということは、おそらくこのデータベース登録業者は、このサイトにある数十枚のイラストを、1枚残らず全部見てチェックするという作業をしていたことになります。これは、相当の労力を必要とすることです。

しかしウェブサイトというのは、世の中におびただしい数が存在し、しかもそれは毎日どんどん増え続け、更新され続けています。それら無数のサイトを、全てチェックしていくなどというのは、もう想像するだけで、気が遠くなってしまう、と言うより、ほとんど不可能と言っていい。本当に大丈夫なんだろうか。


2000/4/9

ラブ・ゴー・ゴー

今日VCDで『ラブ・ゴー・ゴー(愛情来了)』を観ました。なんか、可愛いですね。
このVCDは、字幕が中文だけで、英語が無いので、一部よく解らないところもありました。まあ、ちょうど中国語の勉強にはいいと思ったけど、でも台北の北京語は、結構なまってました。

2000/4/8

中国語会話学校

実は今年の4月から、横浜市内にある中国語会話の学校に通い始めたのです。
今まで中国語や広東語を独習したことはありましたが、ちゃんと人から習ったことは無かったのでした。
ところがこの学校、そこいらのカルチャースクールみたいのと違って、
なんと、むちゃくちゃ厳しいスパルタ教育だったのです。
私の入ったコースは、一番初歩の入門コースだったのですが、
まず、先生は日本語を喋りません。授業は全部中国語で進められるのです。
生徒は皆初心者だから、何言っているのかわからないでポカーンとしていると、
黒板に書いて「請跟着我念。私に続いて言ってください。わかりますか?」とか言って、あとは全部中国語。
生徒の名前呼ぶときも、「nei chuan tong xue(内川同学)」とか、そういう風に呼ぶので、
自分が呼ばれていることもわからない人もいたりする。
それで、こちらの発音が悪いと、正しく言えるまで何回でも言い直させられるし、すごいキビシイ。
この学校は、授業に着いていけずに辞めていく人も多いらしくて、
最初10人いたのが、最後1人になったこともあったらしい。
なかなか凄い学校なので、これからが楽しみではあります。

2000/1/27

二千年の恋

金城武の出演するテレビドラマ「二千年の恋」、これまだ見ていないんですが、私はこのタイトルを聞くたび「百年の恋も冷める」という言い回しを思い出してしまうのです。もしかしてドラマの最終回、中山美穂が金城武にキスしようとして顔を近付けたら、なんと武の鼻の穴からビロ~ンと伸びた長い鼻毛が…。「ああっ!二千年の恋でも冷めてしまうわ。」と泣きながら走り去る中山美穂の後姿に重なってエンドマークが…。(そんな馬鹿な)

2000/1/1

Y2K問題

今日は2000年1月1日ですが、インターネットのニュースを見ていると、「Y2K問題は起きなかった」とかという報道があったりしますが、これはなんだか変です。Y2K問題というと、1月1日に電気や水道が止まるとか、流通が混乱して食料が手に入らなくなるとか、そんな騒ぎを日本中(世界中?)でしていたみたいですが、でもそれはちょっと違うと思う。
確かに可能性としては、そういう事も起こりうるかもしれないけど、どうも不思議なのは、そういうトラブルが2000年の1月1日になる時点だけで起こると思われていること。コンピューターの時計が切り替わった瞬間に、システムが停止するとか、そんなことがあるとは思えないし、その程度のチェックならば、事前に出来ている筈なのだから。
コンピューターのY2K問題は、2000年を挟んでその前から既に起こっているのだし、これから起こる問題でもある、ということが、全然認識されていないみたいなのです。
小さい問題ならば、例えば私の勤めている会社のコンピューターシステムでも既に起こっています。例えば先日、会社の勤務管理システムに入力していて、2000年以降の勤務に関する手続きが出来なかったのです。システムを管理している部署に連絡してプログラムを修正してもらいましたが、そんな対応をしているのがなんと12月に入ってからだったのでした。それから別の例では、私の勤める会社で販売している商品に関するあるリストを作っていたとき、あるキーワードで検索して発売年度順にリストを作ったら、どうも幾つか抜けがあるみたいなので、変だなあと思って調べたら、なんと2000年以降の発売日になっている商品はリストの一番古いところに並んでいるのでした。つまり1900年の発売のところ。これこそまさに典型的なY2K問題なのです。ところが、私の会社では、「当社ではY2K問題に対して万全の対策を取っている」とか言っていて、何をやっているのかというと、停電が起きたときのために発電機を買った、とか、大晦日には社員が何人か泊まってシステムを監視する、とか、食料と水を備蓄する、とかやっているのでした。 もちろん、私の勤務処理が出来なくたって、商品リストが出てこなくたって、人命にかかわる訳ではないのだから、そんなの問題ではない、というのかもしれないけれど、コンピューターのY2K問題というものの本質が、ずいぶん捻じ曲げられているなあと、感じるのでした。私の会社みたいなことをしているところは他にもあるだろうから、多分これからも、人命はともかく、お金に関わるような問題は、結構出てくると思う。

1999/10/23

フライング・バトル

今日「フライング・バトル」借りて観たんですが、すごい面白かったです。こんな面白いと思わなかった。何故今まで話題にならなかったんだろうって、不思議なくらい。
この映画の監督は、なぜか台湾の朱延平なのだが、この人は本当に天才じゃないかと思う。どんなジャンルの映画でもこなせるし、どれも素晴らしい映画ばかりなのです。

1999/10/20

金城武のビデオ

最近、新宿のTSUTAYAに金城武主演のビデオばかりが大量入荷されているんで、このところ私は金城三昧の日々なのであった。 ああいうおバカな映画を、一所懸命ちゃんとやってるところが、好感持てるよな。あいつ。

1999/10/2

攝氏32°

『攝氏32°』を観たんですが、なんかすごい格好良かった。吳倩蓮の殺し屋、最高です。
しかしあのラストはちょっと何でした。あれでは劉青雲があまりに可哀想なのです。殺し屋を愛してしまったばかりに、復讐に巻き込まれて一緒に死んでしまった哀れな男、って感じです。吳倩蓮がピンチの時に、助けようと走ってくる劉青雲を、巻き込ませないように銃で彼の足を撃って倒れさせるところなんか無茶苦茶かっこいいんだから、そのまま劉青雲はその場に倒れて、一人死んでいく吳倩蓮を遠くから見ながら悔んで泣いているほうが、ずっとドラマチックだと思うんだけどな。